第34話 クロエの力

〈レイヴェル視点〉


 イグニドさんはクロエを抱えたまま訓練場へと向かった。

 ここの訓練場はちょっと……というか、かなり特殊な作りになっている。珍しい結界が貼られてるんだ。確か、あらゆる衝撃を吸収するだとかなんだとか。しかも自動修復までついてるらしい。

 冒険者の訓練は派手になりがちだから、地面とかよく割れたりするらしいしな。

 俺にはとてもそんな真似できないけど。


「よし、人払いも終わったな。これで思う存分できるだろ」

「人払いをしてくれたのはありがたいですけど、ここで私に何をしろと? あと、そろそろ降ろしてください」

「あぁ、抱えてたの忘れてた。で、何するかだが、さっきも言っただろ。お前の魔剣としての力を見せてもらう」


 そう言うとイグニドさんは軽く指を鳴らす。すると地面から木製の人形が現れた。

 あれは俺も知ってる。俺が訓練してた時も使ったし。木製なのにやたらと硬い人形だ。真剣で斬っても俺の力じゃかすり傷しかつかなかった。

 なんでも特殊なコーティングがされてるとかで。あれを斬れるようになってようやく一人前だとかって、イグニドさんは言ってたな。

 でもあれを斬れる人って相当少ないと思うんだよな。それこそB級とかA級になって初めてできるようになるんじゃないかって思うレベルだ。


「これを壊してみせろ。お前が魔剣だって言うならそれくらい簡単だろ? それをもってお前の力の証明とする」

「これをですか? ただの木の人形にしか見えませんけど」


 こんこんと指で叩きながら木の人形をジロジロとみるクロエ。

 何も知らないクロエからしたらただの木の人形にしか見えないのもわかる。


「クロエ、その人形は——」

「レイ坊は黙ってろ。こいつの実力を測ると言った。観察も含めて実力だ。お前が口出しするな」

「っ……」


 ギロッと睨まれて思わず黙る。なんていうか、イグニドさんの言葉には逆らえないんだ。実力っていうのもあるけど、何より世話になってる人だから逆らいづらいってのが大きい。


「これだけじゃないぞ。ほら、追加だ」


 そう言ってイグニドさんは人形を覆うようにして魔障壁を展開した。

 魔障壁ってのはそのまま、魔力を固めて作った壁だ。その強度は使い手によって変わるけど、イグニドさんが作ったってなったらその強度は別格だ。

 一回俺も経験したことがあるけど、どんなに必死に攻撃しても壊すどころか傷一つつけることができなかった。たった一枚の魔障壁でも、だ。

 でも今イグニドさんが展開したのは十枚の魔障壁。イグニドさんが作った魔障壁ならドラゴンの一撃だって止めれる。

 それが十枚だ。とてもじゃないけど壊せるもんじゃない。


「イグニドさん、いくらなんでもそれは無茶だ!」

「そうですよ。人形だけならまだしも魔障壁も同時だなんて。いくらなんでも不可能です!」

「レイ坊もロミナも黙ってろ。アタシはクロ嬢の実力を測るって言ったんだ。外野が口出しするな。で、どうする? やるか?」

「……わかりました。やります。これならたぶん行けると思うんで」


 いけるって、本気で言ってるのか?

 いくらなんでも無茶だぞ。


「魔剣状態には?」

「なりません。あ、でもレイヴェルから魔力を貰うのはありですよね?」

「あぁ。魔剣と契約者は一心同体。レイヴェルはお前の魔力であるとも言い換えれる」

「ありがとうございます」


 そう言うとクロエは俺の方へと近づいて来る。


「ってわけで、レイヴェルの魔力借りるね」

「それはいいけど、どうやるつもりなんだよ」

「うーん、まぁ、なんとかなるんじゃない? というより、この力試しは私と相性が良いし。ちょっとふらつくかもしれないけど、耐えてね」

「え? うおっ」


 体からごっそりと魔力が持って行かれる感覚。

 あまりに急激に持っていかれたせいで思わず倒れそうになる。すんでのところでクロエが支えてくれたから倒れなかったけど。


「大丈夫?」

「あ、あぁ。大丈夫だけど。なんだ今の」

「だから言ったでしょ。魔力借りるって」

「でも前に魔力を譲渡した時はこんな感覚は」

「前の時は私が受け取った魔力を循環して返してたから。でも今は私が借りただけだから」

「その姿のままでも力は使えるのか?」

「うん。まぁ出せる力に制限はあるんだけどね。でも、その方がちょうどいいかなって思ったから」

「ちょうどいいって。お前、あの人形のことも魔障壁のことも舐めてないか?」

「ふふ、それで言うならレイヴェルの方こそ私の……魔剣の力を過小評価しすぎじゃない?」

「いや、そんなつもりは……」

「まぁ見てて。レイヴェルが手にした魔剣の力がどれほどのものなのか。しっかり見せてあげるから」


 そう言うとクロエはイグニドさんの下へと戻る。

 軽い調子で大丈夫とか言われてもなぁ。ホントに大丈夫なのか?


「準備できました」

「よし、こっちもいつでも大丈夫だ。好きなタイミングでやってくれ」

「全力で打ち込んでいいんですか?」

「あぁ、もちろんだ」

「なら遠慮なく。あ、そうだ。レイヴェルもロミナさんも、ちょっとだけ離れてた方がいいかもしれないです」

「? あぁ、わかった」

「わかりました」


  離れてた方がいいって、あいつ何するつもりだ?

 俺達が離れたのを確認したクロエは、不敵な笑みを浮かべて人形のことを見る。

 そしてクロエが構えた瞬間、その身に纏う雰囲気が一変した。


「私が身は全てを貫く絶対の矛なり」


 そこにいるのはいつものクロエ。しかし俺はまるで抜き身の剣を目をしたかのような、そんな気分に陥っていた。

 いつもの気の抜けるような、朗らかな表情ではない。恐ろしいほど真剣な表情。その目は正面にある人形のみを映していた。

 俺は思わずゴクリと唾をのむ。少しずつ高まって行くクロエの力から、俺は目が離せなくなっていた。


「すぅ……はぁ……」


 数度深呼吸したクロエは、カッと目を見開くと地を蹴って跳んだ。まっすぐに、人形の方へと向かって。 

 って、いや、あの勢いでぶつかったらただじゃすまないぞ!

 イグニドさんの作る魔障壁の硬さは鉄をもしのぐ。つまり、今のクロエは超速で鉄の壁へと突っ込んだようなものなのだ。


「クロエッ!」


 俺が叫んでももう遅い。今からじゃ止められない。

 クロエが魔障壁にぶつかる姿を想像した俺は思わず目を逸らしそうになる。

 しかし、クロエは無策で突っ込んだわけではなかったようだ。


「これが私の全力! くらえ——『破光槌』!!」


 クロエの右腕が黒く光り輝き、目を焼くほどの光を放つ。そしてその直後に、轟音と大きな揺れが襲いかかって来る。


「うおっ!」

「きゃぁっ!」

 

 あまりにも眩い光に思わず目を腕で覆ってしまう。そして世界ごと揺れてるんじゃないかってほどの衝撃が俺とロミナさんに襲いかかって来る。

 やがて音と揺れが収まったあと、目を開いた俺は目の前に広がる光景に絶句した。

 そうだ。俺はクロエの力を一度王都で見てる。なのに、まだどこか現実のものとして受け入れてなかったんだ。

 でも目の前に広がるのは紛れもない現実の光景だ。


「嘘でしょ……」


 隣にいるロミナさんが呆然と呟く声が聞こえる。

 それもそのはずだ。俺達の目の前には、数瞬前とは全く異なる光景が広がっていたんだから。

 地面は抉れ、めくり上がっている。イグニドさんの張った十枚の魔障壁も全て破壊され、その先にあった人形は上半身が消し飛んでいた。そしてその先にあった壁もぽっかりと大きな穴を開けている。

 これがたった一撃でもたらされた結果だなんて、誰が信じれる。

 言葉がでないってのは、まさにこのことだ。


「これが魔剣の……いいや、クロエの力なのか」


 目の前に広がる光景を見て、俺は改めて自分の手にした……クロエの力の大きさを認識した。

 

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