第78話 最悪の出会い
「イグニドさんからの呼び出しってなんだろうね」
「さぁな。なんのことか検討もつかないけど……ロミナさんの言葉でちょっと不安になった」
「気を付けてねって言われたもんねぇ。でもさ、あれって私だけだったよね? レイヴェルは言われてなかった」
「そこも気になるんだよなぁ」
ロミナさんのことだから言い忘れってことはないと思う。あれは明らかにオレにだけ向けられてた。
ってことはレイヴェルには危険がないってことか?
でもオレ魔剣だしなぁ。慢心するつもりは無いけど、気を付けてねって言われるようなことってそうそうないんだけど。
ロミナさんもその辺はわかってるはずなんだけどなぁ。
それでもなお言うってことは……うーん、わからん。まぁ行けばわかるんだろうけど。
「まぁ、ロミナさんが言うってことはなんかあるんだろうから。警戒しとくに越したことはないだろ」
「ゴブリン討伐でもそんなこと言われなかったのに、まさかギルドで言われるなんて思わなかった」
「それは言えてる」
正直行くのはかなり気が引けるけど、それでも行かないと後が怖いし。っていうか確実に怒られるだけだし。
そんなことを考えてる間に、気付けばイグニドさんの部屋の前までたどり着いた。
「別段変わった様子はないけど……」
「そうだな。まぁとにかく入ってみるか」
そう言ってレイヴェルがドアをノックしようと扉に近づいた瞬間だった。
オレの全身をゾッと悪寒のようなものが貫く。
理由なんてわからない。それは本能的なものだった。
「レイヴェル、伏せて!」
「え? うわぁっ!」
反射的にレイヴェルに飛びついて扉の前から引き離す。
その次の瞬間だった。目の前にあった扉が吹き飛んで、壁に叩きつけられる。
「な、なんだ!?」
「……ほう。今のに気付いたか。だが反応が遅すぎる。亀の如き反応の遅さだ」
部屋の中から聞こえてきたのは全く知らない女の人の声。
でも、その声を聞いたレイヴェルは驚いたような顔をする。
「え……」
「ちょっと、なんなんですか急に!」
立ち上がって部屋の中にいた人を睨みつける。
部屋の中にいたのはイグニドさんと知らない人が三人の計四人。
扉を破壊したのはたぶん真ん中に立ってる女の人だ。
びっくりするくらいの美人だ。オレだって容姿には自信がそれなりにあるけど、オレとは違うタイプの……なんていうか、作り物めいた人形みたいな美しさだ。
こっちを見つめる目に感情が乗ってないこともまたその人形っぷりに拍車をかけてる気がする。
なんだこの人。急に攻撃してきて。意味わからん。
オレのことを真っすぐ見つめるその瞳は氷のように冷たい。
あぁ、なんとなく感覚でわかる。この人はオレのことを本気で嫌ってる。
さっきのもそうだ。レイヴェルが扉に近づいたからとっさにレイヴェルに飛びついて避けたけど、明らかに狙ってたのはオレだ。
でもこの人とは間違いなく初対面のはずなのに、なんでこんなに嫌われてるんだ?
「わけがわからない、という顔だな」
「当たり前です。急に攻撃された理由も、なんでそんなに私を目の敵にしてるのかも、ぜんっぜん理解できません」
「それがわからないから愚かだというのだ。お前は存在そのものが罪だというのに」
「私の存在が……罪?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
バチバチと睨み合うオレ達の間にレイヴェルが割って入る。
その顔は明らかに混乱してた。まぁ、それも無理ないことだとは思うけど。
「ライアさん、どうしてあなたがここにいるんですか!」
「ライア?」
うん?
その名前……どっかで聞いたことがあるような……無いような……いや、たぶん聞いたことがある。でもどこでだ?
記憶の片隅に引っかかるものを感じたオレは必死に記憶の海を探る。
ライア……ライア……冒険者……あっ!?
「剣聖……姫?」
そうだ。王都にいた時に店で話してるのを聞いたことがある。
若干16歳にしてS級冒険者になった稀代の天才冒険者ライア・レリッカー。
その二つ名は【剣聖姫】。
この人が……。
いや、っていうかちょっと待って。
「レイヴェル……この人のこと知ってるの?」
「え、あぁ……知ってるっていうか……その、この人は」
「いや、いい。レイヴェル。私から名乗ろう」
そう言うと、ライアはゆっくりオレに近づいて来る。
その瞳は相変わらず感情を映さない。
「初めましてだなクロエ。私はライア、そこの駆け出し冒険者の姉弟子だ」
「姉弟子!?」
明かされる衝撃の事実。
いや、うん、ホントに衝撃だ。
開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。
だって、レイヴェルがこの人と知り合いだってだけでも衝撃的なのに、そのうえに姉弟子だなんて。
え、それってつまりあれか?
この人もイグニドさんの弟子ってことなのか。
「全員そこまでだ。おいライア。黙って見てろって言うから黙っててやったがな。誰が扉壊していいって言った」
「壊してはダメだとも言っていないだろう」
「言わなくてもわかるだろそれくらい! おいリオ、ラオ! こいつにどういう教育してんだ!」
「いやー、リーダーってこういう性格だし。気にしてたらキリがないって言うか」
「うん、キリが無い。だから私は早々に諦めた」
「あのなぁ……」
イグニドさんが怒りでプルプル震えてる。
怒り過ぎててちょっと炎がその体から漏れてるくらいだ。
「請求なら好きにすればいい」
「当たり前だ! あー、悪かったクロ嬢。見てのとおりこいつは頭のネジが外れてる。あんまり気にしなくて大丈夫だ」
「は、はぁ……」
「まぁとにかく座れ。レイ坊もな」
「あ、はい」
イグニドさんに促されてソファへと座る。
でももちろん警戒心はマックスだ。またいつ攻撃されるかわからないからな。
「あー、落ち着けクロ嬢。お前のせいだぞライア」
「ふん」
「あのなぁ……ったく、S級冒険者はどいつもこいつも。まぁいい。レイ坊はともかくクロ嬢と会うのは初めてなんだ。ちゃんと挨拶くらいはしろ。これは師匠命令だ」
「もう一度名乗った。二度目名乗る必要性は感じないな」
「し・しょ・う! 命令だ!」
「面倒な……ライア・レリッカーだ。有象無象の冒険者からは【剣聖姫】などと呼ばれている。だが、覚えてもらう必要はない」
「…………」
なんていうか、いちいち癪に障る言い方を。
いや、気にするな。気にしたら負けだ。
「はいはーい! 私はリオ! リオ・フレイスタだよ!」
「ラオ・フレイスタ。リオの双子の姉」
「二人合わせて【塵滅姉妹】なんて呼ばれてるよ。あんまり可愛くないから好きじゃないけど」
「私は好き」
なんていうかそっくりなのに性格は反対って感じだ。
って、ん? いまなんて言ってた?
「フレイスタ? フレイスタってイグニドさんの……」
「あ、気付いちゃった?」
「私達もフレイスタの一族だから。イグニドさんとは親戚」
「あー、なるほど」
道理で髪がイグニドさんと同じ色なわけだ。まぁどっちかって言うとイグニドさんのは真紅で、ラオさんとリオさんの髪は赤って感じだけど。微妙な違いだけど。
「私と、ラオと、リーダーの三人で『光翼の剣』っていうチームを組んでるよ」
「そうなんですね。あ、私はクロエ・ハルカゼです。レイヴェルとパーティを組んでます」
「あ、私達知ってるから誤魔化さなくても大丈夫だよ」
「え?」
「イグニドさんから聞いたよ。魔剣なんでしょ、あなた」
「っ!」
「私達がここに来て、お前達を呼び出したのはそのことについて話をするためだ」
それまで黙っていたライアが口を開く。
「単刀直入に言おう。レイヴェルとの契約を解消してもらう」
最強の冒険者ライア・レリッカーとの出会い。
それは、オレとレイヴェルの新たな波乱の幕開けを告げる出会いだった。
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