第186話 繋がる手

〈レイヴェル視点〉


 殺セ……。


「やめろ」


 殺セ。


「やめろ!」


 殺セッッ!!


「やめろっっ!!」


 響く声を振り払うために手を振る。だがそんなことをしても意味がないことはわかってた。声が俺から離れることはなく、耳元で囁き続けられる。

 耳を手で塞いでも聞こえてくる声。徐々に精神が蝕まれていくような、そんな感覚に襲われる。

 その声は様々に変化し、気付けば俺は黒い影に囲まれていた。


 ヨコセ……ヨコセ……。


「何を渡せって言うんだよ。もう止めてくれ……」


 気が狂いそうになるなか、俺の心に浮かんできたのは怒りと憎悪だった。

 どうして俺がこんな目に合わないといけないんだ。おかしいだろ。なんでこんな……なんで俺が!!

 そして気付けば、俺の右手には赤い剣が握られていた。

 ドクンと鼓動が脈打つ。この剣を握ってると、何かが失われるような感覚に襲われると同時に、力が湧いてきた。

 そうだ。力だ。剣は力……俺は今、力を手にしてる。この力で排除すればいい。俺の心を乱す奴らを。全て!!

 目の前に立っていた影を斬り伏せる。隣も、その隣にいた奴も。斬れば斬るほどに心が楽になった。


 ソウダ……ソレデイイ……モットダ、モット力ヲ振ルエ……我ラヲ受ケ入レヨ……。


 俺は気付いていなかった。影を斬れば斬るほどに、その影が溶けるようにして俺の中へ入りこんで来ていたことに。影を斬れば斬るほど、溢れんばかりの力が湧いてくることに。

 そしてとうとう最後の一体になった。こいつを……こいつを斬ればようやく煩わしい声から解放される。

 剣を握る手に力がこもる。

 あぁそうだ。こいつを斬ればようやく……。

 黒い影はまるでそれを歓迎するかのように両手を広げていた。そしてオレは躊躇することなく剣を振り上げて——。


「レイヴェル!」

「っ!!」


 剣を振り下ろそうとした手が止まる。

 今の……今の声は……。


「あ……」


 知っている声。この声を俺は知ってる。

 俺の大切な……。


「私の手を掴んでっ!」


 その声に呼応するように右手が熱くなる。そこには確かにあった。

 俺と彼女の契約の……絆の証が。


 ッ、何ヲシテイル! 早ク剣ヲ振リ下ロセ!!


 目の前の影が喚くが、さっきまで煩わしかったはずのそこ声すら気にならない。

 気付けば俺の手から剣が滑り落ちていた。

 そうだ。違う。俺の剣はこれじゃない。俺の剣は、俺が誰よりも頼りにしてるのは……。

 

「レイヴェルッッ!!」


 必死の俺の名を呼ぶ声。

 その声のする方へ俺は手を伸ばす。

 思い出した彼女の名を叫びながら。


「クロエッッ!!」


 俺の手とクロエの手が触れた瞬間、黒に染まっていた世界が壊れた。






□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



 それはクロエがレイヴェルの手を掴んだ瞬間の出来事だった。

 光が二人の体を包み込み、そのあまりの眩しさにクルトは思わず目を閉じ、ネヴァンは興味深そうに二人のことを見ていた。


「っ、い、一体何が……」

『どうやら、少し面白いことが起きたみたいよ』

「面白いこと? いや、そんなことどうだっていい。早く毒兵を再生させろ!」

『はいはい。さぁ、いきなさい』


 ネヴァンの生み出した多数の毒兵がレイヴェルの元へと向かう。

 しかし——。


『示せ——破壊の力!!』


 レイヴェルとクロエを包んでいた光が弾けるのと同時、破壊の力を纏った衝撃波が毒兵達を一撃で消滅させる。


『ふふ、まさかそう来るとはね。いいじゃない。面白いわよあなた達』

 

 レイヴェルの手には剣が握られていた。しかしそれは先ほどまでの血命剣ではない。『魔剣化』したクロエだ。

 レイヴェルの目には先ほどまではなかった理性の光が戻ってきていた。


『うん、パスは問題なく繋がってる。これなら私の力を問題なく使えるよ』

「そうか。悪かった、クロエ。それと……ありがとう」

『お礼なんていらないよ。私はレイヴェルの契約者だもん。当たり前のことだよ。レイヴェルこそ体は大丈夫なの?』

「あぁ、問題無い。むしろさっきよりも調子が良いくらいだ」

『そっか。なら……ここからだね』

「そうだな。今度こそ。俺達の手でこの勝負にけりをつける」


 剣を握り、クルトのことを真っすぐに見据えるレイヴェル。

 しかしそんなレイヴェルのことを見てクルトは嘲笑の声を上げた。


「あははははっ、まさかさっきまでの力を捨てたのかい? せっかく僕達に対抗できるかもしれない力だったのに。忘れたの君達。さっき僕達の毒にいいようにやられてたのをさ。それをなんとかできたのは、君の中に流れる【魔狩り】とかっていう血のおかげなんだろ? まさかそれ無しで勝つつもりなのかい?」

『うん、そうだよ。確かにさっき私はあなた達の毒に気付けなかった。だからあんなことになって、レイヴェルの中の【魔狩り】の血を目覚めさせてしまった。同じような状況になったらまた血が目覚めるかもしれない。でも、もうそんなことさせない。あなた達の毒はもう二度とレイヴェルに触れさせない』

『大した自信じゃない。まぁあれは不意打ちみたいなものだもの。二度は通じないでしょうね。でも、あれが私の毒の全てじゃないわ。もっと強力な毒をあなた達に仕込んであげる』


 ネヴァンにも毒の魔剣としての矜持のようなものはある。それは、絶対に相手を自分の毒で殺すこと。それだけは違えたことは無かった。だからこそ絶対にレイヴェルやクロエのことも毒で殺すと決めているのだ。


「はぁあああああああっっ!!」

「らぁあああああああっっ!!」


 レイヴェルとクルトがぶつかり合う。

 レイヴェルが満身創痍であることは言うに及ばす、クルトもまた長時間の『鎧化』の使用によってネヴァンの毒が体の中に回り始めていた。

 しかし、『鎧化』の力を行使してるクルトは違いレイヴェルは【魔狩り】の力を使った際に大量の魔力を消費しており、再び『鎧化』するだけの余裕は残っていなかった。

 決定的な一撃を繰り出せないレイヴェル達に対し、クルト達は確実に着実にレイヴェル達のことを追いこんで行く。

 

「ほらほらどうしたのさ! 僕達に勝つんじゃなかったのかい?」

「くぅっ!」

『レイヴェル、無理に攻めちゃダメ!』


 クルトの挑発に乗って深く踏み込もうとしたレイヴェルを制止するクロエ。しかしそのクロエもネヴァンの毒に対抗するので手一杯で攻撃に力を割く余力がなくなりつつあった。


『ふふっ、そういうあなたも私の毒を無効化するので手一杯みたいだけど。さぁ、この状況からどんな方法で私達を倒してみせるのかしら?』


 あと一つ、決め手が足りなかった。レイヴェル達が勝つためには、後一つ決め手となるものが。

 しかし、レイヴェルは戦い続けるなかで一つの予兆を感じ取っていた。それはレイヴェル達の魔力の高まりに呼応してさらに反応を強くしていく。

 ずっとレイヴェルの中で眠っていた存在が、目覚めようとしていたのだ。

 そしてレイヴェルは直感的に目覚めさせるための最後の一押しに何が必要かもわかっていた。

 

「クロエ!!」

『っ、わかった! 破壊の光よ!』


 レイヴェルの要求を察したクロエは力を使ってクルトとネヴァンを無理やり引きはがす。

 

『今だよレイヴェル!』

「あぁ」


 レイヴェルは左眼に自身の魔力とクロエの力を集中させた。

 それと同時にドクンと左眼が疼くような感覚に襲われる。その鼓動の感覚は徐々に短くなり、レイヴェルが限界まで魔力を注ぎ込んだ時、一際大きく鼓動を打った。


「来た」


 そして“それ”は目覚めた。


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