第224話 死の人形劇
クロエとレイヴェルが甲板にいた同じ頃。
飛行船の中のとある一室に向かう二人組の姿があった。クランとワンドだ。
クランはいつもと同じニコニコ笑顔で、クランは無表情な中に若干の眠たさを感じさせながら歩いていた。
「いやぁ、それにしてもさ。同じ客船にあの二人も乗ってたなんてすごい偶然だよね。でも目的地のことを考えたら不思議じゃないのかな? 一緒にいた子達のこと考えたら不思議じゃないかもしれないけど♪」
「ワンド、うるさい」
「あらら、クランったらもうお眠なの? 夜はまだまだこれからだよ?」
「うるさい」
「ちぇっ、つまんないの。まぁいいや。お楽しみはこれからだしね♪」
ワンドがやたらと上機嫌なのは今から二人が行おうとしていることが理由だった。
「めんどくさい……でも、あの方の命令だからちゃんとやる」
「ホント好きだよねぇ。あたしは楽しければそれでいいけど♪」
楽しむこと。それがワンドの信条。楽しむこと、楽しませること。それがワンドにとっての全てだ。
二人は歩いているうちに客室の並ぶ場所を過ぎ去り、関係者以外立ち入り禁止と書かれた場所へ近づいていく。
だがその前には二人の守衛が立っており、近づく者がいないように見張っていた。
守衛の二人は近づいてくるクランとワンドに気づくと、二人の行く手を阻むように立ちはだかる。
「ここから先は立ち入り禁止だ。悪いが引き返してもらおうか」
「道にでも迷ったのか? 怪我したくなかったらさっさと引き返すんだな嬢ちゃん達」
守衛というには明らかに柄の悪い二人組。しかしそんな二人に凄まれてもクランとワンドは全く怯むことはなかった。
「お仕事ご苦労様♪ おじさん達も大変だね」
「あ? あぁ」
ニコニコと笑顔で話しかけてくるワンドに、男達は若干怯む。少し脅かせば怖がって帰ると思っていたからだ。
そしてそれと同時に、ワンドの笑顔に直感的に空恐ろしいものを感じていた。
「でもあたし達、この先に用事があるんだよねぇ」
「あん?」
その言葉を合図にして、クランが懐から上半分だけの仮面を取り出す。ピエロを思わせるそのデザインは、暗がりの中にあって奇妙な恐ろしさがあった。
「おじさん達さぁ、もっと笑顔になった方がいいよ。そんな怖い顔してたら子供だって怖がっちゃうでしょ?」
子供だろうと大人だろうと怖がらせて近づかせないことが仕事である二人に笑顔になった方が良いというのは無茶な話だ。
しかしそんな理屈はワンドには関係ない。あまねく全ての人々に笑顔を。そのためならばワンドはなんでもするのだ。
「それじゃああたしがおじさん達に笑顔をプレゼントしてあげる♪」
「いったい何を――」
二人が普通じゃないと、そう気づいた時にはもう全てが遅かった。
守衛が武器を構えるよりも早くワンドが指を鳴らした。
その瞬間だった、先ほどまであれほど警戒していた二人の姿がまるで幼い頃から知っていた旧友のように思えてきたのだ。
「あぁ、なんだお前たちだったのか。悪い悪い、連日の勤務で疲れていたみたいだ」
「まったくもう。しっかりしてよね」
「あははは、そうだな。今日の仕事が終わったら酒でも飲みに行くか。良かったら一緒にどうだ? 後一時間もすれば交代の時間だ」
「うーん、それは魅力的なお誘いだけど今日は無理かな。あたし達やることがあるし」
「そういえばそうだったな。この先にいる方達に用があるのか」
「そそ。ちょっと会わなきゃいけないんだよね。通してくれるよね?」
「あぁもちろんだ。だが粗相はするなよ。俺達が怒られる羽目になる」
「あはは♪ もちろん、おじさん達には迷惑かけないよ」
守衛の二人は疑うこともせずにワンドとクランの二人を通す。
ワンド達のことをまるで疑っていなかった。
「やっぱり笑顔っていいよねぇ」
「あのおじさん達、笑顔でも強面だった」
「脅してるみたいな笑顔だよねぇ。まぁ生まれつきのものはしょうがないんじゃない? ぶすっとした顔してるよりはいいと思うけど」
「そうだね。笑顔は大事。すごく大事」
呑気な会話をしながらワンドとクランは奥へ奥へと進んでいく。
やがてたどり着いたのは一つの扉の前だった。
「エルフの国に行く前に、ついで回収するように頼まれた宝具。ぱぱっと終わらせちゃおうか」
「真面目にやって。失敗は許されないんだから」
竜人族の里で『竜命木の枝』を、ケルノス連合国で『月天宝』を回収したように。この飛行船に乗ったのは宝具の回収をするためだった。
そして二人は部屋の扉を何の躊躇もなく開け放った。
「やーやーみなさんこんばんは♪」
無遠慮に入ってきたワンドとクランに、室内にいた者達の視線が集まる。
部屋の中にいたのは二人の老人と、その二人を守るように壁際に立つ四人の男達だった。男達は全員武器を携帯していた。
そして机の上には大量の金と、厳重に包まれた宝石があった。
「あ、それが噂の『紫魂の欠片』かな? いやー良かった。これでデマ情報だったらどうしようかと思っちゃった」
「な、なんだお前達は!」
「警備は何をやっている! お前たち、早く排除しろ!」
「遅い」
剣を抜こうとした男達だったが、その動きが途中で止まる。わざとではない。動けなくなったのだ。よく目をこらせばわかっただろう、男達の体に絡みつく糸があることに。
「『
男達の口角がつり上がる。
そして、抜いた剣を男達はクランではなく共に戦う仲間へと向けていた。
「や、やめろ!」
「お前こそ、自分が何してるのかわかってんのか!」
「嫌だ、嫌だぁ!」
「なんだ。何をしているお前たち! 遊んでいる場合じゃないんだぞ!」
「まーまー落ち着きなよおじいさん達。これからきっと素敵なショーが見れるからさ」
「ひっ?!」
「な、なんなのだお前たちは! 我々が誰なのかわかっているのか!」
「知らないし興味もないよ。そんなことよりもさ、ちゃーんと見てなきゃダメだよ」
ワンドはポンと肩を叩いて二人の老人を座らせる。
「踊り狂え」
クランの合図に合わせて男達は互いのことを斬りつけ合う。
笑顔のまま、大きな声で笑いながら。それはあまりにも異様な光景だった。
腕を切り落とされ、内蔵がはみ出ながらも、それでも動くのを止められない。
「あははははははっ♪ いいよねぇ、笑いながら殺し合う。あの人達も笑顔の仲間に殺されるなら本望でしょ? おじいさん達もそう思わない?」
「い、いかれてる……」
「うぷっ、おぇえええ」
一人は耐えきれずに目を逸らし、もう一人は凄惨な光景に思わず吐き気を催していた。
「こんなに面白いのにつまらない反応。もっと笑顔で見てあげないとダメだよ。ほらほら」
ワンドがパチンと指を鳴らす、すると突然老人達には目の前の光景が面白おかしいものに見え始めた。そして気づけば大きな声で笑い始めていた。
「アハハハハハッ!!」
「最高だ! 最高のショーじゃないか!」
「でしょ? もう、最初からそのリアクションしてくれないと。せっかくのクランのショーがもったいないじゃない」
そして――。
「終演」
四人の男達の首が飛んだ。血が噴水のように噴き上がり、それでも男達の体は倒れることなく立ち続けている。
そんな光景を背に、クランは軽く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「最高のショーだったよクラン! おじいさん達もそう思うでしょ?」
「あぁもちろんだ。今までにみたどんな歌劇よりも素晴らしかった」
「こんなものを見られるだなんて、思いもしなかった」
「そう。それじゃあお代としてあの『紫魂の欠片』もらっていく」
クランはそう言うと机の上にあった『紫魂の欠片』を持って部屋を出て行く。
「あ、ちょっとクラン。もう……まぁいいや。それじゃああたしも行くね。あ、おじいさん達は……そのまま笑い死ぬといいよ」
それだけ言い残してワンドはクランの後を追って部屋を出て行く。
その後は、残された老人達の笑い声が部屋の中に響き続けていた。ワンドの宣言通り、二人が死ぬその時まで。
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