第235話 魔女サクマ

迷路みたいに入り組んでいる裏路地の中にその店はあった。

名前は【変幻屋】。こんな場所に店を構えていることからも察する通り、あまり表だっては扱えないような商品を扱ってるし、そういう仕事をしてる。

金さえ払えばさっきみたいな奴らの治療だって請け負うくらいだ。正直あんまり頼りたい人じゃないけど。それでも腕は確かだ。腕だけは。


「やっと見つけた。嘘吐かれてるかもとか思ったけど。まぁそんな無駄なことはしないか」


 店の場所は記憶と変わっていたものの、そこにかけられた看板は記憶の中にあるものと同じだった。違いがあるとすれば多少経年劣化してることくらいだろう。


「ふぅ……よし」


 深呼吸して気合いを入れたオレはそのまま店のドアを開ける。瞬間、むせ返るような甘ったるい臭いがオレの鼻腔を刺激した。


「うっ」


 思わず手で鼻を覆う。ただ甘い匂いならそんなに気にならないだろうけど、ここまでだと気分が悪くなるレベルだ。

 それに何より、この臭いの元がまともじゃない可能性がある。人にとって害ある成分が入ってる可能性もあった。

 オレは魔剣だからある程度は平気だけど、それでもこの姿である以上影響が無いとも言い切れない。お酒で酔ったりはするわけだし。あれは場の空気とかもあるけどさ。


「ん? なに? 客? あー、ごめんね。今ちょっと手が離せなくてさー。急ぎじゃなかったらまた後で出直してくれないかなー」


 気の抜けた間延びした声が聞こえてくる。その声には聞き覚えがあった。

 当たり前だけどやっぱりまだ現役だったんだ。

 カウンターの奥で何やら大鍋に色々入れながら煮込んでる女性に声をかけた。


「サクマ、久しぶりだね」

「ん? んん? あーっ!! 君クロエじゃないか!」


 オレの声を聞いて振り返ると、何度か目をぱちくりとさせてわざとらしい驚いた声を上げる。

 わざとらしいというか、わざとって言うのが正しいか。


「そんな驚いたふりしなくていいから。わかってたでしょ、私が来ること。お得意の占いで」

「なんだもー、つれないなー。確かに誰か知り合いが来ることはわかってたけど、誰かまではわかって無かったよ。これはホント。まぁ予想はしてたけどー」

「相変わらずすごい精度の占いだね。嫌になるくらい」

「そんな目で見ないでってば。昔占ってあげたでしょ。あー、でもあれは凶兆だったかな? いひひっ♪」

「っ!」


 これがサクマの嫌いなところの一つだ。オレの言われて嫌なことを嬉々として言ってくる。でもこれで怒ったらサクマの思うつぼだ。

 だから努めて冷静さを保つ。


「でもこっちも驚いたよ。まさか昔に会った時と全く同じ見た目なんて。年取ってないの?」

「もちろん年は取ってるけど、まぁ努力とアンチエイジングのおかげかなー」


 アッシュグレイ色の髪も、碧眼も、そしてまるで十代後半にしか見えない見た目。こんな場所でなければかなり人目を引く容姿だ。

 でも全く変わってないのが問題なんだ。ロゼみたいに特別な種族ってわけじゃない。サクマは人族のはずだ。前に会ったのが十年以上前だから、十代や二十代じゃないはずだし。実年齢は知らないけど。


「レディの年齢のことなんて考えちゃだめだよー」

「って人の思考読まないでよ!」

「これは読んだというか君の顔に出てただけだけど。っと、ちょっと待ってねー。もうすぐ作り終わるからさー。最後にこの具材を入れてー、そいやっ!」


 何か作ってると思ったら、あれがこの臭いの原因か。大鍋の中に何やら怪しい具材を入れまくってる。

 中身が何かは知りたくない。どうせろくでもないものとか入れてるだろうし。


「ねぇそれホントにすごい臭いなんだけど」

「うん、いい匂いだよねぇ。こう調合してるって感じー」

「全然いい匂いではないと思うんだけど。その辺りの感覚も全然違うよね」


 サクマのことを一言で言い表すなら魔女っていうのが相応しいかもしれない。やってることもそれっぽいし。見た目だけは全然魔女らしくないけど。いや、ある意味魔女らしいのか?

 気づけば大鍋の中身が拳ほどの大きさの紫色の塊になっていた。

 あの大鍋いっぱいに入ってた液体がアレに凝縮されてるのか。なんか怖いな。


「うん、良いできかなー。後はしばらく置いてから続きかなー。さてと、待たせたねー。それで、クロエは何の用なのかな? 誰かに呪いをかけたいとか?」

「そんなわけないの知ってるでしょ」

「冗談に決まってるでしょー。君がわざわざ私のところに来たってことはあれが欲しいんだよね」

「……サクマに頼るのは業腹だけど。でもそれが一番確実だと思ったから。性格はともかく、腕は信用してるし」

「言い方が酷いなー。わたしは君のこと好きなんだけど」

「あなたに言われても嬉しくない。それよりも変身薬あるの? ないの?」

「んー。あるにはあるんだけどねー」

「……なに?」

「売って欲しいならわたしのお願いを一つ聞いてもらおうかな」


 そう言ってサクマはいやらしい笑みを浮かべた。

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