第222話 カイナ
〈レイヴェル視点〉
夕食後。部屋に戻った俺達は翌日の予定を確認した後、それぞれ用事を済ませてから就寝することになった。
特に予定が無かったってのもあるが、なんだかんだ慣れない飛行船での移動。自分が思ってる以上に疲れてるだろうと思ったからだ。
特にコメットとアイアルの二人。飛行船での移動に慣れてるってわけでもなさそうだからな。まぁそれは俺達も人のこと言えないんだが。
とにかく、そんな経緯もあって俺達は少し早い時間ではあったものの、寝ることになった。
正直寝れるかどうか不安だったんだが、俺自身も想像以上に疲れてたのか気づけば眠りに落ちていた。
それから夜も更け、夜半過ぎ。
俺は誰かが動く音で目を覚ました。
「誰だ?」
寝ぼけ眼で誰が出て行ったのかを確認しようとしたが、それよりも早くそいつは部屋を出て行った。
こんな夜中に部屋を出て行く用事があるとは思えない。
そう思った俺はさすがに無視して寝ることはできずに体を起こす。
「一体誰が……」
一応簡易の仕切りみたいなのはあるものの、特に扉を隔ててるわけでもない。
気配を探れば誰がいるのかくらいは俺でもわかる。
コメットとアイアルは……いるな。それも熟睡だ。ってことは出て行ったのはクロエなのか?
そう思った俺は契約紋を使ってクロエの位置を探る。
「? なんだ?」
いつもならすぐにクロエの位置がわかるのに、上手く位置が探れない。ぼんやりと位置は掴めるんだが、はっきりとしない。
「っ!?」
ドクンと心臓が跳ねる。それはある種の悪寒のようなもの。
その悪寒に引きずられるように俺の中の『血』がざわめいた。俺が継いでいるという【魔狩り】の血が。
あの戦いの後、押さえ込んだはずの力。意図的に引き出すことはできないし、まとも扱えるわけでもない。というよりも使うつもりの無い力だ。
そんな俺の中の『血』が何かを訴えかけてきたのだ。それを無視できるはずもなく、俺はベッドから降りて部屋を出て行ったクロエの後を追った。
はっきりとした位置はわからないものの、なんとなくの場所はわかる。おそらくクロエが向かったのは甲板の方だ。
「……いったい何なんだ?」
妙な予感のようなものを感じながら俺は部屋を出る。
廊下は明るかった。だが、時間が時間なだけあって歩いている人はいない。
バーの方なんかに行けばまだ人はいるんだろうけどな。俺の向かう方とは反対なんだが。
俺はクロエを追って甲板を目指す。
そして俺が目にしたのは、想像を絶する光景だった。
「こいつは……」
飛行船に乗った時とは違う夜の空。満天の星空と、いつもよりもはるかに大きく見える月。
手を伸ばせば月に手が届きそうな。そんな予感すらした。
「さすがに絶景だな」
この光景を上手く言い表すことができない自分が恨めしい。初めてそう思った。
「ってそうじゃないだろ。俺はクロエを探しにきたんだ」
だが、クロエは思ったよりも早く見つかった。
甲板の先で、空を……月を眺めていた。
クロエの姿を見た俺は安堵して近づく。
「おいクロエ、こんな夜中に何してるんだ?」
「…………」
「……クロエ?」
声をかけて気づいた。クロエの様子がいつもと違うことに。
クロエがゆっくりと振り返る。そしてその紅い瞳が俺を視界に映した瞬間、さっきまで以上に俺の中の『血』がざわめいた。
そして直感的に悟る。こいつはクロエじゃないと。
「月が綺麗だと思わない? こんな絶景、そうそう見れるものじゃないわ。人の技術というのはここまで進歩したのね」
「お前……誰だ?」
その姿は間違いなくクロエ。だが、あいつはクロエじゃないと断言できる。
最大限の警戒をしながら俺は問いかける。
「誰って、クロエに決まってるじゃない。他の誰に見えるの? おかしなレイヴェル」
「ふざけるな」
姿形も、声も一緒だ。だがその事実が俺の精神を逆なでする。
クロエじゃない誰かが、クロエの声で、姿で喋っていることに俺は自分でも思っている以上に苛ついていた。
「はぁ、そんなに怖い顔をしないで」
だが、俺がどんなに凄んでもそいつはまるで気にかけた様子は無い。
「ふふ、仕方ないわね。そんなに『私』のことが好きなの?」
「…………」
「はいはい、わかったわよ。今日は機嫌が良いから、あなたの質問に答えてあげる。わたしの名前は……カイナ」
「カイナ?」
「一つ良いことを教えてあげるわ。『私』はわたしの力を半分も使いこなせていない。このわたしの《破壊》の力があの程度なわけがないでしょう?」
「なにを……なにを言ってるんだ、お前は」
「理解できなくても仕方ないわ。でもいちいち説明するもの面倒なのよ。これには深ーい、深ーい、事情があるの。わたしという存在はずっと『私』に抑え続けられてきた。これからもずっと抑え続けられるはずだった。でも、あなたのおかげで状況が変わったの」
「俺のおかげで? 俺が何をしたっていうんだ」
「『私』と契約してくれた。それが全て。『私』はこれからもあなたを守るために必死になるでしょう。そしてその度に力を求め、わたしを縛る楔を解いてくれる」
本当に愉快でたまらないという風にカイナは笑う。
俺の中に言い知れぬ不安が広がっていく。
「そうすればいつかわたしは力を取り戻すことができる。今はまだ不完全で、こうして短い時間しか顕現できないけれどね。でも今のわたしでもこれくらいはできるのよ。見せてあげる、《破壊》という力の真髄を」
「待て、止め――」
猛烈に嫌な予感がした俺は何かをしようとしたカイナを止めようとする。
だがそれよりも早く、カイナが指をパチンと鳴らした。
その次の瞬間だった。
月が、砕けた。
比喩でもなんでもない。先ほどまであれほど大きく見えていた月が、バラバラと崩壊し始めたのだ。
目の前の光景を理解できず、受け入れることができず、ただ呆然としてしまう。
「ふふ、あははははははっ! いいわねその間抜けな顔。わたしもあなたのこと気に入っちゃった」
「な、何笑ってるんだ。お前、自分が今何をしたのかわかってるのか!」
「冗談よ、冗談」
「冗談?」
再びカイナが指を鳴らしたその時、砕け散ったはずの月が再びそこに現れた。
さっきまでと寸分違わぬ姿で。
二度もあり無い光景を目にしたことでいよいよ頭の理解が追いつかなくなる。
「一体何をしたんだ」
「ちょっとした手品みたいなものよ。あなたの反応を見たかっただけ。本当に月を壊すはずがないでしょう。そんな面倒なことしないわ。思った以上に良い反応してくれたけど」
面倒なことはしない……か。つまり、できないわけじゃないってことだ。
「さてと、そろそろ時間ね。『私』が目覚めるわ」
そう言うとカイナは俺に近づいて来た。
思わず身構える。だが、彼女の取った行動は予想外のものだった。
伸ばされた手が俺の顔を掴み、彼女の顔が近づいてくる。
そして――。
「ちゅっ」
右頬に柔らかい感触。キスされたのだと気づくまで時間がかかった。
「なっ!?」
「このくらいで動揺しないで欲しいわね。『私』の奥手ぶりにも困ったものだわ。ふふ、これはわたしとあなたの契約の証。もし本当に困ったら、あなたが力を必要としたならば、彼女じゃなく、わたしの名を呼びなさい。じゃあ、またね。愛しのマスター」
そう言って彼女は目を閉じた。
そして次に目を開けた時、その黒い瞳が俺のことを映した。
「……うぇ?」
「クロエ……か?」
「レイ……ヴェル? って、へ? レ、レレレレイヴェル!? な、なんでこんな近くにレイヴェルの顔が? ってかなんで私達甲板にいるの!? い、いい、一体何がどうなってるの?!」
顔を真っ赤にして慌てるクロエ。
間違いない。カイナじゃなくクロエだ。それを確認できた俺は思わず安堵の息を吐く。
「カイナ……か」
まだまだ知らないことが多そうだ。
だがそれを聞こうにもカイナはもう去ってしまった。
あまりにも多くの謎を残したまま。
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