第170話 刹那の決着
その時起こったことをアリオスも……そしてヴォルすら理解できていなかった。
避ける隙などあるはずもないアリオスとヴォルの合わせ技。確実にライアを殺すことができるはずの一撃だった。
だが、アリオスが大剣を振り下ろした時、そこにライアの姿は無く。アリオスの耳に届いたのはライアの太刀が鞘へと納刀される音だった。
「雷ノ太刀——五の型『
ライアがそう言うと同時に、アリオスの体が地面に崩れ落ちる。
アリオスの意思とは関係なく、体にどれほど力を込めても体が言うことを聞かないのだ。
『
「ぐっ、がはっ!」
「足掻いても無駄だ。貴様の体の中心に楔を打ち込んだ。もうお前も魔剣も動けない」
「なん……だと……」
『嘘……魔力が、吸えな……なんで……』
大剣の光が明滅し、縮小し始める。そして大剣の姿を保つことすらできなくなり元の真紅の長剣へと戻る。
「バカな……どうやって……」
「人は雷光の速さを目で追えない。ただそれだけのことだ」
「は、はは……それでは貴様は、光の速さを……手に入れたということか……ぐぅっ!」
脇腹を抑えるアリオス。すれ違いざまに切り裂かれた腹からは止めどなく血が溢れていた。その傷の深さは誰が見てもわかるほど。明らかに致命傷だった。
「光の速さか……さすがにまだその領域には達していない。今はまだな」
「今はまだ……か。ククク、この上まだ上を目指すというのか、お前は」
「上を目指さなくなった時点で人の成長は止まる。いや、退化すると言っても過言ではない。魔剣を手に入れ停滞したお前と常に先を目指す私とでは差が出るのは当たり前だ」
「停滞……停滞か。なぁ、お前にとって俺は強かったか?」
「……弱くはなかった。だが、強くはなかった」
「そうか……不思議だな。悔しいはずなのに、清々しさもある。結局お前には傷一つつけることもできなかった。だがそれでも、俺の持てる全力は出しきったつもりだ」
「介錯は?」
「必要ない。このまま逝けそうだ。あぁ……強さを求め続けた終わりがこれか。だがしかし、思いのほか悪くない。俺の人生最後の相手がお前だったこと。誇りに思おう」
「…………」
ライアは何も答えず、ジッとアリオスのことを見つめる。
やがてアリオスの目から生気が消え、地に倒れ伏す。
『あーあ。逝っちまったか』
「随分とあっけらかんとしているな」
『そりゃそうだろ。こいつは戦士だ。負けたら死ぬ。それは魔剣使いだって同じことさ。こちはあんたとの勝負の結果負けた。だったらそれは受け入れるしかないだろ。アタシも含めてね』
「随分と潔いな。醜く足掻くかと思ったが」
これまでライアが戦った魔剣の中には、命乞いをする者。なけなしの力を振るってライアを殺そうとするもの。様々な魔剣がいた。その意味で言えばヴォルはあまりにも潔すぎた。
『はっ』
ライアの言葉をヴォルは鼻で笑う。そして剣の姿から人の姿へと変身した。
「アタシにとって大事なのは強者と戦うこと。それだけだ。その意味で普通の相手じゃ物足りなかった。あんたが【魔狩り】だったのは嬉しい誤算ってやつだったね」
「お前を喜ばせる筋合いはない。どんなことを言った所で、お前達魔剣は人の人生を歪ませる。いや、死んだ後もか。魔剣に魅入られた魂はどこにも行けなくなるからな」
「神からの賜り物じゃなく、悪魔の贈り物。あんたら【魔狩り】はそんな風に言ってたね。まぁ別にどうでもいいんだけど。あいつは力を望んで、アタシはあいつが望むだけの力を持ってた。だから契約した。それだけの話だ。その代償として魂をアタシのものにしただけ」
「……何を言っても無駄だな」
「そうだね。“人”と“魔剣”は相容れない。こうして言葉を交わすことができても、そもそも根本が違うからね。これがアタシら魔剣の考えさ。あんたのお仲間だって同じだろうさ」
「っ……」
ヴォルの言うお仲間。それが誰のことを指しているのかは明白だった。
「さっきの言葉通りなら、あれも殺すんだろう?」
「……あぁ、そうだな。例外は無い。あいつも殺す。その意思だけは絶対に変わらない」
「くははっ、いいねぇ」
ライアは太刀の切っ先をヴォルに向ける。これ以上無駄な問答をするつもりは無かった。
「これで終わりだ」
躊躇なくライアはヴォルの心臓を、魔剣の核となる部分を貫く。
己の敗北を認めているヴォルは一切の抵抗をすることなくその一撃を受け入れた。
「あぐぅっ……ははっ、これでアタシも終わりか……長かったねぇ。ま、そこそこ楽しめたかな」
己の体の崩壊が進むなか、ヴォルは最後にチラッとアリオスに目を向けると、パチンと指を鳴らす。
「悪いけど、コイツは最期までアタシは貰っていくよ。たとえ死体だろうと、他の誰かに渡したりするもんか」
アリオスの体が燃え上がり、塵すら残さず消えていく。
そしてヴォルはライアに笑みを向けた。
「そんな体でどこまで戦い続けられるのか……楽しみだね」
その言葉を最後にヴォルは完全に砕け散った。
その場に残ったのは砕けた真紅の剣だけ。魔剣とはそれ自体が魂そのものであり、砕かれるということはすなわち魂が砕けることと同義。
砕かれた魂が迎えるのは無。輪廻も何もなく、完全なる終わりを迎える。それが最強の武具として作られた魔剣少女の宿命だ。
「…………」
ライアは太刀を納刀すると、そのまま背を向けて歩き出す。
「どこまでだって戦い続けるだけだ。お前達魔剣を根絶やしにするまで。この命尽きるその瞬間まで」
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