第53話 裏切り者の正体
深夜。誰もが寝静まった頃。里の外れにその男の姿はあった。
ローブを目深に被ったその男は、周囲の目を気にするように木々にその姿を隠しながらこそこそと移動していた。
「……おい、いるんだろう。早く出てこい」
誰もいない茂みに向かって声を掛ける男。しかし何の反応も無く、本当に誰もいないのかと男が疑い始めたその時だった。
「あぁ、わりぃな。お前が来るのはあんまりにも遅いから寝ちまってたよ」
「ビクビクしてて面白ーい♪」
その声は男の頭上から聞こえてきた。弾かれるように上を見上げる男。
そこに居たのは眠たそうに欠伸をする褐色肌の少年と、ニヤニヤと不愉快な笑みを浮かべる幼い少女。
「お前達がディエドとダーヴか」
「あぁそうだけど。情けねぇお前らのためにわざわざ来てやった魔剣使い様だ。ほら、土下座して崇めろよ」
「なんだと!」
「いひひ、ちょっとダメだよぉディエド。こーいうおじさんは短気なんだから。怒らせるようなこと言っちゃ。まぁ本当のことだけどさ。ひひっ♪」
「貴様ら……」
「そんで? お前がこっちの協力者ってことでいいんだな。名前は?」
「なぜ貴様らにこの俺の名前を」
「おいおい。俺達は仲間だろ? だったら名前くらい教えてくれたっていいじゃねぇか。お前は俺達の名前知ってんだしよぉ」
「名前も知らない人に協力はできないよねぇ。帰ろっかディエド。この人たちだけでなんとかできるみたいだし」
「くっ……」
男がディエド達の協力なくして目的を果たせないということを知っているからこそ言えることだ。
この場において上位者はディエドとダーヴなのだ。
男は屈辱を感じながらもフードを脱ぎ去り、その素顔を晒す。
「我が名はドヴェイル・ローン。誇り高き竜人族だ」
「はいはーい。ドヴェちゃんね。よろしくぅ」
「ドヴェインだ!」
ドヴェイン・ローン。クロエ達がやって来た時にリューエルに食って掛かっていた男。
この男こそが、リューエルとラミィの探していた竜人族の裏切り者だった。
リューエルとラミィの二人から疑われていることはドヴェイン自身気付いていた。バレても構わないと思いながら動いていたのだから当たり前だ。
それよりも早く目的を果たせばよいと、ドヴェインは考えていたのだ。
「んで。竜の卵が欲しいんだったか?」
「あぁそうだ。竜命木から生まれ落ちる卵。それを手にする。してみせる!」
「はぁ、ったく。そんなくだらねぇことに俺達を派遣しやがって」
「ねぇ強い人いるの~? いないならやる気でないんだけど」
「くだらないことを抜かすな! お前達は黙って俺に力を——っ!」
「誰に命令してんだ」
気付けばドヴェインの喉元に剣が突きつけられていた。
竜人族としての優れた身体能力を持っていても、目で追うことすらできなかった。
ディエドが少しでも剣を動かせばドヴェインの喉が掻き切られるだろう。
ドヴェインの全身にドッと汗が溢れ出る。
『いひひっ、ドヴェちゃんビビってるー。漏らしちゃった? ねぇもしかして漏らしちゃった?』
「ふ、ふざけるなっ。貴様ら何を考えて……」
「俺らの考えてることなんて最初から一つだけだ。強者との闘争。俺らの飢えを満たせるような強ぇ奴とやり合うことだ。それ以外の目的なんてあるわけねぇだろ。お前の目的も何も関係ねぇんだよ。ここに強い奴がいるかどうか。俺らにとって大事なのはそんだけだ。もし強ぇ奴がいるってなら、そのついでにてめぇの目的にも手を貸してやる」
「くっ……うっ……」
『それでそれでぇ? 実際どうなの? 強い人いるの? いたら何人くらいいるのかなぁ。剣士? 魔法使い?』
「A級の冒険者が一チーム来ている。そ、それだけではないぞ。里には今の族長とその娘がいる。奴らは二人とも竜に選ばれし者。貴様らの欲求も満たせるはずだ」
「A級冒険者に竜使いか……冒険者には微塵も興味ねぇが……竜使いか。いいなぁそれ」
『うんうん。竜はなかなか斬れないしねぇ。竜なら強いだろうし。ちょっとは期待できるかも』
「おい。それはどんな奴だ?」
「水色の髪をした長髪の女、ラミィという名だ。見ればすぐにわかるはずだ」
「嘘じゃねぇだろうな」
「誇り高き竜人族が嘘など吐くはずがなかろう!」
「誇り高き、ねぇ。部外者に頼ってる時点で誇りもくそもねぇと思うがな」
スッと剣を引くディエド。
傷をつけられたわけではないというのに、ディエドは思わず自分の喉に手をやりせき込む。
その内心は屈辱でいっぱいだった。
竜人族こそ至高であると考えているドヴェインにとって、多種族の、それも年下の少年にバカにされるなど耐えがたいことだった。
それでもギリギリの所で耐えていたのは、全ては竜の卵を手に入れるため。
(今に見ていろ。この俺を馬鹿にした奴らは全員殺す。この男も、リューエルもラミィもだ。竜の力さえ手に入れれば、俺は最強になれるんだ!)
「お前達に必要な情報は全て渡しているはずだ。しかし、本当に竜命木を守る結界を突破できるのか?」
「当たり前だろ。俺達を誰だと思ってる」
「そうそう。結界なんて問題なーし」
「ふん、ならその言葉を信じよう。だが早くしてくれ。これ以上冒険者に集まられたら面倒だ。最近は疑われているせいで動きづらいしな」
「あぁわかってるよ。俺達だってせっかく目の前にある楽しみを先延ばしにする理由がねぇからなぁ。明日だ」
「なんだと?」
「明日お前らの里に襲撃を仕掛ける。お前らの里が阿鼻叫喚の地獄になる様を、せいぜい楽しむんだなぁ」
「いひひっ、それじゃあまたねー」
そしてディエドとダーヴは現れた時と同じように忽然と姿を消した。
「明日……明日か。見ていろリューエル、ラミィ。この俺をこけにしたことを後悔させて
くれる」
その場に一人残されたドヴェインは、仄暗い笑みを浮かべるのだった。
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