第233話 コメットの得意なこと
〈レイヴェル視点〉
「どうぞ、タオルと飲み物ですわ」
コメットはいつの間にか持って来ていたタオルと飲み物を俺に差し出す。
「あぁ、ありがとう。って、いつから見てたんだ?」
「少し前からですわ。ミサラさんに聞いたらこちらにいらっしゃるとのことだったので。せっかくなので見学させてもらおうかと」
「そうだったのか。悪い、全然気づかなくて」
「いえ。邪魔をしたいわけではありませんでしたから。むしろわたくしに気づかないほどの集中力はすごいと思いますわ」
「まぁ確かにすごい集中はしてたけどな。でも見てて面白いものじゃないだろ?」
「そんなことありませんわ。途中からは実際に敵がいることを想定した動きをしていましたわね。まぁわたくしは剣に聡くないので、どんな敵を想定しているかまではわかりませんでしたけど。それでも見応えはありましたわ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、なんか歯がゆいな。俺なんか全然大したことないぞ。もっと強い奴なんていくらでもいる」
「謙遜することありませんわ。だってあなたは魔剣に、クロエ様に選ばれるほどの逸材なのですから」
そうか。他の奴からしたらそういう風にも見えるのか。でもクロエが俺を選んだのは……そういえば詳しい理由は知らないな。でも少なくとも剣士として強いからとかじゃないと思う。それならもっと選ぶ奴がいただろうしな。
魔剣との相性って奴があるらしいけど……俺とクロエはそれが合ったってことなんだろう。
「羨ましいですわ。クロエ様に選ばれるなんて」
「そうは言うけど、俺が誇れるのなんてそれくらいだぞ。自分で言うのもなんだが、魔法の適正は全く無いしな。最低でも一つはあるはずなのに、俺はそれもない。だから初級魔法すら使えないんだ。無属性魔法は使えるけどな」
こればっかりはクロエの力でもどうしようもないことだ。俺は魔法を全く使えない。クロエと出会う前はそのせいでずいぶんと苦労する羽目になった。
クロエのおかげでその弱点はほとんど解消されたけどな。それでも属性魔法が全く使えないってのは困ることも多い。
火属性の適正があったら簡単に火を起こせるし、水属性の適性があれば水に困らない。それがないから火を起こしたい時や水が欲しい時はどうしても道具に頼らざるをえないからな。
その点、コメット達エルフ族はいわば魔法の種族だ。最低でも二属性、全属性の魔法が使えるエルフなんてのも珍しくはないらしい。
魔法と言えばエルフ、そう言われるほどなんだからな。
だが、そんな俺の言葉にコメットは表情を曇らせた。
「わたくしは……落ちこぼれのエルフですわ」
「え?」
「わたくしもあなたと同じですわ。一つしか魔法の適性がないんですの」
「それが前に使ってた魔法か?」
「えぇ。【星魔法】。固有の魔法ではありますけど、それ以外の魔法は使えませんわ。そして唯一適正があった【星魔法】ですら満足に使いこなすことができていない。それがわたくしですわ」
「コメット……」
「すみません。少し暗くなってしまいましたわね。ところで、その剣はクロエ様ではないんですのよね? 先ほど出かけられてましたし」
「あぁ。これはクロエが渡してくれたレプリカだ。側に居ないときでも使えるようにって護身用だな」
実際のところはクロエが自分以外の剣を使われるのを嫌がって渋々渡してきたやつなんだが。その辺りの感覚はクロエじゃないとわからないんだろうな。
「そうなんですのね。少し手に取って見せていただいても?」
「いいぞ」
一瞬クロエの顔がチラつきはしたが、レプリカなら問題無いだろうと判断してコメットに渡す。
「レプリカとはいえ、これがクロエ様の魔剣としての姿……美しいですわね。ですが」
「どうかしたのか?」
「この剣、ちゃんと手入れはしていますの?」
「一応毎日手入れはしてるんだが」
「その割には粗が目立ちますわ。むむむ……」
「お、おい」
「これは見過ごせませんわね。少し待っていてくださいな」
何やら険しい顔で剣を見つめていたかと思えば、コメットは俺に剣を返すなり宿の中へと戻っていった。
「なんなんだ一体……」
戸惑う俺をよそに、十分ほどしてからコメットは戻ってきた。何やら手に大量の荷物を持って。
休憩していた俺の前にどかっと置かれる荷物。見て見ればそれは剣を研ぐための道具だった。
「ミサラさんにお願いして借りてきましたわ。道具が一通り揃っていて助かりましたわね。これだけあれば完璧に整備できるはずですわ」
「整備って、まさかコメットがやるつもりなのか?」
「えぇ。剣をこちらに」
「あ、あぁ」
言われるがままに剣をコメットに渡す。慣れた手つきで準備をし始めたコメットは道具を一通り広げると剣を研ぎ始めた。
「俺よりも手際が良いな」
「ふふ、褒めても剣が綺麗になるだけですわよ。それにこれくらい褒められるようなことではありませんわ。慣れれば誰でもできることですもの」
そうは言うけど、このコメットの手際の良さは慣れてるとかいう手つきじゃない。目も真剣そのもので、こう言っちゃなんだが職人みたいな感じだった。
感心してコメットの作業をボーッと見ていると、コメットは話し始めた。
「やっぱりおかしいと思いますわよね。エルフのくせにこんなドワーフの真似事のようなことが得意だなんて」
「え?」
「昔からなんですの。魔法は才は無いくせに、こういった作業ばかり得意で。母様のために髪飾りを自作したこともありましたわ。護身用の短剣も自分で作ったことがあります。子供の頃の私にはわかって無かったんですの。それがエルフとしてどれだけおかしいかということが」
それは悔恨を含んだような声音だった。
「母様は喜んでくれましたわ。だからわたくしも次から次へと作って……それが悪いことだなんて思いもしませんでしたわ。それを思い知らされたのは、母様が亡くなった後です。引き取られた先で、いつものように作っていたら止められたんですの。『エルフの娘がドワーフの真似事をするとは何事か』と。わたくしのしていることは低俗なドワーフのすることだと」
一瞬コメットの手が止まる。俯いているせいでどんな表情をしているかはわからなかったが、僅かに肩が震えているのだけが見て取れた。
「ですからわたくしは落ちこぼれのエルフなのですわ」
そう言ってコメットは俺に笑顔を向けてきた。でも、俺にはその笑顔が泣くのを我慢しているようにしか見えなかった。
落ちこぼれ、その言葉には俺も覚えがある。イグニドさんやライアさんを師としながら結果を残せない駆け出し冒険者。
クロエと出会うまで俺はずっとそう言われて来た。いや、今もだ。表立っては言われなくなったが、ふと聞こえてくる瞬間がある。
その苦しみも悔しさも、言われてきた奴にしかわからないだろう。だから俺にはコメットの気持ちが痛いほどわかった。
「コメットは……鍛冶が好きなのか?」
「え?」
「今そうやってしてる作業、俺にはコメットが楽しんでるように見える」
「それは……でも、こういうのはエルフとして」
「エルフがどうこうじゃない。コメットが好きかどうかを聞いてるんだ。もし嫌じゃないなら。好きなんだとしたら、俺は胸を張ってもいいと思う。何か一つでも好きだって、得意だって言えるとしたらそれはきっと幸せなことだと思うからな」
「あ……ふふ、ふふふふっ」
「な、なんで急に笑うんだよ。俺変なこと言ったか? いや、らしくないこと言った自覚はあるけど」
「ごめんなさい。そういうわけじゃないんですの。ただその言葉……昔、母様に言われた言葉にそっくりで。つい思い出してしまったんですの。ありがとうございます。あなたのおかげで少しだけ気持ちが楽になりましたわ」
「そうか。なら良かったよ」
それから俺はコメットに剣を研ぐコツなんかを聞きながら、その作業を見続けた。
そうして研ぎ上がった剣が、今までとは比べものにならない仕上がりだったのは言うまでもない。
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