第32話 契約紋の浮かぶ場所

「えっと……クロエちゃん、でいいのかな? 私はロミナ・ウエハンスです。レイン君の担当受付嬢なんだ」

「担当受付嬢?」


 なんだそれ。担当受付嬢なんて初めて聞いたんだけど。


「あ、もしかしてイージアに来るのは初めて?」

「初めてではないんですけど……」

「じゃあギルドのことを知らないって感じかな。えっとね、イージアの試験を受けて冒険者になった人にはそれぞれギルドから担当がつくことになってるの。サポートっていう形でね。それで、レイヴェル君もこのギルドで冒険者になったから私が担当としてつくことになったって感じかな」

「なるほど……」


 担当受付嬢か。そんなシステムがあったなんて知らなかった。

 っていやいや! そうじゃなくて、この人がレイヴェルの担当受付嬢ってことはあれだよな。

 他の人よりレイヴェルと接する機会が多い人ってわけで……仲良くなりやすかったりすだろうし。こんな綺麗な人が自分の担当になったら絶対勘違いする奴出てくるだろ。


「な、なんだよその目」

「レイヴェルは大丈夫? 勘違いしてたりしない?」


 なんていうか、かなり偏見入ってるけど。このロミナさんみたいなタイプの人はみんなに優しくするから自分だけ特別だとか男を勘違いさせやすいんだ。

 レイヴェルがそんな男ではないと信じてるけど……。


「はぁ? 勘違いってなんだよ」


 まるでわけがわからんって顔してる。

 うーん、まぁこれなら大丈夫かな。やっぱり相棒としてはね。レイヴェルがどんな女性と仲良くしても構わないけど、変な女の人に騙されたりはして欲しくないし。

 ロミナさんが変な人って言うわけじゃないけどさ。

 レイヴェルってそういうとこ抜けてそうだし。変な女に絡まれて面倒事に巻き込まれるタイプって感じだから。オレがちゃんと気を付けてやらないとな。

 イージアに来てわかったけど、レイヴェルって友達はいないくせに妙に綺麗な女の人と縁があったりするみたいだし。


「ううん、なんでもない。大丈夫そうで安心した」

「なんなんだよ一体……」

「気にしないで」

「えーと……あの、レイヴェル君? それでこのクロエちゃんはレイヴェル君とどういう……冒険者になりたい子を連れて来たって感じでもないよね。あ、もしかしてレイヴェル君の彼女とか?」

「「彼女じゃないですっ!」」


 全くなんなんだ今日は。フィーリアちゃんもそうだったけど、人を見るなりレイヴェルの彼女だなんだって。頭がピンク色な人ばっかりだ。

 オレとレイヴェルはそういうんじゃなくて相棒なんだっていうのに。

 もっとこう……熱い男と男の友情とか、そんな感じのやつだ。オレ今男じゃないけど。


「あれ? 違った? おかしいなぁ。絶対そうだと思ったのに」

「ホントに違いますから。それでその……こいつのことで話があるんですけどいいですか?」

「クロエちゃんのことで? 私は大丈夫だけど、ここではできない話なの?」

「さすがにちょっと。相談室って今空いてますか?」

「うん、今の時間なら大丈夫だと思うけど。ちょっと確認してくるね」


 そう言ってロミナさんは受付の中へと入って行く。


「相談室って?」

「色んな依頼を受けたりする時とか、逆にギルドからの依頼とか。あんまり大っぴらに言えない相談事する時に使う場所だよ」

「へぇ、じゃあ相談室に入る人は面倒事抱えてる人ってこと?」

「そういう人ばっかりじゃないけどな。生活の相談する人もいるらしいし」

「そんな人までいるの? ギルドに?」

「まぁ冒険者のサポートをするのが仕事ってことらしいからな。そういうのも聞いたりしないといけないらしい」

「へぇ、大変だね」

「他人事みたいに言うな」

「実際他人事だし。まぁ私はやりたいとは思わないかなー。自分の生活のこととか相談されたら、適当に流しちゃいそう」

「それはちゃんと聞いてやれよ」

「お待たせ二人とも、相談室今なら空いてるって。それじゃあ行こっか」

「はい、ありがとうございます」


 そしてオレ達はロミナさんに案内されて、相談室へと向かうのだった。







□■□■□■□■□■□■□■□■


〈レイヴェル視点〉



 相談室は人目につきにくい場所にある。

 部屋はそんなに広くない。けど防音はしっかりしてるし、中の様子は外からじゃわからないようになってる。

 さっきクロエにも言ったことだけど、相談室を使うってことはかなりデリケートな話題だったりするからな。その辺の配慮なんだと思う。


「えっと、それで話って何かな。たぶんクロエちゃんに関係あることだとは思うんだけど」

「はい。それで合ってます。でもなんて言ったらいいか……」


いやまぁ、言うことなんて一つだけなんだからストレートに言うしかなんだけど……改めて言うってなると変に緊張するな。


「えっと、実はこいつ、クロエなんですけど……魔剣なんです」

「改めましてどうも、魔剣のクロエです」

「…………」


 ロミナさんがフリーズした。

 下手に誤魔化すようなことでもないからストレートに伝えたんだけど……やっぱりまずかったか。もっと段階踏んで言うべきだったか?

 いやでも上手い言い方なんてこれの他に思いつかなかったしなぁ。

 まぁロミナさんの気持ちもわかるけど。急にこいつ魔剣なんです、なんて言われて理解ができるはずがない。

 そうなんだー、みたいな感じですぐに受け入れられたらそっちの方がビックリだ。


「え、ま、魔剣? この子が? で、でもどう見ても普通の子だよ? いやまぁ、確かに作り物みたいに綺麗な子だなとは思ったけどね」

「落ち着いてくださいロミナさん」

「そ、そうだね。まずは落ち着かないと……すぅーはぁー」


 胸に手を当てて数度深呼吸するロミナさん。

 手を当ててる胸に一瞬目が行きかけたけど、隣に座るクロエからの威圧感を感じて慌てて目を逸らす。

 なぜ気付かれた。


「ふぅ……うん、もう大丈夫。ごめんね。ちょっと取り乱しちゃって」


 あっという間に落ち着きを取り戻すロミナさん。

 さすがの切り替えの早さっていうか。やっぱりギルドの受付嬢なんかしてると問題も多いだろうから、こういうの慣れてるんだろうな。


「それで……クロエちゃんが魔剣だっていう話だけど、本当なの?」

「はい。本当です。私は紛れもなく、正真正銘の魔剣です」

「疑ってるようで悪いんだけど、証明することはできる? たとえば剣の姿になるとか……」

「それでもいいんですけど。戦う時以外に剣の姿になるのは極力避けたいし……ロミナさんは契約紋って知ってますか?」


 契約紋? なんだそれ。初めて聞いた。

 俺は初めてだったけど、ロミナさんはどうやらそうじゃなかったらしい。


「魔剣と契約した人に現れるっていうあれ?」

「そうです。私はレイヴェルと契約したので、もちろんレイヴェルとの間に契約紋があります。それで証明になりますか?」

「うん、それなら確実だと思うけど」

「レイヴェル、手出して」

「? あぁ。わかった。でもお前の言う契約紋? だかなんだかみたいなのはないぞ?」


 いつもと変わらぬ普通の手だ。クロエと契約して、何か特別な紋様が浮かんだりなんてこともない。


「そりゃね。ずっと見えてたら契約者ですって喧伝するようなもんだし。できる場所は人によって色々なんだけど……レイヴェルの位置は比較的当たりだね」

「当たり?」

「うん。額にできる人もいれば、太ももにできる人もいる。できる場所は人それぞれだから。レイヴェルは右手の甲だね。そこに意識して魔力を注いでくれる?」

「あぁ、わかった」


 言われるがままに右手の甲に魔力を集中させる。

 すると、それまで何もなかった右手の甲がポウッと光を放ち、そこに複雑な形の紋様が浮かび上がった。


「これは……」

「これが私のレイヴェルの契約紋。ほら、私にも同じ模様が浮かび上がってるでしょ」


 クロエはそう言って左手の甲を見せてくる。確かにクロエの甲にも俺の右手の甲に浮かんでいるのと同じ紋様が浮かび上がっていた。


「これが私がレイヴェルと契約してる魔剣である証です」

「確かに……でもそうなると色々と……うーん、ちょっと待っててもらっていいかな」

「どうかしたんですか?」

「私だけじゃ処理しきれない問題かもしれないから、ギルドマスターのこと呼んでくるね」

「え!? あの人今日はいるんですか!」

「たまたまだけどね。いいかな、クロエちゃん」

「私はいいですけど……」

「わかった。それじゃあすぐに呼んでくるから」

「あ、ちょっと待——」


 俺が呼び止める間もなくロミナさんは部屋を出て行ってしまった。


「どうかしたのレイヴェル」

「できればギルドマスターには会いたくねぇんだよ……」

「どうして?」

「苦手なんだよ、あの人のこと」


 ギルドマスターには色々と恩はある。でもだからって会いたいとは思えない。

 できれば用事とかで来れなくなってくれねぇかな。

 そんな俺の願いが通じるはずもなく。

 ロミナさんは言った通りすぐに戻って来た。隣に赤い悪魔を連れて。


「ようレイ坊。久しぶり会ったのにその面はねぇだろ」

「……久しぶりですね、イグニドさん」


 爛々と光る紅蓮の眼。そしてそんな目と同じ、燃え盛るように波打つ赤い髪。

 自分に対する絶対の自信と荒々しい美しさを持つ女性。

 イグニド・フレイスタ。

 イージアのギルドマスターにして……俺の後見人である人だった。

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