第234話 運の悪い再会

 宿を出たオレは、昔パイオンにやって来た時の記憶を頼りにとある店を探していた。


「えっと、記憶が正しければこっちの方に店はあったと思うんだけど」


 前に来たって言っても、二年や三年の話じゃ無い。オレの記憶の中にあったパイオンはここまで発展してなかったし。それを考えると店の場所も開発の影響で変わってたりするかもしれない。さすがに店を畳んでるってことはないだろうけど。あの人がそんなことするとは思えないし。

 歩いて行く内に、どんどん人気が少なくなって、明らかに柄の悪い連中が目に見えて増えてくる。


「外套着てきて正解だったかな」


 フードを目深に被って顔を隠す。これでオレも怪しい連中の仲間入りだ。さすがに女で顔を晒したままだとろくなことにならないだろうし。

 こんな場所じゃ女ってだけで襲われる可能性だってある。もちろん返り討ちにはできるだろうけど、そんなことで余計な時間は食いたくない。

 まぁこの外套も気休めみたいなものだけど。こんな場所にコメットちゃんやアイアルを連れてくるわけにはいかないし。


「やっぱりレイヴェルにも一緒に来てもらうべきだったかな」


 今から向かう店の店主はお世辞にも性格が良いとは言えない。というかレイヴェルのことを見たら興味を持つのはわかりきってたから。だから会わせたくなかった。

 でもこんな場所に一人でいると寂しくなると言うか……ってダメダメ。いつからオレはそんなひ弱になったんだ。

 しっかりしろ。オレ達がエルフの国に入るために必要なアイテムを手に入れるためなんだからな。


「ついでにポロッと情報なんかも零してくれると嬉しいんだけど。欲張ると面倒なことになりそうだし、隙を見てって感じにしようかな」


 問題は素直に出してくれるかどうかだけど。前回会った時は結構な難題を押しつけられたし。

 そんな考え事をしながら歩いてたせいだろう。前から歩いてくる二人組を避けるタイミングが遅れてしまった。


「あっ」


 すれ違い様に肩がぶつかる。


「てめぇ、どこ見て歩いてやがる!」

「すみません、少し考え事していました。って、あ……」


 こいつら、さっきミサラさん達に絡んでた二人組だ。表の奴じゃないとは思ってたけど、まさかこっちの方を拠点にしてたなんて。

 バレたらかなり面倒なことになりそうだし。さっさと立ち去るに限る。


「それじゃわた……ボクはこれで」


 女だってバレたらややこしいことになるに決まってる。だからできるだけ声を低くして男を装うことにした。

 でも、こんな場所で会う奴が謝った程度で見逃してくれるはずもなかった。


「待てよてめぇ。ぶつかっといて謝るだけなんて都合が良すぎるんじゃねぇのか? あー、いてぇ、いてぇよ! こりゃ怪我しちまったなぁ」

「大丈夫かよジャル! こりゃひでぇ。腕の骨折れてんじゃねぇのか?」


 なんて古典的な……ってあれ? こいつ普通に歩いてるな。おかしい。足の骨を確実に砕いたはずだ。あれからそんなに時間も経ってないし、治るはずがないんだけど。

 魔法で治癒したのか? でもそんな魔法を使えるタイプにも見えないし。もしかしたらあいつが? 可能性はありそう。金さえ払えばなんでもするタイプだし。

 あーめんどくさい。折れたままならここで面倒事に巻き込まれることも無かったはずなのに。


「おい黙りこくってんじゃねぇぞごらぁっ!! 今オレら色々あって金が無くてよぉ。その上この怪我の治療費までってのはさすがにねぇだろ。おら、出せよ。持ってんだろ金」

「ほらさっさと出せや! さっき骨折治すのに金払って金欠なんだよ! くそあのアマこっちの足下見やがって」

「おい余計なこと言うんじゃねぇヨーキ!」

「っ、すまねぇ」


 はっ、なるほど。やっぱり予想通りみたいだ。

 ぼったくりしようとしてた奴が逆にぼったくられたと。情けないなぁとは思うけど。

 でもそれで骨が治ったなら良いと思うけどね。でもそれで金欠になったからこうしてオレに絡んできたわけか。

 何の因果なのか。面倒なことこの上ない。


「折れてるんですか?」

「あぁ折れちまってるな。確実に折れてるぜ。こりゃ金貨50枚はいるんじゃねぇか?」

「だからぼったくり過ぎなんだって。まぁ少しも払う気はないんだけどさ」

「あ? なにぶつぶつ言ってやがんだ。いいからとっとと金出せやごらぁっ!!」

「あー、なんかもうめんどくさくなってきた」


 幸いというべきか、ここにいるのはオレとこいつらだけ。通っていく人達もいつものことだと思って見向きもしない。ここにいる奴らにして見れば、オレは哀れな餌なんだろうな。

 でも現実はそうじゃない。こいつらはオレがなんであるかを知らない。

 オレは自分でも気づかない内に笑みを浮かべていた。


「ねぇ、ちょっとその腕見せてくれるかな。ホントに折れてるか確認したくて」

「なんでんなことを俺が」

「いいからさ」


 拒否しようとする男のことを無視してその手を掴む。本当は触りたくもないけど、まぁ仕方ないと思って耐えることにしよう。


「あーホントだ。これは酷い折れ方してるね」

「え? ぎゃあぁあああああああああっっ!!」

「ごめんね。折れてるところ触ったから痛かったのかな」

「あ、が、な、なんで折れ……」

「なんでって。折れてたから治療費を要求してたんじゃないの?」

「おいジャル! くそ、てめぇジャルに何しやがった!」

「何しやがったって。その時点で墓穴掘ってる気もするけど。ボク……ううん、私の顔覚えてるよね」

「っ!? て、てめぇはあの時の!」

「このクソ女が! てめぇせいで俺達は高い金払わされることになったんだぞ!」

「ぶっ殺してやる!」


 案の定と言うべきか、頭に血を昇らせて殴りかかってくる。でもそんな動きはお見通しだ。


「壊れろ」


 軽く触れるだけでいい。それだけで男達は足下から崩れ落ちた。


「っああああ、いてぇ! いてぇよぉ!!」

「なんなんだよてめぇ、なにしやがったんだよぉ!」

「自分の手の内を自分から晒すバカはいないと思うけど。というかそっちから絡んできたからでしょ。そのまま行かせてくれればこっちだって見逃したのに。あんまり手荒なことはしたくないの。いくらあなたたちが裏の人間だからってね。レイヴェルそういうの嫌いそうだし。ってそんな顔しないでよ。人のこと化け物を見るような目でさぁ。そんな目をされると余計に壊したく――っぅ」


 ズキンと頭が痛む。

 あれ、オレは今何を考えてた? この人達のことを壊そうとしてた?

 何の躊躇もなく、魔剣としての力を使って……それこそまるで物みたいに。


「っ! とにかく。これ以上痛い目に遭いたくなかったら答えて欲しいことがあるんだけど」

「な、なんだよ」

「あなた達が行った店、もしかして『変幻屋』?」

「あぁそうだ。でもなんでてめぇがあの店のこと知ってんだ」

「そんなのどうでもいいでしょ。場所だけ教えてくれないかな。そしたら今は見逃してあげる」

「…………」

「答えないって言うなら」

「わかった! 言う、言うからこれ以上は勘弁してくれ」


 ふぅ、良かった。今はこれ以上力を使いたくなかったから。

 かなり嫌々だったけど、男達は店の場所を教えてくれた。やっぱり前とは違う場所に移動してたみたいだ。


「教えてくれてありがとう。これ以上悪いことしないようにね」

「お、おい! 俺らをこのままここに放置していく気かよ!」

「ふざけんな、せめて別の場所に」

「ごめんね。急いでるから。とりあえず運が悪かったってことで」


 まともじゃない奴らが集まる場所で、怪我をしたままの状態で放置される。想像するだけでもゾッとするような状況だ。まぁでも命までは取られないと思う。たぶん。

 

「てめぇ、絶対に許さねぇからなぁ!!」

「覚えてやがれぇ!!」


 男達の吐く小物っぽい台詞を背にオレは離れていく。


「はぁ、レイヴェルが居なくて良かった。あんな私の姿見せたくなかったし」


 これから会おうとしてる奴のせいで気が立ってたのかもしれない。とにかく気を取り直して行くとしよう。

 そしてオレは目的の店、『変幻屋』へと向かった。

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