第79話 魔剣嫌い
〈レイヴェル視点〉
イグニドさんの部屋の中は重苦しい空気に包まれていた。
その空気を生み出す原因は二人。オレの隣に座ってるクロエと……その正面で足を組んでこちらを睥睨しているライアさんだ。
ライア・レリッカー。この世界に存在する数少ないS級冒険者。【剣聖姫】。最強の冒険者と呼ばれる存在だ。
イグニドさんの現役時代と同じSS級へと至っていないことが不思議なほどに。
なんでも噂だとSS級への昇級試験を辞退した、なんて言われてたけど。本当かどうかは俺も知らない。
ライアさんは俺の姉弟子だ。同じくイグニドさんに師事しているという身をしては。
でも俺とライアさんでは雲泥の差がある。何もかも。俺にとっては憧れの存在で、姉弟子とは言うけどもう一人の師匠みたいなもんだ。
俺がそれに相応しい力を身に着けてるかって言われたら、全然そんなことはないんだけどな。
「…………」
「…………」
そんな俺にとって憧れとも言える人が、目の前で俺の相棒と睨み合ってる。
理由は明白だ。ライアさんがクロエに対して言った言葉。
『単刀直入に言おう。レイヴェルとの契約を解消してもらう』
そんなことを言われてクロエが怒らないはずもなく。
それが原因となって今まさに部屋の中は重苦しい空気に満ちているのだ。
俺だけじゃない。リオさんとラオさん、それにイグニドさんも口を挟めない雰囲気だ。
「……どういうことですか」
「何がだ?」
「なんで私とレイヴェルが契約解消しないといけないんですかって聞いてるんです」
「決まってるだろう。魔剣は使い手を腐らせる。そんな力を仮にも私の弟弟子が持っているなど認められるはずがないだろう」
「それはあなたに決められることじゃない。私がレイヴェルを選んで、レイヴェルも私を選んだ。それが全て。他の誰かなんて関係ない」
「お、おいクロエ落ち着け。ライアさんも」
「レイヴェルは黙ってて」
「レイヴェルは黙っていろ」
「う……」
勇気を出して口を挟んでみたものの、あっさり切り捨てられた。
これはダメだ。最早俺がどうこうできる問題じゃない。
「そもそもの話、私は魔剣という存在そのものを認めていない」
「む……」
「お前達は使い手を破滅へ導く存在だ。その力は決して人が持って良いものではない。私はお前達魔剣を認めない。絶対にだ。どんな言葉でレイヴェルを騙したのかは知らないが。私は知っている。魔剣を持った者の悲惨な末路を」
「…………」
「お前は今まで何人の人間を破滅に導いてきた?」
「私は……誰も破滅なんてさせてない。誰も破滅なんかさせない。絶対に。あなたがなんで魔剣を嫌うかなんて知らない。ううん、どうでもいい。でも、なんであれ私とレイヴェルの契約に口を出される筋合いはない」
今まで聞いたこともないような硬い声でクロエが言う。
でも、それに対するライアさんの答えもまた頑なだった。
「私は魔剣の言葉を信じない。魔剣の言葉に惑わされることはない。お前が何を言おうと、どうあろうと、私はお前とレイヴェルの契約を認めない」
「…………」
「…………」
二人の話はどこまでいっても平行線で、決して交わることは無かった。
互いに一切妥協しない。できないんだから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないけど。
でもそんなのはダメだ。ちゃんと二人に俺の考えを伝えておかないと。
「ライアさん」
「なんだレイヴェル。私は黙っていろと」
「俺はクロエとの契約を解消するつもりはありません」
「っ! レイヴェル……」
「私の言葉であってもか」
「ライアさんの言葉でも、です。なんでライアさんがそこまでクロエのことを……魔剣のことを毛嫌いしているのかは俺にはわからないです。それに魔剣のこともライアさんより詳しいわけじゃない。でもこいつのことは、クロエのことはライアさんよりも知ってます」
今問題になってるのはクロエのことだ。他の魔剣じゃない。
そのクロエを貶めるような発言を、俺が見過ごすわけにはいかない。
「クロエは誰かを破滅させるような奴じゃない。俺はそう信じてます」
「信じる。信じるか……はっ、前から愚かな奴だとは思っていたが、まさかここまでだとは。お前は黙って私の言うことを聞いていれば——」
「そこまでだライア。今日はただの挨拶だったはずだろうが。それがどうしていきなりクロ嬢に喧嘩を売る」
「私は別に喧嘩を売ったわけじゃない。ただそうすべきだから言っただけだ」
「それはお前の決めることじゃない。レイ坊とクロ嬢の問題だ。アタシ達が口を出すことでもない」
「だがレイヴェルは私の弟弟子だ」
「それ以前にアタシの弟子だ。そして師匠であるこのアタシが判断をレイ坊に委ねた。その決定に異論があるのか?」
「……正直に言えば異論しかない。だが、まぁいいだろう。この場は引いてやる」
「はぁ、素直じゃないというかなんというか。クロ嬢も納得はできないかもしれないけど引け」
「……わかりました」
「本当ならこの場で伝えておきたいこともあったが。そんな空気でもないか。仕方ない。また明日仕切り直す。昼前にもう一度ここに来い。いいな?」
「……わかりました」
「はい」
「それじゃあ一度解散だ。レイ坊とクロ嬢はもう帰って大丈夫だぞ」
それは暗に出て行けというイグニドさんのメッセージだ。
俺は未だに納得いっていなさそうな表情でライアさんを睨みつけてるクロエを無理やり引き連れて扉の方へ向けて歩き出す。
「レイヴェル」
「っ、はい。なんですか?」
「明日の朝。いつもの場所に来い」
「……わかりました」
いつもの場所……たぶん、あの場所のことだろう。
何をするかは明白だ。
それ以上ライアさんは何も言わず、黙ってソファに座り直してた。
「それじゃあ、また明日」
そのままクロエを引き連れて、俺達はギルドを後にした。
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レイヴェルとクロエが部屋を出て行った後、イグニドはソファに座って呑気に紅茶を飲むライアにジト目を向けた。
「おいライア。あれはどういうことだ」
「あれとはどれだ」
「言っちゃえば全部だ。クロ嬢に対するあの態度も、あの急な提案も。お前の魔剣嫌いは前から知ってるし、お前の血のことも考えれば当然かもしれない。だが、急にあんなこと言ってクロ嬢がはいそうですかと受け入れるわけがないことくらいわかってただろ。それどころか不用意に警戒させるだけだ」
「私は何も間違ったことは言ってない」
「まぁ、リーダーの言うことは間違ってないけど、正しくないことも結構多いよねぇ。まぁ今回の場合は愛しのレイヴェル君だったから仕方ないかもだけど」
「……リオ」
「あ、はぁーい。ごめんなさいっと」
「リオはすぐ余計なこと言うから怒らせる。本当のことでも言わなくていいこともある」
「ラオ。お前もだ」
「…………」
「イグニド。私からすればむしろなぜお前がレイヴェルとあの魔剣の契約を許しているのかが理解できない。レイヴェルのことは知ってるはずだろうに」
「アタシはあいつの師匠で保護者。それだけだ。あいつ自身がくだす決断に大きく口を挟むつもりはない。それにアタシの目から見てもクロ嬢は他の魔剣とは違う。そう直感したからな」
「直感。直感か。だがそれでも私は認めない。この決定に変更はない」
「ったく。半分は私怨が混ざってるくせに。明日はあらためてレイ坊たちと話をする。もちろんお前達にも同席してもらうことになるが……明日は余計なもめ事を起こすなよ」
「それはあの魔剣次第だ」
「……はぁ、なんていうか先が思いやられるな」
ライアの答えにイグニドは深くため息を吐くのだった。
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