第54話 早朝の訓練
〈レイヴェル視点〉
早朝。まだ日も昇り切っていない頃。
俺は一人で木剣を振り続けていた。
「ふっ、ふっ、はぁっ!」
振るうのはイグニドさんから教えてもらった剣技。才能のない俺でも使える剣技だ。
それに自分なりのアレンジを加えて振り続ける。教えてもらった型を一つずつ。
体に馴染ませるように。
無意識にでも繰り出せるように。
俺には才能が無い。俺はそのことを忘れちゃいけない。クロエに選ばれたその時から、そのことをことさら強く俺の心に刻み込んだ。
クロエの強さに甘えちゃダメだ。
クロエに力に溺れちゃダメだ。
もしクロエの力にだけ頼り出したら、その時こそきっと俺は終わる。
レイヴェル・アークナーはレイヴェル・アークナーとしていられなくなる。
できればクロエの力に頼らずにやっていきたいけど、それはきっと難しい。
これからも立ち塞がるであろう無理難題を乗り越えるために、クロエの力に頼る必要がある。
だからこそだ。だからこそこうして早朝に起きて剣を振るしかない。
少しでも強くなるために。前に進むために。
「——はぁっ!!」
ふぅ。さすがにずっとやってると疲れるな。
一通り剣技の型を練習し終えた俺は少しだけ休憩する。
「ただ無意味に振るな。体に刻み込むように振れ。イグニドさんに言われたことだけど……」
ただ漫然と振っても覚えることなんてできない。
だから一つ一つの動作を頭の先から足の爪先まで意識して剣を振るんだ。
これがなかなかに神経を使う。精神的にも、身体的にも。
でもずっと繰り返してきたおかげでいくらかは体に馴染んできた。
慢心はできないし、まだまだ足りない部分も多いけど。
それでも着実に前に進んでる。
「なんてな。型の練習が終わったら次は……仮想敵との模擬戦だな」
今回はそうだな……イグニドさんにしよう。
いつもボコボコにされてるけど。ボコボコにしかされてないけど。
俺が知ってる中でも最強クラスに強い人だ。
「ふぅ……」
目を閉じてイグニドさんの姿を想像する。
あの苛烈な紅を。全てを燃やし尽くす紅を。
そうして次に目を開けた時には、俺の目にはイグニドさんの姿が映っていた。
いつものように不敵な笑みを浮かべて、俺のことを挑発する。
余裕たっぷりのイグニドさんを前に、俺は動けないでいた。
隙が無い。剣を構えてるわけでもないのに、隙が見えない。
どこから斬りかかっても防がれるビジョンしか見えないんだ。
「でも、動かないと始まらない。よし、行くぞっ!」
覚悟を決めて、一気に踏み込む——その瞬間だった。
「あんた、朝っぱらから何してるの?」
「うぉあぁっ!?」
急に聞こえてきた声に驚いて足がもつれ、そのまま地面に派手に転んでしまった。
かろうじて受け身は取れたけど……かなり痛い。
体を起こして声のした方に目を向けると、そこにはラミィさんの姿があった。
「がふぁっ!」
「こけるとかダサ」
「えっと……ラミィさん? どうしてここに?」
「どうしても何も。ここ自分家の前なんだけど。いたらおかしい?」
「あ、いや、そうですね。すみません」
うん、すごく当たり前のことだ。
驚き過ぎて変なこと言った。
でもなぁ、ラミィさんのこと普通に苦手なんだよなぁ。
クロエには大丈夫的なことを言ったけど、その実全然大丈夫じゃない。
今もそうだ。明らかに殺気のこもった目で俺のことを見てる。
隙あらば殺されるんじゃないかってくらいだ。
さすがにそんなことはないと思うけど……ないよな?
「何? こっちのことジロジロ見て」
「あ、すみません……」
「はぁ、謝ってばっかり。なんであんたみたいな男をクロエは選んだんだか」
「うぐっ……えっと、それでラミィさんは何を?」
「何って、外の空気吸いに来ただけよ。朝の里の空気が好きだから。そしたらあんたが居ただけ。そのせいで気分最悪」
見事なまでの嫌悪。
俺を近寄らせる気がまるで見えない。いや、実際近づかせる気はないんだろうな。
本当に俺のことが嫌いだってのもあるんだろうけど……。
「あんたはこんな所で何してたわけ?」
「俺は剣の練習を。クロエがいたら木剣使えないし」
「木剣が使えない? なんで?」
「自分以外の剣を使われるのが嫌だって、クロエはそう言ってました」
「ちっ、私の前でクロエとの惚気話なんて……ムカつく」
「えぇ?! いや、別に惚気たわけじゃ」
「うっさい。あんたにクロエって言われるだけでムカつくのよ」
「そんな無茶苦茶な……」
「で、どうして剣の練習なんかするわけ? クロエがいたらそんなの必要ないでしょ。クロエは魔剣。魔剣の力があればほとんどのことには対処できる。あんたの力が無くても、クロエの力だけで。あんたがどれだけ努力したって、クロエの力に追いつけるわけじゃないんだから。それは結局、無駄な努力でしょ」
「…………」
確かにラミィさんの言う通りだ。この先俺がどれだけ努力して、どれだけの力を身に着けたとしても。結局クロエの持つ力には及ばない。
だから努力しても無駄だとラミィさんは言ってるんだ。
でもそんなの百も承知だ。わかったうえで、それでも俺は剣を振る。
「だとしても、それは俺が努力を止める理由にはならない。クロエが強いから、クロエだけで十分だからって、その力にだけ頼ってたら俺はいつか絶対に後悔する。その後悔で傷つくのが俺だけならいい。でもそうじゃないかもしれない。クロエのことを傷つけるかもしれない。そんなのは……絶対に許せねぇ」
木剣を持つ手にグッと力がこもる。
そうだ。結局は自分が納得できるかどうか。俺の我儘だ。
「……クロエの力だけじゃ満足しないなんて、贅沢なやつ」
「それは自覚してますよ。俺は本当に贅沢だ」
「その自覚があるならクロエを私に渡しなさいって話よ」
「それは」
「できない、でしょ。何度も言われなくたってわかってる。だから私は私の魅力でクロエを振り向かせてみせる。その時を怯えながら待つことね」
そう言うとラミィさんはスッと立ち上がって俺に背を向ける。
「でもまぁ、無駄な努力って言ったことは撤回するわ」
「ラミィさん……」
「ふん、それとずっと言おうと思ってたけど私に敬語使わなくていいわ。さんづけもいらない。あんたに敬われても気持ち悪いだけだから」
「……あぁ。ありがとう」
「朝食ができる前に戻って来ることね。もし来なかったらシエラにあんたの分の朝食を食べさせるから」
「わかった。もう少しだけ練習したら戻る」
それ以上ラミィさん……ラミィは何も言わずに家の中に戻る。
相変わらずキツイけど、少しだけ近づくことはできた……のか?
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