第48話 マジで何度か死にかけた

〈レイヴェル視点〉


 イージアを出てから数時間。俺達はいよいよ竜人族の里の近くまでやって来ていた。

 最初はドラゴンの背中から振り落とされるかと思ったし、たぶん事実そうしようとしてたんだろうけど。

 クロエに注意されてからはそれなりに穏やかに飛んでくれたけど……何度かクロエにバレないようにラミィさんが俺のことを落とそうとしたのはたぶん気のせいじゃない。

 軽く舌打ちしてたしな。正直かなり危なかった。さすがに本気ではなかったと思いたいけど……うん、深くは考えないようにしよう。


「見えてきたわよ」


 ラミィさんにそう言われて前方を見た俺は、そこに広がる光景を見て思わず息を呑んだ。

 広大な森が広がる中で、一際大きな木。何百メートルあるのか目算じゃわからない。

 半端じゃない存在感のある木だった。


「あれが竜命木……なのか?」

「えぇ。そうよ。あれが竜人族が崇める竜命木。私達の命そのもの……ううん、あるいは命よりも大切な木。そして、今回クロエとあんたに守ってもらいたいものよ」

「あれを守る……」


 自分よりもはるかに巨大なあの気をどう守れってんだよ。


「竜命木なんて久しぶりに見たけど、やっぱりおっきいよねー。あれ下から見上げると首痛くなるんだよね」

「ふふ、そういえば昔クロエは竜命木を見上げた時にそり過ぎて後ろに転んでたっけ」

「ちょ、ちょっと! そんな昔の話持ち出さないでよ。それにあれは足元にあった小石に躓いて転んだだけだし。ねぇレイヴェルも勘違いしないでよ! 私そんなドジじゃないからね!」

「はいはい。わかってるよ。なぁラミィさん。このドラゴン……」

「シエラよ。ちゃんと名前で呼んで」

「悪い……えっとシエラに乗って行かないと竜命木にたどり着けないって言ってたよな。あんなにでかく見えてるのに無理なのか?」

「はぁ。あんたって本当に考え無しなのね。竜命木の周辺には巨大な結界が貼られているの。その結界を突破するのにシエラの力が必要なの。普通に行こうとしてもその前で迷うか、気付けば同じ場所に戻ってるかのどっちかよ」

「そんな強力な結界なら俺達の力なんて必要ないんじゃ……」

「そういうわけでもないよレイヴェル。どんなことにも例外ってあるからね」

「例外?」

「うん。いるんだよ。たまにね。結界を通り抜けちゃうような人とか、破壊できる人とかね」

「破壊ってもしかして……」

「そ。魔剣使い。魔剣使いなら強引にでも竜命木の結界を突破できる。もちろん私とレイヴェルでも同じことが言えるよ。私の力を使えば、竜命木の結界も破壊できるから。まぁそんなことしないけどね」

「当たり前だ。そんなことしてたまるか」

「お母様が対処する必要があると言った以上、何かが起きるのはほとんど確定してるようなものなの。そんなこともわからないの?」

「わからないのって言われてもなぁ」


 そのお母様とやらを俺は全く知らないわけなんだが。まぁそれは言ってもしょうがないことなんだろうな。


「まぁまぁ、ラミィもあんまり意地悪なこと言わないでよ。レイヴェルはリューエルさんのこと知らないんだから」

「それはそうだけど……まぁいいわ。そろそろ里の前だから降りるわよ」


 ラミィさんはそう言うと、ゆっくり地上へと近づいていく。

 はぁ、やっとこの空の旅も終われるのか。ドラゴンの背中に乗ったのなんて初めてだったけど……もうしばらくは乗りたくないな。

 それくらい疲れた。

 何時間かぶりに踏みしめる大地はまるで俺のことを歓迎しているかのようで、そして俺もまた不安定じゃない環境に喜びを感じながら体の感覚を確かめる。

 ずっと力が入ったような状態だったからな。変なとこが筋肉痛とかにならなきゃいいけど。

 軽くストレッチしたり、伸びをしたりしてたらシエラから降りたクロエが俺に近づいてきた。


「大丈夫だった?」

「まぁなんとかな。何回か死にかけたし、意識飛びそうになったけど」

「あはは……まぁすごかったもんね」

「ふん、あんたの鍛え方が足りないだけでしょ」


 それを言われるとなんとも返せない……鍛えが足りてないのは事実だしな。


「ラミィとシエラが危ない飛び方するからでしょ。ラミィとシエラなら大丈夫だって思っても怖かったんだから」

「ごめんなさい」


 謝るの早っ?!

 クロエが言ったら速攻で謝るのかよ。なんていうかホントに露骨だな。

 まぁいっそわかりやすくていいけど。いや、よくはないか。

 好かれたいとまでは思わないけど、少なくとも敵意を向けられないようにはなりたいな……無理か。うん、無理だな。俺がクロエの契約者である限り、絶対無理だわ。

 仕方ないか。こればっかりは割り切るしかない。

 嫌われるのは慣れてるしな。


「体の方にはなんの異常もない?」

「異常? まぁ疲れてるくらいだけど。特に他には。なんでだ?」

「ほら、言ったでしょ。このあたりは魔素が濃いって。もう魔素が濃い範囲に入ってるんだよ。さっきはあぁ言ったけど、実際の所はわからなかったから」

「あぁそういえば……でも、ホントになんの問題もないぞ」

「そう? なら良かった。もし何かあったらすぐに言ってね。それと」

「?」


 クロエが俺の手をとって、小さくぶつぶつと何かを呟いてる。

 こっちがギリギリ聞き取れないくらいの音量で。


「何言ってるんだ?」

「えへへ、秘密。ちょっとしたおまじないかな」

「おまじない?」

「ねぇ楽しい? 私の前で手を取り合ってイチャついて楽しいかしら。二人とも置いてくわよ」

「「っ!」」


 隠そうともしない怨嗟の言葉。もちろんその主はラミィさんだ。

 恨みや嫉妬なんかの感情が入り混じった目で、俺のことを睨んでる。


「ごめんごめん。すぐ行くから。ほら行こうレイヴェル」

「もう、ホントにクロエは……私が嫉妬で狂っても知らないからね」

「ごめんって。でもラミィなら私が悲しむようなことはしないって信じてるから」

「その言い方ずるい」


 そうは言いつつもまんざらな様子じゃない。っていうかちょっと嬉しそうだな。

 わかっててやってるならクロエもだいぶ悪女だな。





 それから少し歩いたところで、ラミィさんが歩くペースを少し緩めた。


「着いたわ」

「着いた?」


 そう言われても俺の目の前に映るのは鬱蒼とした森だけだ。

 とても人の住むような場所には見えない。


「ここも竜命木と同じよ。結界が貼られてる。だからこうやって」


 パン! とラミィさんが手を叩く。

 するとその次の瞬間、鬱蒼とした森の気配が一変した。

 まるで霧が晴れるみたいに開けた場所が現れ、木で作られた塀のようなものも同時に現れた。たぶん里を囲んでるんだと思う。

 そんで入り口と思われる場所に二人の人……竜人族が立ってた。


「戻ったわ」

「「お帰りなさいませ、ラミィ様!」」


 うお、びっくりした。

 兵隊みたいな挨拶するな。いやまぁ、竜人族の兵みたいな立場なのかもしれないけど。

 そのままラミィさんの後に続いて里の中に入ろうとしたら、俺とクロエだけ止められた。


「待て。何者だ貴様ら」

「竜人族ではないな。人か? なぜ人がラミィ様と共にいる」

「答え次第では容赦せんぞ」


 いきなり喧嘩腰かよ。


「俺達は」

「お母様の客人よ。私が連れて来た。そっちの男はともかく、クロエ……女の子の方に手を出したら殺すわよ」


 そんなラミィさんの言葉は効果てきめんだったみたいで、二人の竜人族は顔面を真っ青にして謝る。


「申し訳ございませんでした!」

「最近の状況を考えれば、警戒しないわけにもいかず……」

「私と一緒にいる時点で大丈夫に決まってるでしょ。そんなこともわからないの? バカの? アホなの? 死ぬの?」

「ちょっとラミィ、言い過ぎだよ。この二人も悪気があったわけじゃないんだし」

「だとしてもよ。私と一緒にいたのに疑うなんて。それはもう私を疑ってるようなものでしょ」

「そ、そんなつもりはございません!」

「そうです! 我々はあくまで里のためを思って」

「どうだか。まぁいいわ。行きましょう。お母様が待ってる」

「それじゃあ今から行く場所って」

「えぇ。クロエとあんたには今からお母様……族長に会ってもらうわ」


 竜人族の族長、ラミィさんの母親か。

 一体どんな人なのか……はぁ、こういうのは苦手だってのに。

 緊張で痛む胃を押さえながら、俺達はラミィさん後を追った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る