第104話 信用できるという判断

 夜、クロエ達は翌日に備えていつもよりも早めに就寝することになった。

 クロエとレイヴェルに与えられた一室はかなり広く、プライバシーを考慮してか、ベッドルームは二つ用意されていた。

 そのうちの一つをレイヴェルが、残ったもう一室をクロエとフェティで使うことになった。最初はクロエと同室であることに難色を示したフェティだったが、クロエの説得に押し切られる形で一緒に寝ることになった。

 そして現在。


「……」


 フェティは隣でぐっすり眠るクロエのことを横目でチラッと見る。

 フェティの体を抱き枕にして眠るクロエは心底幸せそうな顔をしている。寝つけなくて困っているフェティとは大違いだ。

 

「はぁ……よくこの状況で眠れますね」


 ため息を吐くフェティ。

 誰かと一緒に寝ることなど無かったフェティにとって、今の状態はあまりにも常識外すぎた。どう対応すればいいかもわからない、というのがフェティの偽らざる本音だ。

 早く寝なければ明日の作戦行動に支障をきたす、そう理解しているからこそ“寝なければ”という焦燥ばかりが心に募るのだ。

 そしてその焦燥が眠りを妨げるという悪循環。


「……仕方ありませんね。隙を見て抜け出して別の場所で眠るとしましょう」


 明らかに熟睡しているクロエ。

 この状態ならば多少無茶な動きをしても起きることはないだろうと算段をつけて、クロエの拘束が緩むのを待つ。


「……」


 ジッと目を閉じてその時を待つ。

 フェティの耳に聞こえるのはクロエの規則正しい寝息と部屋のかけられた時計の針の進む音。そして、目を閉じたからこそ余計に感じるクロエの体の温かさ。

 ローゼリンデからの情報でクロエが魔剣少女であるということはフェティも最初に会った時から知っていた。

 最初こそは魔剣少女であると聞いて警戒した。しかし蓋を開いてみればそこにいたのはいたって普通な少女。

 魔剣少女であると知っていても疑ってしまうほどだった。

 そしてフェティは今もまだ目の前で眠りこける少女が魔剣少女であるということを信じ切れていない。


(彼女が……魔剣少女。その気になれば一国の軍とも渡り合えてしまうほどの?)


 フェティの持っている知識では魔剣少女とはどんな魔剣であっても人外、超越した力を持ち、決して無視できない脅威だ。

 だが、目の前にいるクロエにフェティはそれほどの脅威を感じていない。


(これもまた……彼女の力? そうして私のことも油断させようとしている?)


 そんなことはあり得ないとわかっていても、そう思わずにはいられない。


「……眠れないの?」

「っ! あ、あなた起きて……さっきまで寝てたはずなのに。まさか寝たふりを?」

「ううん、寝てたよ。ただフェティがちゃんと寝れてるかなーと思って。そしたら案の定って感じだし」

「微妙に答えになっていない気がしますが……」

「やっぱりいつも寝てるベッドと違うと眠れない? でも結構いいベッドだと思うんだけどなぁ」

「ベッドが原因ではありません。原因があるとしたらあなたです」

「あ、やっぱり?」

「やっぱりって……わかってたんですか、私があなたのせいで眠れなくなること」

「まぁなんとなくそうなるんじゃないかなーとは思ってたよ。私はこの状態で快眠できるけど。フェティの温もりが良い具合に眠気を誘って……ふぁ……」

「ちょ、ちょっと、苦しいです。離してください」

「あぁごめんごめん」


 クロエは謝って抱き着く力を緩めつつも、フェティのことを離しはしなかった。

 そのことを不満に思いつつ、フェティはジト目でクロエのことを見る。


「あの、離してくださいと言ったのですが」

「うーん、それはダメかなぁ」

「どうしてですか。このままじゃいつまで経っても眠れません」

「まぁまぁ、こういうのも慣れだって」

「慣れって……」

「そんなに私のことが信用できない?」

「っ!」

「その反応だと図星かな? ちょっと傷つくけど……まぁしょうがないよね。会ったのは今日が初めてだし」

「……私にはあなたがわかりません。今のあなたはまるで私に心を許しているように見えます。でもそんなのあり得ないんです。だってあなたの言う通り、私達が会うのは今日が初めてです。まだお互いのことをよく知りもしないのに、こうして一緒のベッドで眠ろうなんて……正気の沙汰とは思えません」

「うーん、そんなに警戒することもないと思うんだけど。まぁそうだなぁ……フェティは私のこと信用してないかもしれないけど、私はフェティのこと信用してるよ」

「え?」

「嘘なんかじゃないからね? もちろん本当。ロゼの弟子ならわかるよね」

「…………」


 フェティはローゼリンデの下で弟子として修行する間に、様々な技能を身に着けた。

 その中には相手の嘘を見抜く術ももちろんある。そしてだからこそわかってしまった。クロエが嘘を吐いていないということを。


「あ、ありえません。そんなの……」


 だがそれでもフェティは信じられなかった。

 クロエの嘘を吐く術が、フェティ自身の嘘を見抜く術を上回っていると思ってしまうほどに。


「だ、だって私達は今日会ったばかりで……なのにそんなにすぐに信用するなんて、できるはずがありません」

「うーん……」


 あくまで否定を続けるフェティに、クロエは少しだけ悩みこんだ後、口を開いた。


「私はそうは思わないよ」

「え?」

「会ってすぐの人を、初対面の人を心から信用する。確かに難しいかもしれない。普通ならできないかもしれない。それらは本当は、時間をかけて互いに築いていくものだから。でも、それだけが全てだとも思わない」

「どういうことですか?」

「会った瞬間に感じることもあるんだよ。この人のことは信用しても大丈夫だって。なんていうんだろう……直感、かな? 第六感的な……言葉にはしづらいけど、そういう感じのものが働くの。もしかしたらこれも魔剣としての力かもしれないね」

「魔剣としての……」

「うん。レイヴェルと初めて会った時もそうだった。今まで一度も会ったことなんてない、すれ違ったこともない。でも、一目見て、この人だって思った。この人が私が契約すべき人なんだって。ま、あんまり急すぎて最初は私自身も受け入れられなかったくらいだけど。でも今はそれが正しかったって心から思ってる。だから私は私自身の直感を信じることにした。その直感がね、フェティのことは信用できるって、そう伝えてくれたから。だから私はフェティのことを信用できるって思ってる」

「……なんですか、その無茶苦茶な理論は……そんなの信用できる理由になってないです。ただの自己満足じゃないですか」

「あはは、まぁそう言われちゃうとね。でもそれでいいんだと思う。私が私であるためにこの自己満足は必要だと思うから。だからフェティも私のこと信用しろって話じゃないよ。これは、私が勝手にそう思ってるって話。だから覚悟しててねフェティ。どんなに時間がかかっても、絶対に私のこと信用させてみせるから」

「っ……知りません。勝手にしてください」

「うん、じゃあ勝手にするね。まずは手始めに一緒に寝る所から」

「だからそれは飛躍しすぎです」


 そしてそれから一緒に寝ようとするクロエと、逃れようとするフェティの攻防が始まり……気付けば二人とも眠りについていたのだった。

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