第105話 目覚めの予兆

〈レイヴェル視点〉


 明日は早朝からの作戦行動ってことになって、俺達も早めに休むことになった。

 敵側に魔剣使いがいる以上、体調は万全に整えておく必要があるって判断からだ。

 だから早く寝ないといけないってことはわかってる。でもなんでか理由はわからないが眠れない。

 変に気分が高揚してるというか……高揚する理由もないはずなんだけどな。

 いつも寝てる部屋よりも広い部屋に一人……いや、まぁそれが嫌だっていうほど子供じゃないけど、今の気分も相まって妙に落ち着かない。

 

「……クロエ達はもう寝てんだろうな」


 クロエの寝室にはフェティも一緒にいる。

 フェティには別室を用意するって案もあったんだが、クロエが強硬に一緒に寝るって言い張って聞かなかったからな。その結果、クロエとフェティは一緒に寝ることになったわけだ。

 正直クロエのあの様子を見てるとフェティの身がかなり心配なんだが、まぁ……さすがにクロエがやり過ぎることはないって信じてる。信じて……大丈夫だよな?

 さすがに俺がクロエ達の部屋に確認しに行くわけにもいかないからな。信じてるぞクロエ。

 その時だった。


「——っぅ!!」


 ドクン! と俺の左眼が大きく疼く。それは今まで感じたことがない感覚で、思わず目を押さえる。


「な、なんだこれ……目が……疼いてる。なんでこんな……っ!!」


 次の瞬間、俺の視界は光に覆われ——。


「ここは……」


 気付けば俺は、真っ白の空間の中に立っていた。

 なんだここ、知らない場所……いや、違う。俺はこの場所を知ってる。

 ここは前にも来たことがある……。


「お久しぶりですね」

「っ! お前は……セフィ!」

「はい! 覚えていてくれたんですね!」


 そこに立っていたのは目を見張るほどに綺麗な女性。極彩色の瞳と、クロエとは真逆の純白の髪を持つ女性だ。その周囲には相変わらず様々な色の十の球体がふわふわと浮かんでる。

 名前はセフィ……確か、竜命木の本体って話だったか。


「覚えてたも何も、忘れられるわけがないだろ」

「あら♪ 私ってば気づかないうちにレイヴェルさんの心を奪っちゃってました? 夢に見るほど恋焦がれちゃってました? そんなの私困ります。きゃっ♪」

「…………」

「あ、嘘ですごめんなさい。冗談ですから、そんな冷たい目で見ないでください。なんか別のものが目覚めそうになっちゃいます」


 顔を赤らめ、体をくねくねさせながら言うセフィ。

 こんな感じの奴だったかこいつ。なんか妙にテンションが高いっていうか。

 一応ラミィ達が崇拝してる存在ってことなんだろうけど……言っちゃ悪いけど、今の姿見てるととてもそんな風には見えない。

 最初に会った時の神々しい雰囲気はどこへやらって感じだ。


「あー、えーと、セフィ、今の状況ってお前が原因なのか?」

「はい、その通りです。少し伝えておくべきことがあったのでこうして、この子を通じてあなたに元までやってきました」

「この子?」

「キュー!!」

「うわっ!」


 セフィの背後から現れて俺に突進してきたのは翼の生えた大きな卵……って、この鳴き声。もしかして……。


「お前、キュウか?」

「キュー、キューッ♪」


 これは喜んでる……のか? たぶん喜んでるんだよな。

 なんとなくそんな気配がする。


「ふふ、この子にはキュウと名付けたんですか。良い名前ですね」

「結構適当につけたんだが……」

「それでもこの子が喜んでいるようですから。良いと思いますよ」

「こいつが喜んでるって言うなら……まぁいいか」

「キュー!」

「ずいぶん好かれてますね。ふふっ、これも彼女の影響でしょうか」

「彼女? 誰のことだ?」

「それはもちろんクロエさんのことです」

「えーと、話がよくわからないんだが。なんで俺がこいつに好かれることと、クロエが関係あるんだ?」

「ふっふっふ、それはですねぇ。この子の成長、孵化に必要なのが、あなたの魔力であるということは知っていると思います」

「あぁ、それはまぁ知ってるけど」

「この子の成長も、性格も、そしてどんな風に育っていくのか。それも全部その人自身の魔力の性質によって決まります。そういう点では、ラミィに授けたシエラもかなり影響を受けているでしょうね」

「つまりこのキュウも俺の影響を受けてるってわけか」

「えぇ、全てではありませんが。ですが、あなたの場合は少々事情が異なります。あなたは魔剣……クロエさんと契約している。つまり、この子は彼女の影響も受けているんです。あなたの中には彼女の力も流れていますから」

「あぁ、それで……」

「この子がこれだけ影響を受けているということは、クロエさんはあなたのことが好きで好きでたまらないということでしょうね!」

「……いや、うん、まぁ……相棒として選ばれるくらいだから、嫌われてることはないと思うけどな」

「いえいえ、これはそんな次元の話ではありませんよ。そうですね、言うなれば——」

「ストップ、ストップだセフィ!」

「? どうされました?」

「いや、その……なんというか、反応に困るからそれ以上言うのは止めてくれ」


 クロエに好かれてるってのは……まぁ、自惚れになるかもしれないけど、多少の自覚はある。なんで俺のことをそこまでって思うくらいには買われてることも。

 あいつが何を考えてるか、何を思ってるかなんてことはわからないけど。でも、そういうのを他の人の口から聞くのは違うだろう。

 まぁ、俺自身情けないとは思うが……結局この考えも逃げでしかないのかもしれない。でも、それでもだ。

 俺自身の気持ちがはっきりしてないしな。


「……なるほど。これは外野が口を挟むのは野暮な話というものなのでしょう。彼女にも……あなたにも、色々な事情がありそうですしね」

「悪い」

「いえ、あなたが謝ることではありませんよ。むしろ、無粋なことを言って申し訳ありません」

「いや、それこそセフィが謝るようなことじゃない。俺とクロエの問題だしな」

「ふふ、そちらの進展も今後期待していましょうか。あ、いけませんね。本題から外れていました」

「そういえば……しばらくは会うことはないみたいな感じだったのに、どうして急に現れたんだ?」


 前に会った時、最後にセフィは今度はクロエも一緒に会おうみたいなこと言ってたのに。どういう風の吹き回しだ?


「実はですね、朗報があります」

「朗報?」

「はい。この子の目覚めの時が近づいています」

「っ! それは……」

「前回の戦いで力を使い果たし、しばらく深く眠っていたようですが……あなたやクロエさんの力を受けて、ようやく準備が整ってきました。具体的なタイミングまではわかりませんけれど」

「キューッ♪」

「そうか……お前、ついに。わかった。心の準備はしとく」

「キュ、キュー!!」

「ふふ、そうですか」

「なんて言ってるんだ?」

「私も早く二人に会いたい、だそうですよ。私自身も楽しみにしています。この調子なら、次に会う時は孵化したこの子も一緒に会えそうですね」

「だといいな」

「それでは、お休み前のところ失礼しました。なにやら大変な状況のようですが……ご武運をお祈りしています。それではお元気で」

「あぁ、ありがとう。そっちも元気でな」


 セフィはニコリと笑うと、空間に溶けるように消え……そして再び俺の視界は光に包まれた。


「っぅ……ここは……元の部屋に戻って来たのか。というか、たぶんずっとここに居たんだろうけど」


 さっきのはたぶんセフィの見せた幻影の世界みたいなもんなんだろう。

 

「もうすぐ孵化する……か」


 さっきまで疼いていた左眼を押さえる。今は何も感じない。でも確かにここにはキュウがいる。セフィに託された竜の命が。


「ちゃんと備えとかないとな」


 気付いたらさっきまで感じてた高揚も落ち着いてる。

 もしかしたらキュウの影響だったのかもしれないな。


「……今なら落ち着いて寝れそうだ」


 さっきまであったことを思い出しながら、俺は翌日に備えてようやく眠りにつけたのだった。

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