第223話 口にする言葉

 気がついたらなぜか飛行船の甲板に居て、レイヴェルの顔が目の前にありました。

 正直あんまりに急な事態に頭の理解が追いつかない。

 なぜこんな状況に?


「え、えっと……レイヴェル?」

「クロエ、だよな?」

「え、う、うん。そうだけど」


 ものすごく真剣な表情で聞いてくるからオレも真面目に返したけど、でも普通に考えたら変な質問だ。

 まるでオレじゃない誰かがいたみたいな。

 レイヴェルの雰囲気を見るにふざけてる感じじゃないし。


「ねぇレイヴェル、何かあったの?」

「それは……いや、そうだな。これはさすがにお前にも伝えておくべきか」


 そうしてレイヴェルがオレの身に何が起きていたのかを教えてくれた。

 オレの体を操っていたという『カイナ』という存在のことを。

 レイヴェルの話を聞く限り、そいつはずっとオレの中にいたことになる。

 でも……。


「一応確認だが、そいつのことを知ってたりはしないのか?」

「……ううん、知らない。初めて聞く名前……なんだけど……」

「何かあるのか?」

「なんだろう。上手く言葉にはできないんだけどね」


 『カムイ』という名前を反芻する。

 初めて聞くはずの名前。そのはずなのに、妙に引っかかる。

 胸がざわつくというか。知っているのに知らない。覚えているはずなのに覚えて無い。そんな感覚。

 自分の中に自分の知らない誰かがいる。その事実に空恐ろしいものを感じる。

 それが普通じゃない存在だとしたらなおさらだ。レイヴェルの言ってることからすれば、その『カイナ』っていうやつがこの体を奪おうとしてるのは明白だ。


「奪う? ううん、もしかしたら……」


 一つの考えが脳裏を過る。

 もしかしたら、オレこそがこの体を奪ったんじゃないか。この体の元の持ち主は『カイナ』って奴なんじゃないかって。

 その瞬間だった。



『あははははははっ! いいわ、最高ねあなた。あなたの覚悟に免じてこの場は引いてあげる。でも忘れないことね。わたしは消えるわけじゃない。いつかまた必ずこの子は力を求める。訪れる結果は変わらないわ』

『それでも、そうだとしても。私は信じてる。あの子ならきっと乗り越えられるって。私の予想は絶対なんだから』

『ふふ……なら、楽しみさせてもらおうかしら。その方が壊しがいがありそうだもの』



 垣間見えたビジョン。

 誰かと誰かが話している姿。今の声は……今の姿は……。


「大丈夫かクロエ、顔が真っ青だぞ」

「っ、う、うん。ありがとう、大丈夫だから」


 崩れかけた体をレイヴェルが支えてくれる。

 それにしても、今一瞬見えたビジョンは……。

 わからない。記憶がはっきりしない。まるで靄がかかったみたいに思い出せない。

 それがもどかしくてしょうがない。


「……なぁクロエ」

「私は逃げないし、戦うよ」

「お前……」


 レイヴェルが言いたいことはわかってる。

 その『カムイ』って奴はオレが力を求めれば求めるほどに覚醒に近づくようなことを言ってたらしい。

 なら対策は単純だ。そもそもオレが力を使わなければいい。

 それだけで『カムイ』に体を奪われる心配は無くなる。あくまで可能性の話だけど。

 でもそれじゃダメなんだ。

 オレの目的は、存在理由は、レイヴェルの力になること。それが果たせなくなった瞬間、オレの存在意義は無くなる。そんなのは認められない。


「私は大丈夫だから。これから先、何があっても私はレイヴェルの隣にいる。約束する。だからレイヴェルも私の力を使うことを迷わないで。もしそれでレイヴェルに何かあったら……それこそ私は後悔してもしきれない」

「……わかった。でも一つだけ約束してくれ。絶対に自分の身を顧みないような真似はしないって。もしそれでクロエに何かったら、それこそ俺は後悔してしきれない」

「っ! ……うん、そうだね。わかった。約束する」


 そうだ。そうだった。当たり前のことだ。オレは魔剣で、レイヴェルは契約者。二人揃って初めて意味がある。


「…………」

「…………」


 会話が途切れる。でも気まずいわけじゃない。

 それどころかドキドキして、胸の奥が温かくなるような……そんな感じだ。

 今は夜で、甲板にいるのはオレとレイヴェルの二人だけ。オレ達のことを見てるのは月だけだ。

 なんて、柄にもなくそんなロマンチックな気分に浸る。

 『オレ』と『私』の境界線が溶けて、混ざって、曖昧になっていく感覚。

 そこでアイアルに言われた言葉がふと脳裏を過った。


『ただそうやって自分を意味ねぇってことはわかってんだろ。後悔しても知らねぇからな』


 後悔……後悔か。

 オレはレイヴェルの隣にいれればそれでいい。それだけで満足してる。

 でも……。

 気づけばその言葉がオレの口をついて出ていた。


「月が、綺麗だね」

「ん? あ、あぁ。そうだな。こんなに綺麗な月をこんなに近くで見たのは初めてだ」

「うん、私も」


 思わず恥ずかしくなってレイヴェルから顔を逸らす。これが今のオレの精一杯だ。

 たとえこれから先何があっても。この想いだけはオレのものだ。

 絶対に負けないと、そんな思いをこめてオレはレイヴェルの手を強く握りしめた。

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