第49話 リューエルさんという人

 竜人族の里の中は、まさに自然いっぱいって感じだった。

 木を切ってそこに里を作ってるわけじゃなくて、木をそのままにして、木と家を合体させてる感じだ。

 うん、自然の中に生きる種族って感じだな。魔素が濃すぎるってことを除けば空気も綺麗な場所だ。魔剣のオレは魔素が濃かろうが薄かろうが関係ないし。

 オレは自分じゃ魔力を作れないからな。いくら魔素を吸っても意味がない。でもここに居たらレイヴェルから溢れる魔力を吸ってオレの力も使いやすくなる。

 でも……うーん、レイヴェルを見る感じまだ余裕だな。全然平気そうだし。

 前からわかってたことだけど、レイヴェルの魔力量は群を抜いて多い。レイヴェル一人で何人分……いや、何十人分の魔力を持ってるかもしれない。

 だからこそオレの力を十分に使えるわけだし。

 自分で言うのもなんだけど、オレの力は相当燃費が悪い。並みの人間じゃたぶん一発で魔力が枯渇する。

 そういう点で考えてもオレとレイヴェルって結構相性良い……あくまで力の! 力の相性がって話だけど!

 ……はぁ、なんでオレ自分で自分に言い訳してんだ。別に誰に聞かれてるわけでもないのに。


「どうしたのクロエ。一人で百面相して」

「え!? そ、そんなことしてた」

「えぇ。だいぶ面白い顔してたわ。何考えてたの?」

「えぇと……そんなに大したことじゃないから気にしないで。それより、さっきからチラチラ見られてるのはなんでかわかる?」


 この里の中に入ってから大人も子供も老人も関係なく、色んな竜人族がオレとレイヴェルのことを見てる。その理由がわからない。


「ああ、それは単純にクロエ達のことが珍しいからでしょ」

「珍しい?」

「クロエ達っていうより、竜人族以外の種族が、かしら。前に私とお母様がいた里と違って、この里は本当に排他的だから。そもそも他所の種族が入って来たこと自体ほとんどないみたいなの」

「あー、そうなんだ。だからこんなに」


 子供達は好奇の目。大人たちはその逆に不審そうな、嫌悪の混じった目を向けてきている。長年多種族と接することが無かったらそう言う風になるのもわからなくはないけどね。


「レイヴェルは平気そうだね。気にならないの?」

「ん? あぁ。まぁ多少は気になるけど。そんくらいだな。そもそも好意的な視線を向けられることの方が少ないし」

「そりゃそうでしょう。あなたみたいな悪人面なら特にね」

「こういうラミィさんみたいな感じの人も結構多いからな。今さらだな」

「あはは……」


 なんて悲しい慣れなんだ。ぼっちがどうとかそういうレベルじゃないぞ。

 悲しい……。


「おい、憐みの目を向けるな。俺本気で気にしてないからな」

「ほんとにー?」

「ホントだ!」

「ふーん。ま、今のレイヴェルには私がいるしね。確かに気にすることないかも」

「無駄話してないでちゃんとついてきて。もうすぐお母様のいる場所に着くから」


 ラミィのお母さん……リューエルさんかー。

 最後に会ったのいつだっけ。覚えてないくらい昔なんだけど。

 ラミィに連れられてやって来たのは、里の一番奥。一際大きな家のある場所。そんな滅茶苦茶大きいわけじゃないけどさ。


「それじゃあお母様に言ってくるから、少しだけここで待って——」

「あなたは一体何を考えているんですか!!」


 ラミィが家の中に入ろうとした瞬間、家の中から大きな怒号が聞こえてきた。

 リューエルさんの声じゃない。明らかに男……おっさんの声だ。

 なんかめっちゃ怒ってる感じだけど……。


「またあの人……」


 その声を聞いたラミィはうんざりした様子でため息を吐いて、遠慮無しに家の扉を開く。

 中に居た竜人族の男は、机一つ挟んでその向かいにいる女性、リューエルさんに食ってかかっているみたいだった。


「誰だ! いきなり入って来るとは無礼な。今は俺がリューエル様と話をして——っ! ラ、ラミィ様でしたか。申し訳ございません」

「いえ、気にしないでください。どうぞ私達のことは気にせず話を続けてください」

「私……達? っ! 人族! 人族がなぜ里の中にいる!」


 あー、明らかに歓迎されてないやつですねこれは。しかもこの人はさっきの守衛の人達よりもなお根深いって感じだ。目に殺気までこもってる。


「まさか……もう連れてこられたのですか! なぜです! 我々はまだ承認をしたわけでは」


 その言葉はオレ達じゃなくて、リューエルさんに向けられたものだった。


「えぇ。そうです。私がラミィを通してギルドに依頼をし、冒険者を連れてきてもらいました。確かにあなた達の商人は得ていないかもしれませんが……そもそも里の運営は族長である私の一存で決めるものです。あなた達はあくまで意見係。私の決定に口出しする権利はありません」

「それは……しかし……」

「もし反対すると言うのであれば私を納得させるだけの対案を出してください。そうすれば私も素直に引き下がりましょう。しかしそれすらせずに反対だけを述べられても、私の考えは揺らぎませんよ」

「ですから俺……私が竜命木の元へ赴き、新たな竜の主となると……」

「ふっ、あなたがですか? 以前認められなかったというのに」

「それは以前の話です! 今の私ならばきっと……」

「竜命木はそう簡単に意思を変えませんよ。一度認められなかったあなたが認められる可能性は限りなくゼロに近い。私の目から見ても……無理だと思いますけどね」

「くっ……ぐっ……」

「対案はそれだけですか? なら認められませんね。客人も到着したようなので、どうぞお引き取りを」

「……リューエル様、あなたは後悔することになりますよ」

「後悔しないためにこうして行動しているんです」

「……ふん」


 去り際に、オレとレイヴェルのことを全力で睨んでから竜人族の男は家を出て行った。

 おーこわ。あーいうタイプとはあんまり関わりたくないなぁ。ま、向こうからこっちに来るようなことはないだろうし大丈夫か。

 男が家から離れて行ったのを確認したラミィは、そのまま扉に鍵をかけてリューエルさんに合図を出す。


「もう行った?」

「うん、行った」

「~~~~~~っ、はぁあああああああああ。もう疲れたぁ。あの人苦手なのよねぇ」

「えーと、お疲れ様です」


 それまでの真面目な雰囲気から一変、ダラッとした様子で椅子にもたれかかるリューエルさん。

 ……うん。この姿こそオレの知ってるリューエルさんだ。


「あら、クロエちゃんじゃない! 本当に久しぶりねー。もう何十年ぶりかしら。前に会ったのは……覚えてないわね。でも相変わらず可愛いわ~」

「お久しぶりですリューエルさん」


 リューエル・アイスファル。

 ラミィのお母さんだ。でも見た目はめっちゃ若い。かなり若い。たぶん二十代ですとか言っても普通に通用するくらい若い。というかラミィそっくりだ。

 違う所があるとしたらそれは胸部……あのただでさえでかいラミィを超える、まさに超乳。いずれラミィもそうなる可能性があるかと思うと……お、恐ろしい。

 年齢的にはもう余裕で三桁超えてると思うんだけど。実年齢は知らない。さすがに怖くて聞けない。


「あら、でもどうしてクロエちゃんがここに? 向こうでラミィと会ったの?」

「まぁそうなんですけど。私と……このレイヴェルが、ギルドから派遣されてきた冒険者なんです」

「クロエちゃんが? ってことはもしかしてそっちの子は……」

「はい! 私の契約者です!」

「あらまぁ! ようやく見つかったのね! 良かったじゃない!」

「はい!」

「ってことは……ラミィは振られちゃったわけね。ぷぷっ」

「言わないで。それに私まだ諦めたわけじゃないから」


 リューエルの言葉に不機嫌そうな顔をするラミィ。

 娘の触れられたくないことに遠慮なく触れるあたりさすがリューエルさんって感じだ。


「諦めの悪い子ねぇ。誰に似たのやら。それで、あなたの自己紹介をしてもらえるかしら?」

「あ、はい。レイヴェル・アークナー。まだ冒険者としては未熟ですが、一生懸命やらせていただきます」

「うんうん。見た目は怖いけどしっかりした子じゃない。良い子を選んだわねクロエちゃん」

「はいっ♪」


 うん、レイヴェルのことを褒められるとやっぱりちょっと嬉しいな。

 それにさすがリューエルさんだ。レイヴェルの見た目に偏見を持つこと無くちゃんと接してくれてる。


「ふんふん……なるほどね。クロエちゃんはこういうタイプが好みだったのね」

「あの……何か勘違いしてませんか?」

「大丈夫よ。ちゃーんとわかってるから」

「いや絶対わかってないですよね!」

「そうよママ! クロエとこいつはただ契約してるだけで、それ以上の関係なんて微塵もないんだから!」

「まぁまぁ、二人とも必死ねー。どう思うレイヴェル君。もっと心に余裕を持つべきだと思わない? 私みたいに」

「え、あ。はい。そ、そうです……ね」

「ほら、レイヴェル君もこう言ってるわよ。私の言葉くらいで動揺してないで、さらっと流すくらいの度量は身に着けなさいな二人とも」

「完全に言わせただけじゃないですか今の!」

「うふふふ」


 これがリューエルさんだ。

 いつもこんな風にオレ達のことをからかって遊ぼうとする。


「さて、二人で遊ぶのはこれくらいにして。ここからは切り替えて依頼に関する真面目な話をしましょうか」


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