第188話 領地と支配

「ふん、領地だかなんだか知らないけど。魔剣の力の前では無力だってことを思い知らせてやる!」


 思った通りに進まない、レイヴェルのことを殺しきれないことにクルトはいよいよ業を煮やしていた。

 殺そうとしても殺せないというのはクルトにとって非常にストレスだった。


「いい加減苦しいんだ……わかるかい? 『鎧化』してる間に受けるこの苦痛がどれほどのものか。いや、『鎧化』してる間だけじゃない。ネヴァンの毒はしばらく僕を蝕み続けるんだ。何日も何日も……」


 クルトがネヴァンの『鎧化』を使うのはこれが初めてじゃない。そしてその度にネヴァンの毒に苦しめられてきたのだ。そしてその副作用はネヴァンがわざとやっていることだった。クルトが毒に苦しむ様を見て愉しんでいるのだ。


「こんなに長時間『鎧化』を使わされたんだ。毒の副作用がどれだけ続くか……考えただけでも憂鬱になる。その苦しみに耐えるためにも、お前達の悲鳴を聞かせろ。それが僕にとって最高の薬になるんだからな」

『な、なに理屈。滅茶苦茶じゃない』

「狂人の理屈なんか理解する必要ないだろ。俺達の力を合わせてここを切り抜ける。それだけだ」

『レイヴェル、なんか滅茶苦茶やる気だね。というか自信に溢れてるっていうか』

「キュウのおかげかな。こいつが生まれて妙に力が溢れてくるっていうか」

『ふーん……』

「な、なんでちょっと不機嫌そうなんだよ」

『別に不機嫌じゃないし。気にしてないし。私の力だけじゃ頼りないんだ、なんて思ってないし』

「めちゃくちゃ不機嫌じゃねぇか!」

「キュキュ♪」

『むぅ……キュウだっけ?』

「キュ?」

『言っとくけど、私の方がレイヴェルの力になれるんだからね!』

「なんでそこで張り合ってんだよ」

『いや、これは大事なことだから』

「キュゥ?」


 一方的に対抗心を燃やすクロエに対して、キュウはよくわかってないのか首を傾げるだけだった。


「生まれたばっかの竜に対抗心燃やすなよ」

『ふんっ』

「あぁもう。とにかく行くぞ!」

『話は後でね。今はそっこうで終わらせて、文句言わせてもらうから』

「それはそれで怖いけどな」


 そして、レイヴェルとクルトは再びぶつかりあった。しかし、キュウがレイヴェルの足元に展開した領域にクルトが足を踏み入れた瞬間変化は訪れた。


「っ!」

『まさか、私の力を弾いたの?』

「言っただろ。この円の中は俺達の『領地』だって。この中でお前達の力が自由に使えると思うなよ」

「キュウ!」


 レイヴェルの後ろを飛ぶキュウがどうだと言わんばかりにふんぞり返る。

 円の中に踏み入った瞬間、クルトが手にした剣に纏っていた毒の瘴気が霧散霧消したのだ。『領地』を作ることと、そしてその領地内の『支配』。それこそがキュウの力だった。


「厄介な……」

『面白いじゃない。たかだか竜の力ごときで私の毒を弾くなんて』

「キューッ!」

「あんまり舐めるなってよ。悪いが俺達も先を急いでるんだ。遠慮なく行かせてもらうぞ!」

「くっ」

『怯むんじゃないわよクルト。心で負けたら勝てるものも勝てなくなるわ』

「そんなことわかってる!! お前は黙って力を貸してればいいんだ! 『領地』だかなんだか知らないけど、そんなもの僕には関係ない。一気に仕留めてやればいいんだろ!」

『…………』


 喚き散らすクルトはネヴァンの力を無理やり引き出す。クルトはレイヴェルとクロエをどう惨たらしく殺すかということしか考えていない。だからこそ気付けなかった、ネヴァンの様子が若干変化したことに。


「お前の体に直接毒をぶち込んでやるだけだ!」

「そう簡単にいくかよ!」


 ネヴァンの剣から放たれる瘴気はキュウの領地の力で無効化されている。そのため、レイヴェルが毒を吸うことは無い。レイヴェルに毒を仕込むためには直接剣で斬りつけるしかなかった。

 だが、クルトの剣は我流で誰かに教え込まれたようなものではない。単純な技術で言えばライアに教え込まれたレイヴェルの剣の方がまだ上だった。

 もしクルトがもっと冷静であれたならば話は別だっただろう。しかし今のクルトは完全に頭に血が昇っている。

 その状態では十全に力を発揮できているとは言い難かった。

 今はこの場はキュウの力を手に入れたレイヴェルが完全に支配していた。


「くそ、くそっ!! なんでお前ごときを殺せないんだ!」

「そうやって殺すことしか考えてないからお前は俺に、俺達に勝てないんだ。確かにお前は強いのかもしれない。でも、私欲のためだけに振るう力はその本領を発揮しない。お前はこれまで一度だって誰かのために戦ったことがあるのかよ!」

「はっ、なんで僕が誰かのために戦わなきゃいけないんだ。僕は僕のためだけに戦う。この力を使う! 誰かのためなんて言うのはただの綺麗事だ。魔剣ってのは願いを叶えるための力だ。それを僕のためだけに使って何が悪い!」


 レイヴェルとクルトの主張が相容れることは無い。他者を守るためにクロエと契約したレイヴェルと他者を見返すためにネヴァンと契約したクルト。力を求めたのは二人とも同じだったが、そこに至る経緯には大きな隔たりがある。そんな二人が分かり合えるはずも無かった。


「奪われ続けるのはもうたくさんだ! 僕はこの力で奪う側に回る、そう決めたんだ! だからお前は! ここで! 僕の力で殺さなきゃいけないんだぁあああああああっっ!」

「っ!」

『レイヴェル!』

「大丈夫だ。俺達はこんな奴に負けたりしない。そうだろ」

『……うん!』

「いくぞクロエ!」


 レイヴェルは距離を取り、クロエに魔力を送りこむ。


『っ、すごい魔力。どこにこんなに魔力残ってたの?』

「さっきも言ったけど、キュウが目覚めてからやたらと調子が良いんだ。もしかしたらその影響かもしれない」


 レイヴェル自身は気付いていなかったが、キュウがレイヴェルの中で眠っている間、実は膨大な魔力を消費していた。多くの魔力がキュウに割かれていたのだ。

 しかしこうして生まれた今、魔力に多少の余裕が生まれたのだ。人間離れした魔力量と生成量を誇るレイヴェルだからこそ、その違和感に気付けなかったのだ。

 

『そっか。でもこれだけの魔力があれば』

「キュー!」

『っ、あなたも手伝ってくれるの?』

「キュ、キュー」


 これまで以上の力の高まりを感じるクロエ。それはキュウの力によるものだった。


『あ、ありがとう』

「キュ~」

「どういたしまして、だとよ」

『可愛い……じゃなくて、これくらいでほだされたりしないから! 準備できたよレイヴェル!』

「あぁ!」

 

 剣を構え、技を放つ体勢に入るレイヴェル。それを見てクルトも同じように技を放つ体勢になった。


「僕は負けないんだ。僕は最強なんだぁああああっっ!!」

「行くぞ、破剣技っ!!」

「喰らえ、毒剣技ぃっ!!」

『破塵鉄閃!』

『王毒腐刃!』


 二人が交差する。

 一瞬の静寂。しかしそのすぐあとに変化は訪れた。


「は、はははははっ! 見たか、やっぱり僕は最強——ごふっ!」


 血反吐を吐いてクルトが膝をつく。気付けば『鎧化』の状態は完全に解除されていた。

 己の口に手を当て、その手についた血を見て理解できないという顔をするクルト。


「なんだよこれ。なんだよこれは! がはぁっ! 痛い、痛い痛い痛い痛いぃいいいいいいっっ!!」


 クルトの肩から斜めに刻まれた傷。明らかに致命傷と言える傷の深さだった。遅れてやってきた灼け付くような痛みにクルトは地面をのたうち回る。


「俺の勝ちだ」

「ふざ……けるな、ぼ、僕は……認めない……ぞ……僕が最強……なんだ。一番、強いんだぁ……」


 そんな状態であっても、クルトは敗北を認めなかった。まだ勝てると本気でそう信じていた。


「ネヴァン、何をボーっとしてるんだ! 早く僕を助けろぉっ!!」

『……はぁ、ここまでね』

「……え?」


 スルッとクルトの手から抜けるネヴァン。そして、人の姿へと変身した彼女は地に倒れ伏すクルトに向けて無情に告げた。


「あなたとの契約はここで終わりよ、クルト」

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