第187話 竜の目覚め

「キュォオオオオオオオオオオッッ!!」


 甲高い鳴き声が響く。その声はレイヴェルの頭上に出現した虹色に輝く球体から聞こえていた。


「これが……」

『あったかいね』


 その光は暖かく、包み込むようにレイヴェルとクロエに降り注ぐ。

 そしてレイヴェルや驚くクルト達の前で再び変化は現れた。

 輝く球体がその形状を変化させ始めたのだ。卵が孵化するように、球体に罅が入りそこから漏れ出た光がクルト達の目を眩ませる。


「くぅっ!? なんだこれは」

『しっかりしなさいクルト。現れるわよ』


 動揺を隠せないクルトに対し、それがなんであるかを薄々理解しつつあるネヴァンはクルトに警戒を促した。

 そして光が収まった時、レイヴェル達の前に“それ”はいた。


「キュァアアッッ!!」


 どこか舌足らずな、幼さを感じさせる鳴き声。

 黒い鱗を纏い、虹色に輝く翼膜を纏った竜。その大きさは全長一メートルほど。

 セフィから託された竜が、ようやく孵化した瞬間だった。


「前にそろそろだって言われてたからな。ははっ、でもだからってこのタイミングはあまりにも出来過ぎてる気がするけど」

「キュア♪」

「うわっ、ちょ、くすぐったいって!」


 孵化した竜はその喜びを体全体で表しながらレイヴェルに体をこすりつけ、その頬を舐める。


『可愛い……じゃなくて! 何してるの!』

「キュイ? キュキュー♪」

『え、ちょっとやめ、レイヴェルくすぐったいからこの子止めて! って、そこはホントにダメだからぁっ!!』


 剣の姿であるにも関わらず、それを気にせず竜はクロエのことを舐める。


「えっと、キュウ。とりあえずいったん落ち着いて、うぉっ!」

「キュー!!」

 

 名前を呼ばれたことが嬉しかったのか、竜——キュウは嬉しそうに鳴く。

 パタパタとレイヴェルの周囲を飛び回るその姿はまるで親にくっつく子供のようでもあった。


「くくく、あはははははははっっ!! どんなものが出てくるかと思ったら。それが君達の奥の手だって言うのかい? だとしたら僕達もずいぶんと舐められたものだね」


 最初は何が出てくるのかと戦々恐々としていたクルトだったが、出てきたキュウを見て思わず怒りがこみ上げる。だが、ネヴァンはクルトとは反対の意見を持っていた。


『クルト、あれをあまり侮らない方がいいわよ。あれは竜……竜人族に伝わる伝説の存在。それがどうして人族である彼に宿ってるのか気になるけど。ふふっ、面白いわね、彼。私も興味が出てきたわ。【魔狩り】の血筋じゃなかったら契約を申しこんでたくらい』

「ネヴァン、何言ってるんだ!」

『別に怒るようなことじゃないでしょう。もしかして私を取られるかもって嫉妬したの?』

「そんなわけないだろ!」

『はいはい。わかってるわよ』


 ネヴァンを取られることに嫉妬したのではない。ネヴァンを失うことを恐れたのだ。魔剣という圧倒的で絶対的な力を。ネヴァンがクルトと契約したのはあくまで面白そうだったから。それはもしクルト以上に興味深い存在が現れれば捨てられる可能性があることを示していた。


『さすがに私だって【魔狩り】の子と契約する気はないわよ。そんな物好き彼女だけ』

『物好きで悪かったわね』

『ふふ、けなしてるわけじゃないんだけど。それで、あなた達の奥の手であるその竜はいったい何を見せてくれるのかしら』

『それは……えっと、レイヴェル、その子何ができるの?』

「すぐにわかる。いけるな、キュウ」

「キューッ!」


 レイヴェルの言葉に自信を持って返事をするキュウ。


「ふん、竜だかなんだか知らないけど。そんなので僕が止められるとは思わないでよね。生まれたてのその竜も一緒に殺してあげるよ。生まれてきたことを後悔しながら死ねっ!」

『その子のことは興味深いけど、私の毒の前にひれ伏してもらおうかしら』

 

 剣から毒の瘴気を撒き散らしながらクルトは剣を構える。先ほどまで以上に禍々しい毒がその剣からは漏れ出ていた。


『レイヴェル! 早く距離を取らないと毒が』

「いや、大丈夫だ。行くぞキュウ!」

「キュイッ!! キュォオオオオオオオオオオッッ!!」


 レイヴェルの前に出たキュウの体が光輝く。そして、レイヴェルの足元に円陣が描かれた。


「この円の中は俺達の『領地』だ。土足で踏み入るなら、それなりの覚悟はしてもらうぞ」

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