第313話 力への渇望
レイヴェルがたどり着いたのはかつて住んでいた村だった。
そんなことはあり得ない。あの村は魔人の操る魔獣に襲われて焼けて無くなった。そう頭では理解しているのに、目の前に映る光景がその考えを否定する。
「なんだこれ……なんなんだよこれは……」
村の中に足を踏み入れる。その瞬間に鼻腔を刺激した懐かしいにおいが、レイヴェルのかつての記憶を刺激する。
クランとワンダーランドが生み出した幻影だと思った。しかし、何よりもレイヴェル自身の感覚がその考えを否定した。少なくともこの現状は間違い無く本物であると。
「それじゃあ……もしかして……」
走り出したレイヴェルが向かうのはかつて自分が住んでいた家。たとえ幼少の頃の記憶であっても体が覚えていた。
すれ違う村人達は必死の形相で走るレイヴェルのことを怪訝な表情で見る。しかし、そんなことを気にする余裕はまるで無かった。
そしてレイヴェルはかつての自分の家にたどり着く。心臓がバクバクと脈打つ。
もしかしたらこの中に自分の家族がいるかもしれない。そんな緊張がレイヴェルの心を支配する。
もし会って何を話せばいいのか、ただそれでも会いたかった。そしてレイヴェルは意を決して家の扉に手をかけた。
その瞬間のことだった。
「グルォオオオオオオオオオッッ!!」
耳をつんざくような咆哮と共に出現した巨大な魔獣が、レイヴェルの家を押し潰した。
思考がフリーズする。だが潰されたのは紛れもなく現実で。
潰れた家の隙間から、誰かの腕が見えていた。
止まっていた思考が動き出し、その状況を頭が理解した瞬間、燃え盛るような怒りがレイヴェルの体を支配した。
「あ……あぁああああああああああああああっっ!!」
持って居なかったはずの剣が気付けばその手にはあった。
クロエの契約する前に使っていた、無骨でなんの飾り気もないただの鉄剣。
それを手にレイヴェルは魔獣へと襲いかかった。
その魔獣の姿はレイヴェルの記憶の中にある村を襲った魔獣と同じだった。巨大な狼に似たその姿。その爪はかぎ爪のようになっていて、恐ろしく鋭い。牙も同様だ。普通の狼のそれよりもはるかに長く、そして鋭い。獲物を殺すことに特化した魔獣。そんな風貌だった。
普段のレイヴェルならばもっと警戒して動いていただろう。だが、この時のレイヴェルにはそんな余裕はありはしなかった。
「一撃で落とす!」
狙うのは首。魔獣が動くよりも先に仕留めてしまおうというのがレイヴェルの考えだった。だがそれは、あくまで一撃で仕留められる実力があって初めてできることだ。
魔獣は斬りかかってきてレイヴェルの一撃を軽く飛んで避けると、そのついでと言わんばかりにすれ違い様に尻尾で一撃を叩き込む。
「がはぁっ!」
魔獣にとってはなんでもない一撃。しかしくらったレイヴェルにとっては意識が飛びそうになるほどにキツい一撃だった。とっさに受け身がとれていなければ今の一撃だけで意識が飛んでいただろう。
レイヴェルは強くなった。クロエと出会ってからも慢心することなく剣の腕を磨き続けた。多くの経験がレイヴェルに成長を促した。しかしそれはあくまで以前の自分と比べて強くなったというだけ。
今のレイヴェルだけの実力を冷静に図るならば、C級からB級冒険者相当。レイヴェルの目の前にいる魔獣を一人で相手にできるほどでは無いのだ。
魔獣はレイヴェルには見向きもせずに村人へと襲いかかる。理由は単純だ。人の多い方へと向かっただけ。
多くの悲鳴が上がるなか、魔獣は村人を喰らい、そして殺していく。その光景がレイヴェルの中にある過去の光景と重なってしまう。
「くそ、くそっ! 俺は……俺はぁっ!」
痛む体を無理矢理動かして魔獣の後を追う。手にした剣を握りしめて魔獣に立ち向かおうとする。だが、魔獣はレイヴェルのことなど歯牙にもかけずに村人を次々と殺していく。
止めようとしても止められない。その無力感、絶望感は凄まじいものだった。レイヴェルはこれまでの人生の全てを否定されたかのような感覚に陥っていた。
(あんなことをもう二度と繰り返さないためにイグニドさんに、ライアさんに剣を教えてもらったってのに! 結局俺はなんもできないのかよ!)
憎悪の籠もった瞳で魔獣を睨み付けるレイヴェル。
この瞬間、レイヴェルは力を渇望した。目の前の魔獣を倒せる力欲しいと。
レイヴェルに刻まれた契約紋が赤く光る。しかしレイヴェルはそのことに気付いていなかった。
「力を……俺に力を!」
無意識に手を伸ばすレイヴェル。そして、そんなレイヴェルの想いに呼応するかのように空間が裂けた。
その裂け目から声が響く。聞き慣れたはずの声。しかし普段とは違う声色。
だが力を渇望するレイヴェルはそれに気付けなかった。
裂けた空間の先から手が伸びてくる。
「力が欲しい?」
「俺は……力を……」
「望むならこの手を取って、レイヴェル・アークナー」
言われるがままにレイヴェルはその手を取り、全力で引き抜いた。
そうして出現したのは漆黒に赤のラインが入った剣。その剣は握るだけで恐ろしいほどの力を感じさせた。
『おめでとう。契約成立よレイヴェル・アークナー。このわたしが、カイナがあなたを阻む物を全て《破壊》してあげる』
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