第50話 選ばれし者
〈レイヴェル視点〉
「だいたいの話はラミィから聞いてると思うけど、大丈夫かしら?」
「はい。話は聞いてます」
「ならその前提で話を進めさせてもらうわね」
話し始めたリューエルさんは、さっきまでクロエと話していた時とは様子が打って変わって真面目な族長って感じだ。
「私達がギルドに出した依頼は竜命木の防衛。最近この里を襲っている魔人族を捕らえる……もしくは追い払うことよ」
「はい。それは聞いているんですけど。具体的にいつまでの期間を想定されているんでしょうか」
ずっと疑問に思っていたことだ。魔人族から竜命木を守る。それは別にいい。でもその肝心な魔人族がいつ攻めてくるのか。それが問題だった。
今日か明日か、一週間後なのか。それとも一か月後なのか。守る以上、俺達はこの里にいないといけない。下手したら長期依頼になる可能性があるってことだ。
「その点については心配ないわ。具体的にいつと言うことはできないけど。少なくとも、一週間以内には仕掛けてくるはずだから」
「どうしてわかるんですか?」
「竜命木の活動が活発になっているの。一週間以内には確実に竜の卵が生まれる。そしてその情報は確実に向こうも掴んでいるはずだから」
「それって、ラミィが言ってた裏切り者のことですか?」
「そうよ。竜命木の活動が活発になってるのはこの里に人なら誰もが知る所。そしてその意味も。なら確実に動く。私達はそこを叩くしかない」
「でもそれって向こうの動きも読めてるけど、こっちの動きも筒抜けってことですよね。私達が今日こうしてここに来たのはバレてるわけですし」
「そうね。これが牽制になって諦めてくれればいいけど、そんなわけがないし。引かれても裏切り者が見つからなくなるから、それはそれで困るんだけどね。焦って動いてくれるのが一番かしら」
「えー、それって私とレイヴェルを餌にして釣るって言ってるようなもんじゃないですか」
「そう聞こえた? そんなつもりはないんだけど。ごめんなさいね。あ、そういえばラミィ。竜命木の方はクロエちゃんとレイヴェル君がやってくれるってわかったけど。里の防衛の方はどうなったのかしら?」
「そっちもちゃんと依頼したわ。ギルドから派遣してくれるって。ただ、やっぱりクロエ達だけならまだしも、他の冒険者達まで里の中に入れるわけにはいかないから、里の外で野営をしてもらうことになりそうだけど」
「んー、やっぱりそうよね」
「どうして無理なんですか?」
「おいクロエ。俺達に向けられた目を考えたらわかるだろ」
「……あー、なるほど」
俺とクロエに向けられた目はお世辞にも好意的とは言えない目だった。俺達二人だけでもそうだったんだ。もし他の冒険者が来たらそれこそ暴動でも起きるんじゃないかってレベルだ。
「物資の提供はするつもりだけど、それ以上はできないわね。だからそこは報酬で納得してもらうしかないわ」
「そうね。ある程度不満が出るのはしょうがないわ。着いたら教えてちょうだい」
「わかったわ」
「二人からは何か質問はあるかしら?」
「俺からは特に。パッと思いつく質問はありませんね」
「私も特に……あ、そうだ。さっきの人。さっきリューエルさんと一緒にいた男の人って誰なんですか? なんか私達のこともすごい目で睨んでましたけど」
「あぁ、ドウェインのことね。あの人には私も手を焼いてるわ。竜人族至上主義って感じの人よ。竜人族以外の種族を見下してる。だから今回も反対を押し切って無理やりギルドに依頼を出したわけだけど。納得させるのはどうやっても不可能だもの。ちなみに私も嫌われてるわね」
「リューエルさんも? どうして?」
「本当ならあの人が次の族長になるはずだったのに、私が族長になったから。おかげで私の意見にもいちいち反対してきて、面倒なことこの上ないわ」
深いため息を吐くリューエルさん。
確かにあの感じは手を焼くだろう。もしイグニドさんだったら容赦なく焼きそうだけど、そこまでするような人には見えないし。
「あの人がどうかしたの?」
「ううん、ただ……なんか嫌な感じがしたから」
「嫌な感じ……ね。覚えておくわ。クロエちゃんの勘はよく当たるから」
「あ、でもホントにちょっと嫌な感じがしただけですよ。本当にそれだけですから」
「ふふっ、はいはい。それより、今日は二人とも疲れてるでしょう? いつ何があるかわからないから、休めるうちに休んでおいて。二人の泊まる場所はここだから」
「ここって‥…リューエルさんとラミィの家ってことですか?!」
「えぇそうよ。というより、そもそも誰かが来ることを想定した施設がないのよ。だから、ここくらいしか泊まる場所が無いのよね。部屋は用意してあるから。ラミィ、案内してあげて」
「わかったわ。それじゃあ行きましょう」
「あ、でもその前に。レイヴェル君だけ少しだけ残ってくれる?」
「俺……ですか?」
「そう。すぐに終わるから」
チラッとクロエの方を見る。でもクロエも不思議そうな顔をしてた。つまりなんでかはわからないってことなんだろうけど……。
まぁでも断る理由もないか。
「わかりました」
「それじゃあ私も」
「クロエちゃんはラミィと先に部屋に行ってて。大丈夫、そんなに心配しなくても何もしないから」
「べ、別にそんな心配してません!」
「行きましょうクロエ。あんた、変なことしたらただじゃおかないからね」
ギロッと俺を睨んで、ラミィさんとクロエは上へと向かう。
クロエは姿が見えなくなるギリギリまで俺の方をチラチラと見てたけど。結局ラミィさんに手を引かれて行った。
そんでまぁ、ここに俺とリューエルさんだけ残されたわけだけど。
「大丈夫よ。そんなに緊張しないで」
「いや、緊張しないでと言われましても」
「ふふっ」
たおやかな笑みを浮かべるリューエルさんに思わずドキリとしてしまう。
ラミィさんの母親だってわかってるけど、とてもそうは見えないくらい若々しい。
何より、びっくりするほど胸がでかい。さっきから視線をそっちにやらないようにするので精一杯だった。
「えっと、それで……俺に何か?」
「そんなに大したことじゃないの。ただ少し、あなたに興味があってね」
「興味ですか? そんな興味を持たれるようなことはないと思いますけど」
「そんなことないわ。あなたは非常に興味深い人よ。だって、あのクロエちゃんが選んだ人だもの」
「まぁ、それは確かにそうかもしれませんけど。でもそれもクロエがただ俺を選んでくれたってだけで、別に俺が何かしたわけじゃないですよ。運が良かったんです」
運が良かった。ただ本当にそれだけだと思ってる。王都でクロエと出会えたことも、クロエが俺を選んでくれたことも全部。
運が良かっただけだ。
「運……ね。それは違うわレイヴェル君」
「え?」
「あなたは出会うべくしてクロエちゃんと出会い、そして選ばれた。あなたは、そういう星のもとに生まれている。自分の力は大したことが無いと思ってる?」
「それは……」
確かにそうだ。俺自身の力は誇れるようなものじゃない。あのイグニドさんに直々に稽古してもらったり冒険者の先輩に指南を受けたりしてるのに、結果が伴っていない現実がそのことを何よりも如実に表してる。
「だとしたらそれは勘違いよ。あなたはそうね……言うなれば『選ばれし者』かしら」
「選ばれし者? 俺がですか? でも別に勇者じゃないですよ俺」
「ふふっ、そういう類のことじゃないわ。レイヴェル君、あなたはこれからもきっと多くのモノに選ばれる運命にある。そしていつか……あなたもまた選ぶ時が来る」
「選ぶ……時?」
気付けば、それまで碧く澄んでいたリューエルさんの瞳が、虹彩に輝いていた。まるで何かに憑りつかれているかのようだった。
「今回、あなたがこの里に来たのももしかしたら……」
「リューエルさん?」
「っ! あ、ごめんなさい。たまにね、こうなっちゃうの」
「えっと、今のは?」
「託宣、のようなものかしら。これが神の声なのか、それとも他の存在なのか。それはわからないけど。聞こえてくるの」
「今も聞こえてたんですか?」
「えぇ。あなたとクロエちゃんの相性は最高だって聞こえたわ」
「なんですかそれ……」
「ふふっ、クロエちゃんも面白い子を見つけたわね。あなた達には期待してるわ」
「全力を尽くします」
「ついでにラミィとも仲良くなってくれると嬉しいわね。あの子、クロエちゃん以外にほとんど友達がいないから」
「それは……努力します」
「頑張ってちょうだいね。そっちも期待してるから」
そう言ってリューエルさんは、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
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