第17話 魔剣の力

〈レイヴェル視点〉


「さぁ行こう、レイヴェル。ここからは私達の時間だよ」


 クロエのその言葉と共に、俺は現実世界へと戻って来た。

 もちろん、目の前にはオーガがいる。眩い光に目を焼かれたのか、手で目を覆って苦しんでいた。

 状況はさっきと変わってないってことは、ほんとに全然時間は経ってないんだな。

 それともさっきのはやっぱり夢だったのか?


『夢じゃないからね』

「っ!」


 急に聞こえてきた声に驚いて、手に持っていた剣を落としそうになる。


『うわわわっ、ちょっと、落とさないでよレイヴェル!』

「……クロエ?」

『うん、そうだよ。これが私の本当の……って言っていいのかな? でもこれが私の姿だよ』


 気付けば俺の手には一振りの剣が握られていた。

 それは夜の闇を凝縮したかのような、漆黒の剣。シンプルなつくりだが、目を離せなくなるような魅力に溢れてる。

 これが……魔剣。

 思わず剣を握る手に力が入る。


『ひゃんっ! ちょ、ちょっとレイヴェル! 急に強く握らないで!』

「え、あ、わ、悪い」

『別にいいけど、気を付けてよね』

「悪い。気を付ける」

「ガァアアアアアアアッッ!!」


 目を眩まされたことに相当腹を立てたのか、オーガが殺気だった目で睨んでくる。


『さっきはよくもやってくれたわね。追いかけられて怖かったし、殴られて死ぬほど痛かったし。その借り、何倍にもして返させてもらうから! 行こうレイヴェル!』

「あぁ!」


 倒れそうなくらいしんどかったのに、今は不思議なほど体が軽い。

 あぁ、これならいける。戦える!

 オーガが殴りかかって来る。でも、その動きは驚くほど緩慢に見えた。


『来るよ!』


 オーガの動きがまるでコマ送りだ。

 体を横に滑らせてオーガの一撃を避けた俺は、そのままの流れでオーガの右腕を切り飛ばす。

 さっきまではかすり傷をつけるので精一杯だったのに、まるで紙を斬るように容易く刃が通る。


「ッッッ!! ガァアアアァッッ!!」


 腕を切り飛ばされたオーガは苦悶の叫びをあげる。

 その表情は混乱に満ちていた。

 訳が分からない。なぜ下等な人間に自慢の肉体が斬られるのか。

 言葉にはせずとも、オーガがそう考えてるのはわかった。

 憤怒に満ちた視線が突き刺さる。でも不思議なほどに心は落ち着いていた。


『これが私の力! あなたの全てを破壊する!』


 体の中の魔力がクロエに吸われ、それに呼応するように黒い光が剣身を包み込む。


『レイヴェル、合わせて!』

「任せろ!」


 怒りに身を任せて突進してくるオーガに対して、剣を振りあげる。

 そして——。


「『破光剣!!』」


 力任せに剣を振り降ろす。

 剣から放たれる極大の黒い光が驚愕に目を見開くオーガを飲み込んで、この世から完全に消滅させた。

 その後に残ったのは、静寂と……無残に破壊された街並みだった。


「って、おいぃいいいいいいっっ!! どんだけ威力高いんだよ今の技! 家とか道とか完全に崩壊してんじゃねーか!」

『ごごごごごめん! ついちょっと力んじゃったっていうか、まさかここまで威力高いとは思わなかったっていうか。ここまでだって知ってたら私だってやらなかったよ!』


 俺が慌ててる以上にクロエも慌ててるのか、剣がブルブルと震えてる。

 いやどうすんだよこれ。明らかに魔物が暴れた以上の破壊をしてる。え、これって俺達が弁償しないといけないのか?

 いや無理だろ。どう考えても無理だろ。戦うので必死だったってことでなんとかなんねーかな。


『オ、オーガが破壊しちゃったことに……しない?』

「いや無理だろ。いくらオーガが力自慢だって言っても、こんだけの破壊ではできない。それこそ魔法とか使わない限り無理だ」


 まぁ、その魔法でもこんだけの破壊をしようと思ったら長い詠唱とかそういうのが必要になるんだけどさ。

 これが魔剣の力なのか……魔剣なんて見たこと無かったけど、どれもこんな風に桁外れなのか?

 今まで噂程度にしか聞いたことがなかった魔剣。その力をまざまざと思い知った感じだ。


『そっかぁ。そうだよねぇ。うぅ、どうしよ。せっかく契約者見つけたのにいきなり借金とか嫌なんだけど』


 こいつも考えることは俺と同じってわけか。なんか気が抜けるな。

 力を見た以上こいつが魔剣だってことは疑いようがないんだろうけどさ。


『まぁ、そのことは後で考えるとして……そうだ! ロロちゃん! ロロちゃんの所に行かないと』

「ロロちゃん? それって赤い服着た女の子か?」

『そうだけど。なんで知ってるの?』

「その子がお前のこと教えてくれたんだ。だからこうしてここに来ることができた」

『そっか。それじゃあロロちゃんは無事なんだ。良かった』

「お前のこと助けてくれって必死に頼まれたよ。まぁ結果はこうして逆にクロエに力に助けられることになったわけだけどな」

『そんなことないよ。レイヴェルが来てくれなかったら私は確実に死んでた。こうして無事なのはレイヴェルのおかげだよ』

「やめろって。なんかむず痒くなるから」

『ふふ、レイヴェル照れてる』

「照れてるわけじゃねーよ! とにかく、向こうに戻るんだろ。だったら早く行くぞ。ここにいたらまた魔物に襲われる」

『今の私とレイヴェルならどんな魔物が来ても大丈夫だけどね』

「調子に乗るな。魔物が大丈夫でも、またあんなバカでかい破壊するわけにいかないだろ」

『う、まぁそれはそうなんだけど。とりあえず人化するとして——レイヴェル下がって!』

「っ!」


 殺気を感じた俺は慌てて後ろに跳ぶ。

 その直後だった。俺の立っていた地面が切り裂かれたのは。


「なんだこれ」

『まだ来るよレイヴェル!』

「あぁ、わかってる!」


 どっからかわからないけど攻撃されてる。これ斬撃か? 斬撃飛ばすってなんだよそれ。

 その威力はさっきまで立ってた地面を見たら明白だ。当たったら確実にやられる。

 魔物か? いやでもこんな攻撃してくる魔物なんて知らない。

 クロエの力で体が強化されてるから避けれるけど、それもずっとは無理だぞ。なんとか打開策考えないと。

 でもそこで不意に足に痛みが走り、体勢を崩してしまう。


「しまっ——」

『レイヴェル!?』


 斬撃が飛んできてる。でも姿勢を崩したせいで避けれない。

 当たる!

 

『させるかぁああああっっ!!』


 クロエが吠えるのと同時に剣が光輝く。

 その光は俺に向かって飛んできていた斬撃が全部掻き消えた。


「悪い、助かったクロエ」

『レイヴェル大丈夫? 動ける?』

「あぁ、まだなんとかな」


 立ち上がり、周囲を警戒する。

 斬撃は飛んできてない。でも、またどこから飛んでくるかわからない。

 相手の気配すら掴めてない。

 その時だった。まるで場違いな拍手の音が聞こえてきたのは。


「すげぇじゃねぇか。今のは確実に殺ったと思ったんだけどなぁ」

「ふひひ、見つけた見つけた。あなたが魔剣使いなのね」

「……誰だよ、お前達」


 音のした方に目を向けると、屋根の上に俺と同い年くらいの男と、まだ幼い少女がいた。

 なんなんだこいつら。なんでこんなに不気味なんだよ。

 全身が嫌な予感を訴えてる。こいつらと関わるなってがなり立てる。

 でもそう訴える体とは対照的に、まるで動ける気がしなかった。


『レイヴェル……あの隣の子、魔剣だよ』

「なんだと」

『それも、すっごく嫌な感じがする。何人も人を斬ってるっていうか、血とか、そんな雰囲気に溢れてる』


 クロエが硬い声で忠告してくる。


「そう。正解だ。こいつは魔剣で俺は魔剣使い。やっぱ魔剣同士ってわかんだなぁ」

『その魔剣使いが私達に何の用』

「くははっ! そんなん決まってんだろ。魔剣使いと魔剣使いが出会ったらやることなんて一つだ。ダーヴ、やるぞ」

「オッケー。ふひひ、あなた達はどれくらいもつかなぁ♪」


 少女の姿が光に包まれ、その次の瞬間には隣の男の手に剣が握られていた。

 禍々しさを感じさせる、気味の悪い紫色の剣だ。


「俺らのこと、楽しませろやぁ!!」


 そう言って男は俺達に向かって飛び掛かって来た。

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