第247話 不幸な一日の終わりに

 セイレン王国最東端の街パイオン。

 この街には表と裏、二つの顔がある。

 表としては、国の玄関口としての役割がある。諸外国からやってくる様々な種族を受け入れ、セイレン王国へと歓迎する。またはセイレン王国から次の地へと人々を送り出すのだ。今ではセイレン王国有数の空港すら有するようになった。

 だがパイオンは街として発展していくために多くの者を受け入れ過ぎたのだ。外国からやってくる人々の中には、国を追放されるほどの罪を犯したものもいる。そんな者達が集まった結果できたのが裏の顔だった。

 どんな者でも受け入れる、来る者は拒まず去る者追わずというパイオンの寛容さは表と裏の顔を深く結びつけ、気づけば表と裏は切り離せないほどに深く結びついてしまっていた。

 そうしてできあがったのが裏市街。多くの無法者達が暮らす場所。ここには様々な者が集まっていた。

 クロエが変身薬を手に入れるためにやってきたサクマの店もこの裏市街の中にあった。


「ちくしょうがっ! 今日はとことんついてやがらねぇ!」

「そう荒れんなって兄貴。今日は特別運が悪かっただけだ。こんだけ運が悪かったんだ。明日はきっととんでもねぇ幸運が飛びこんでくるに違いねぇよ」


 そして今ここに、そんな裏市街に身を置く二人の奴隷商の姿があった。ジャルとヨーキ。昼間にクロエにしてやられた二人である。

 せっかくエルフの奴隷を手に入れられると思ったら、それを目の前で逃してしまった。しかもその際に怪我をしてしまって高額な出費まであったのだ。運が悪かったと悪態をつくのも無理はないだろう。


「あの女……いつかぜってぇ痛い目に遭わせてやる。見た目はかなり良かったからな。なんとか捕まえて遊んで、クソみたいな貴族に売り払ってやる。へへへ」


 ジャルの頭の中にあるのはクロエのことばかりだ。今日のジャル達の不幸の原因はクロエにあると言っても過言ではなかった。そんなクロエをめちゃくちゃにする妄想をすることでジャルは己の平静をなんとか保っていた。

 その時だった。


「兄貴、あれ見てくだせぇ」

「あん?」


 ヨーキが目の前からやってくる二人組の存在に気づく。その二人が外套ですっぽりとその姿を隠していたが、長年奴隷商をやっているジャルにはわかった。その二人組が女であるということが。


「へへっ、こんな時間に女が二人で出歩くとはなぁ。さっそくツキが戻ってきやがったか?」

「やってやりましょうぜ兄貴」


 深夜に二人組の女性が裏市街を歩いている。その異常性に少しでも気づけていたならば二人の運命は変わったかもしれない。だが、この世にたらればの話は無い。その二人の前に出た時点でジャルとヨーキの運命は決まってしまっていた。


「よう姉ちゃん達、こんな時間にここで何してんだ?」

「なんだったら俺達が送ってやろうか? ひひひっ♪」

「……はぁ」

「へぇこれはまたテンプレな人達だなぁ♪ なになに、どこに送ってくれるっていうの?」

「そりゃもちろんいい場所さ」


 俺達にとってな、と内心で付け加えつつジャルは今度は近くから女達の体をなめ回すように見る。いくらゆったりとした外套に身を隠していても、その上からどんな体つきかを知ることくらいジャルにとってはたやすいことだった。

 だが、大男二人に囲まれてもその女達は全く動じることも無かった。


「いい場所かぁ。どうするクラン、すっごく楽しそうに匂いがするんだけど♪」

「いかない。興味無い。それにこの二人……ねぇあなた達、もしかしてなんだけど奴隷商?」

「へぇ、よくわかったじゃねぇか。でももう遅いよなぁ! 今さら知ったところでどうしようもねぇんだからよぉ!」


 ジャルが二人に掴みかかろうとしたその瞬間のことだった。伸ばしていた右腕の重みが消失する。それを不思議に思ったジャルが目にしたのは、肘から先が無くなっている右腕だった。


「あ、あ、ぎゃああああああああああっっ!!」

「兄貴! おいてめぇ何しやがった!」

「どれい、奴隷、奴隷商……あぁ、足りない。足りない。笑顔が、足りない。もっと笑顔を、もっともっとたくさんの笑顔を……わたしが届けてあげないと」

「あーあ。クランにスイッチが入っちゃった。知―らない♪」

「あぁあああああ、腕が、腕がぁああああっ!!」


 必死に腕を押さえて、大量の脂汗を流しながら必死にもがくジャル。そんなジャルに向かってクランはゆっくりと近づいていく。気づけばその顔には仮面がつけられていた。


「なんなんだよ、なんなんだよお前らはぁ!!」

「喜劇……」

「え?」

「この世には悲劇も惨劇もいらない。喜劇だけでいい。だから――さぁ……笑い狂え【ワンダーランド】」


 魔剣を手に、ゆっくりと距離を詰めるクラン。その手に持つ剣の威容に気圧されたジャルとヨーキはその場にへたり込む。


「あ、あ、あぁああああああああああっっ!!」


 そして裏市街に二人の悲鳴が響き渡った。

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