第35話 魔剣とは
……やり過ぎたでござる。
目の前に広がる惨状を見て、内心でダラダラと冷や汗をかいていた。
魔障壁の硬さを確認して、あの人形も魔力のコーティングがしてあったから、それなりの硬さなんだろうなーとか思って。
とりあえず一撃とは言われてないし、一発殴って見るかーくらいの軽い気持ちで殴っただけなんだけど。
まさかこんなことになるとは。
「えっと……」
「アッハッハッハ!! やるじゃないかクロ嬢。さすがは魔剣だな。とんでもない威力だ」
訓練場の中の空気が凍り付くなか、イグニドさんだけが心底楽しそうにケラケラと笑っていた。
「えっと、その……これ、大丈夫なんですか?」
「ん? 大丈夫かだと? そうだな。大丈夫では……ない!」
「大丈夫じゃないんですか!?」
「魔障壁や人形だけならまだしも、クロ嬢の一撃は訓練場を覆っていた結界まで壊したからな。つまり、訓練場の自動修復機能も使えない。修理にいくらかかるかわかったもんじゃないなぁ。アッハッハッハ」
「いや、笑いごとじゃありませんよ! ど、ど、どうしましょうこれ。弁償とか」
「気にするな。訓練場で起きたことは基本的にギルド持ちだ。特に今回みたいな試験なら特にな」
「ほ、ほんとですか」
良かったー。あぶなー。もう少しで大借金持ちになるところだった。まぁ魔剣だし、時間だけは無限にあるから返せなくはないんだろうけど。さすがにこんなことで借金は背負いたくない。
前の王都の時はディエドとダーヴのせいにできたけど、今回はイグニドさん達の目の前でやってたから言い逃れのしようがないし。
「今のは全力か?」
「全力ではないですよ。私が全力出そうと思ったらレイヴェルと一緒なのが前提ですし。さっきも言いましたけど、この状態じゃ出せる力には限度がありますから」
それでもまぁこの威力なんだけどな。っていうかたぶんイグニドさん知ってるよな。なんかオレのこと……というより、魔剣のことに詳しい気がする。
だからたぶん魔障壁も十枚くらい展開してたんだろうな。受けきれるように。
まぁ、魔障壁じゃオレの力は止めれないけど。
オレの固有能力は《破壊》だ。形あるもの、ないものを問わず。壊そうと思えば全部壊せる。結界でも、なんでも。
つまり、どんなに硬い壁でもその気になればオレは壊せる。レイヴェルの持ってた剣を破壊した時みたいに。
固有能力を抜きにしても、ただの魔障壁じゃオレは止めれないだろうけど。
「というわけだ。納得したかロミナ」
「納得も何も……納得するしかありませんよ。そもそも、私は試験を受けずに冒険者登録をすることに問題があるって言っただけで、クロエちゃんの力を疑ってるなんて一言も言ってません。それなのにここまでのことをさせるなんて……」
「アッハッハッハ! 確かにこれはちょっと予想外だったがな。だがこれでわかっただろう。魔剣というものが、どういうものであるのか。そしてそれを手にするというのがどういう意味を持つのかを」
最後の言葉はどっちかって言うと、ロミナさんよりレイヴェルに向けて言ってるっぽいな。
ロミナさんもレイヴェルも、オレの生み出した破壊の痕を見て神妙な顔をしてる。
でも、イグニドさんの言う通りでもある。レイヴェルはたぶん、っていうか絶対。魔剣を持つってことの意味を理解してない。
もしかしてイグニドさんはそれをレイヴェルに教えるためにオレの力を試そうなんて言い出したのか?
「クロ嬢はこの破壊を全力ではないと言った。つまり、その気になればこれ以上のことをいとも容易くできるってわけだ。レイ坊、お前が手にした力がどういうものなのか。ちょっとでも理解できたか?」
「……はい」
「ならよし。いいかレイ坊。魔剣っていうのはな、化け物だ」
うお、魔剣本人を前にしてそれ言うか。
イグニドさんの言わんとすることはなんとなくわかるけど……まぁいっか。いやよくないけどさ。
こんなに可愛いオレを化け物呼ばわりとは何様だ! ギルドマスター様だ! なんてくだらない自己ツッコみはやめよう。死にたくなる。
イグニドさんがレイヴェルに伝えたいことはなんとなくわかるし。もう少し黙ってようかな。
「化け物って、そんな言い方しなくても」
「アタシが事実しか言ってない。クロ嬢の見た目が可愛らしい女だからそう言うのか? じゃあもしクロ嬢がドラゴンの姿をしていたら? オーガのような姿をしていたら? お前は同じように否定したか?」
「それは……」
ドラゴンはともかく、自分の姿がオーガだったらなんて考えたくもない。
想像してちょっと身震いしたぞ。
「しないだろ。お前じゃなくたってしない。ドラゴンもオーガも、お前からすれば化け物だ。自分では叶わない、大きな力を持ってる。でもな。クロ嬢はドラゴンやオーガ以上の力を持ってる。ただ人の姿をしているだけの化け物。それが魔剣少女だ」
イグニドさんの言葉はどこまでも事実だ。少なくとも魔剣であるオレには否定できない。
ドラゴンやオーガだってただの人には化け物扱いされてるけど、その力は魔剣少女には遠く及ばない。
魔剣に勝てるのは魔剣だけ。それがこの世界の絶対の理だ。
イグニドさんはそのことをよくわかってるみたいだ。
この話し方は、魔剣の恐ろしさを知ってる人の話し方だ。見た目結構若く見えるけど、もしかして結構歳いって——。
「クロ嬢? なんか変なこと考えてないか?」
「ひぇっ!? そ、そんなことありませんよ!」
な、なぜバレた!?
まさか心が読めるなんて、そ、そんなわけないよなぁ。
「なぜバレたって思ってるな」
「っ!?」
「クロ嬢はもう少し感情を読まれない練習をするべきだな。まぁ今それはどうでもいい。とにかく、私がレイ坊に言いたいのは、魔剣の契約者になったってことの意味をよく考えろ。それだけだ。さぁロミナ。試験は終わった。さっさとクロ嬢の冒険者登録を済ませろ」
「あ、はい。わかりました。クロエさん、こちらへ」
それからロミナさんに連れられてオレは冒険者登録をした。
って言っても、オレの冒険者登録はあくまで仮のもんだ。オレ自身が依頼を受けることはまずない。レイヴェルの受ける依頼をオレも受けることになる形だ。
だからまぁ、あっても無くても困らないんだけど。持ってると便利なことも多いし、損はないかな。
ちなみに冒険者ランクはレイヴェルと同じD級だ。
詳しい話はまた今度ってことで、とりあえず今日は帰ることになったんだけど……。
どうにもレイヴェルの様子が少しおかしい。
「どうかしたのレイヴェル」
「ん、あぁいや。ちょっと考えごとをな」
考え事ねぇ。うーん、イグニドさんの言葉が相当効いたっぽいなこれは。
まぁオレの力を見たってのも大きいんだろうけど。
「イグニドさんが言ったこと考えてる?」
「っ! なんでわかったんだよ」
「ふっふっふ。相棒をなめてもらっちゃ困るなー」
レイヴェルはオレのことわかりやすいって言ってたけど、それを言うならレイヴェルだって一緒だ。
「まぁわかるよ。誰だってあんな力見たら怖くなるし」
「俺は別に怖いわけじゃ……」
「誤魔化さなくてもいいって。むしろレイヴェルが怖がってくれてよかったって思ってるし」
「え、なんでだ?」
「正しく使うためには、正しく恐れること。私の力をみてもレイヴェルが恐れなかったとしたら、きっとレイヴェルは私のことをちゃんと使えない。恐れてくれるレイヴェルだからこそ、私を……魔剣をちゃんと使ってくれるって」
「クロエ……」
「ねぇレイヴェル。イグニドさん言ってたでしょ、魔剣の……私のこと化け物だって」
「いや、あれは」
「いいんだよ別に。本当のことだし。色んな人の目からみて、魔剣がそういう風に見えるのはしょうがないしね。だからレイヴェルにお願いがあるんだ」
「お願い?」
「私を……化け物にしないで」
オレがレイヴェルに願うことがあるとするならばそれだけだ。
オレの力をどう使ったとしても、それはレイヴェルの自由。
だからこそ、レイヴェルにオレを間違って使って欲しくない。
「……なんてね、レイヴェルなら大丈夫だってわかってるけど」
「なんだよそれ」
「ふふ、それじゃあ早く帰ろ! フィーリアちゃん達が待ってるよ!」
「お、おい! 急に背中押すなって!」
そしてオレ達は、フィーリアちゃんとマリアさんも待つ鈴蘭荘へと帰るのだった。
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