第33話 ギルドマスター

 ロミナさんが連れて来たギルドマスターの女性を見た第一印象は、ただひたすらに赤いってことだった。

 髪も目も服も、言ってしまえばその存在感までも。全てが鮮血のように赤い。

 そんでまた驚くほど美人だ。イージアに来てから美人はいっぱい見たけど、ギルドマスターはまた違うタイプの美人だ。

 マリアさんがお淑やかな美しさで、ロミナさんが花のような美しさだとしたらギルドマスターは太陽のような派手な美しさだ。

 そしてやっぱりマリアさんとロミナさん同様にでかい。何がとは言わないけどでかい。ちょっと動くたびに揺れてる。

 あれもしかしてつけてないんじゃないのか?

 っていうか! レイヴェルの周り美人多くないか!

 なんだ、レイヴェルはそういう星の元に生まれるとでも言うのか!


「ようレイ坊。久しぶり会ったのにその面はねぇだろ」

「……久しぶりですね、イグニドさん」


 レイ坊って呼ばれてるんだ。

 何か嫌そうな顔してるけど……もしかしてレイヴェルとギルドマスターって何かあったりするのか?


「相変わらずの悪人面だなぁお前は。もっとマシな面できねぇのか?」

「余計なお世話です」

「ったく、可愛げがねぇなぁお前は。そんで、そっちがロミナの言ってた魔剣少女か」

「あ、どうも。クロエ・ハルカゼ……です」


 うーん、なんていうかこういう人はちょっと苦手だ。

 あんまり接したことあるタイプじゃないっていうのもあるけど。


「アタシはイグニドだ。イグニド・フレイスタ。イグニドって呼べ。アタシはレイ坊の……そうだな。保護者みたいなもんだ」

「保護者?」

「あぁ。そいつには家族がいねぇからな。そいつが住んでる鈴蘭荘を紹介してやったのもアタシだ」


 家族がいない……そうなのか。

 まぁその辺りの詳しい話はレイヴェルから直接聞いた方が良いよな。

 少なくとも今掘り下げることじゃない。


「そんで、話を聞く限りお前が魔剣だってことは間違いないみたいだが……何が目的だ?」


 イグニドさんにギロッと睨まれるように見られて思わず体が硬直する。


「イグニドさん、クロエさん怖がってるじゃないですか」

「おっと、悪いな。別に怖がらせるつもりは無かったんだ。相手に威圧的に出ちまうのは癖みたいなもんだ」


 嫌な癖だなそれ。睨まれるこっちの身にもなって欲しい。


「何が目的だって、どういうことですか?」

「そのまんまの意味だよ。自我を持つ魔剣共の中には、悪意を持って人と契約する奴もいる。甘い言葉で人を誑かしてな。お前がそんな魔剣じゃないって保証はないからな」

「イグニドさん、いくらなんでもそれは」

「レイヴェルは黙ってろ。だいたいこれはお前のためでもあるんだぞ」

「俺の?」

「対人能力が著しく欠けてるお前は、ちょっと優しくされただけでコロッと騙される。つまり、一番利用しやすいタイプってことだ。こいつがお前を利用しようって魂胆の奴ならお前ほど使いやすい奴はいないってことだ」


 まぁたしかにレイヴェルが騙されやすそうなタイプっていうのは全力で同意するところだけど。

 でもそれオレの前で堂々と言うか普通。そんなこと言われて素直に騙そうとしてましたーなんて言う奴がいるはずがない。

 っていうか普通に傷つくんだけど。オレってそんな風に見えるのか?

 だとしたらだいぶ凹むぞ。

 まぁ確かにイグニドさんの言う通り契約者を利用しようとする魔剣がいるのも事実なんだけどな。


「いくらイグニドさんでも、その言葉は聞き逃せません。クロエはそんな奴じゃありませんかよ」

「ほぉ、ずいぶん入れ込んでるじゃないか。なんだ、惚れてんのか?」

「茶化さないでください。オレは王都でクロエがいなかったら死んでました。クロエに感謝することはあっても、疑うような真似はしません。オレはクロエを信じてます」

「レイヴェル……」


 あ、ヤバイ。ちょっと嬉しくて泣きそうかも。

 まさかレイヴェルがそんな風に思っててくれたなんて。元はと言えばオレが巻き込んだようなもんなんだけど。

 うへへ、顔がにやけそう。

 ってダメだダメだ。せっかくレイヴェルが援護してくれたんだから。オレもちゃんと言わないと。


「あの、イグニドさんが杞憂してることもわかりますけど、私はレイヴェルのことを騙そうとなんてしてません。私がレイヴェルと契約した理由は、この人だって思ったから。ただそれだけ。私に目的があるとしたらそれはただ一つ、レイヴェルの力になることだけです」


 昔なら元の世界に帰る手段を探すってなったかもしれないけど、今はもうそんな考えもほとんどない。

 だって百年以上経ってるわけだし。こっちの世界と元の世界の時間の流れの違いなんてわからないけどさ。でも変に期待して裏切られるよりは、もういないもんだと思ってた方が精神的にも落ち着く。

 それになんだかんだこの世界で生活した時間の方がずっと長いわけだし。愛着みたいなのもある。

 元の世界に帰りたいって思う理由の方が少ないんだ。

 ジッとオレの目を見つめてくるイグニドさんの目を見つめ返す。


「……なるほどな。嘘は言ってないか。つまりお前はずいぶん酔狂な魔剣だってことだ。それに……ふふ、面白い」

「? どうかしたんですか」

「いや、なんでもない。疑って悪かったな。アタシもギルドマスターとして、そいつの保護者としての責任があるからな」

「いえ、当然のことですから。大丈夫です」

「それにしても……ようやく仲間を見つけたと思ったらまさか魔剣とは。つくづくお前には驚かされるな、レイヴェル」

「別にわざとやってるわけじゃないですよ」

「当たり前だ。わざとやられてたまるか。だが、レイヴェルが魔剣使いになったとなると……どうしたもんか。魔剣使いの冒険者なら何人か知ってるが……よし決めた。レイヴェルが魔剣使いだってことは秘密にする」

「え、いいんですか?」


 イグニドさんの言葉にロミナさんが驚いたような声を出す。

 オレもちょっとビックリしてた。てっきり魔剣使いだってことを喧伝するかと思ってたから。

 オレとしては願ったり叶ったりだけど。元々オレが魔剣だってことも、レイヴェルが魔剣使いだってことも隠して欲しいってお願いするつもりだったから。


「今のレイヴェルが魔剣使いだってことが知れ渡っても面倒事に巻き込まれるのがオチだからな。そうなると問題はクロ嬢の扱いをどうするかだが……」

「あの、クロ嬢って私のことですか?」

「あ? 他に誰かいるか?」

「ですよねー……」


 レイ坊にクロ嬢って、独特な呼び方するなぁこの人。


「よし決めた。おいロミナ。クロ嬢の冒険者登録しろ」

「え、でも冒険者登録するためには試験を受けてもらわないと。今週の試験はもう終わってますよ?」

「うるさい。アタシがやれっていったらやればいいんだ。いくらでも誤魔化せるだろ」

「不正はダメですよ!」

「ほんっと固いなー、お前は。あー、じゃああれだ。ギルドマスター推薦で」

「なんですかそれ?」

「いま作った」

「ふざけないでください!」

「別にふざけてないんだけどな。前から必要な制度だとは思ってたんだからな。クロ嬢がその第一号ってことでいいだろ」

「でも、他の人はそれじゃ納得しませんよ。賄賂だとかなんだとか騒ぐに決まってます」

「そんなの言わせておけば……」

「ダメです。ギルドマスターとしての威厳に関わります。せめて何か納得させれる理由がないと」

「それじゃあ実力を証明できりゃいいんだな」

「え、えぇ。それなら問題は無いかもしれませんが……」

「ならそうしよう。クロ嬢、アタシと訓練場に行くぞ。ついでだ。お前の魔剣としての力を見せてもらう」

「……はい? え、うわぁ!」


 戸惑うオレを他所に、イグニドさんはオレをヒョイと抱える。

 こうしてオレは、訓練場へと強制連行されることになったのだった。

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