第232話 剣の高み

〈レイヴェル視点〉


「ふぅ、やっと少し落ち着けるか」


 荷物を置いた俺は思わずため息を吐く。

 今日は朝から色々あったからな。いや、今日だけじゃないな。昨日もか。

 あの妙な二人組に、コメットからのお願いもあったな。


「どうしたもんか……」


 ベッドに寝転がって天井を見上げる。

 コメットからのお願い。あいつにも事情があるのはわかってる。だがそれを加味してもあのお願いは……。


「さすがに簡単に頷くわけにはいかないよな。結局クロエにも何も話せてないままだし」


 俺だけで判断したらクロエに何か言われるのは目に見えてわかってる。だからさっさとクロエにも相談すべきだってわかってんだが。

 あいつのことを考えるとどうしても言いにくい。いや、違うな。俺が勝手にビビってるだけか。


「うだうだ悩んでてもしょうがないか。よし、今のうちに話しとこう」


 どうせいつまでも隠し通せることじゃない。受けるにせよ断るにせよ、今のうちに相談しといた方がいいだろう。

 決めた勢いのまま行こうと部屋を出てクロエ達の部屋へと向かう。

 クロエ達の部屋はちょうど向かいにある。だが、部屋をノックして出てきたのはクロエじゃなくアイアルだった。


「なんだよ。どうかしたのか?」

「いや、クロエに用があったんだけど。いないのか?」

「あぁ、クロエなら荷物置いてさっさと出ていったぞ。なんか用があるとか言ってたな」

「用?」

「アタシらも詳しくは聞いてない。だからいつ戻るとかもわかんねぇ」

「そうか……わかった。それならいいんだけどな。休んでるところ悪かったな」

「別にいいけどよ」

「そういえばコメットもいないが、あいつも一緒に行ったのか?」

「あー、いや、そういうわけじゃねぇよ。ただアタシと一緒に居たくなかったんじゃねぇのか? クロエが出て行った後、何も言わずに出て行ったしな。アタシもあいつと同じ部屋にはいたくなかったからちょうどいいけどな」

「ほんとに嫌いなんだな……」

「森臭いエルフのことなんざ好きになれるかよ」


 そう言ってそっぽを向くアイアル。エルフのことは好きになれないなんて言いつつも、ミサラさんやイルニに対しては悪態を吐いてないあたり、根っこの部分ではどう思ってるかわからない。

 相性が悪いのはエルフとって言うより、コメットとっていうのが正しい気がするな。

 でもなんだろうな。コメットのことも心の底から嫌ってるって感じじゃない気がする。そんなこと言ったらキレられそうだから言わないけどな。


「なんだよその生温かい目は」

「いや、なんでもない。邪魔して悪かったな。ゆっくりしててくれ」

「んなこと言われなくてもわかってるよ。じゃあな」


 そう言って部屋の扉を閉められる。 

 クロエがいたらもう少し素直になってくれるのかもしれないけどな。

 しかしどうしたもんか……クロエがいないとなると急にやることがなくなった。

 いや、やれることはあるな。昨日はずっと船内に居たから剣を振るようなことはできなかったし、少し体を動かしてくるか。明日からは陸路だ。もしかしたら魔物とも戦うことになるかもしれない。せめて型の練習くらいはしとくべきだろう。

 そうと決まればどこか剣の練習ができるくらい広い場所があるか聞いてくるか。

 剣を持って階下へ降りると、ちょうどミサラさんが掃除をしているところだった。


「あの、すみません」

「はい。ってあなたは。どうかしましたか? 何かご用でも?」

「用っていうか、その、剣の素振りをしたいんですけどいい場所ないですかね」

「あぁ、剣の。冒険者の方ですものね。それでしたらこちらの方が空いてますよ」


 そう言ってミサラさんに案内されたのは宿の裏手の方だった。確かにここなら剣の素振りくらいはできそうだ。


「ありがとうございます」

「いえ、これくらいは。私は中に居ますから、何かあったらいつでも声をかけてくださいね。それじゃあお気をつけて」


 そう言うとミサラさんは宿の中へと戻っていった。


「場所を貸してくれるだけで良かったんだが。気を遣わせたか」


 ミサラさん達はクロエに助けられたことをずいぶん恩に感じてるみたいだからな。あのイルニって子もクロエにはずいぶん懐いてたしな。

 俺の方は微妙に避けられてる気がしたんだが。いや、気のせいだと思っておこう。


「とりあえず始めるか」


 剣を構えて振る。まずはライアさんから教えてもらった剣の型の反復練習だ。

 まずはちゃんと振れるようになること。それが全てだ。より綺麗に、確実に。魔剣という力を手にしたからこそ基礎を疎かにしてはいけないと自分に言い聞かせる。

 クロエの力は強力無比だが、それでも同じ魔剣使いは他にもいる。その時に差となるのは使い手、すなわち俺自身の力だ。

 クロエは前に会ったハルって奴のことを追い続けるだろう。そうなったら他の魔剣使いとも戦うことになるはずだ。

 その時に俺の力が足りませんじゃ話にならないからな。

 剣を振れば振るほどに没入感が増していく。やがて型の練習は、より実践的な動きへと変わっていく。

 仮想の敵を用意し、その動きに合わせて剣を振る。


「はぁ、はぁ……っ」


 より苛烈になっていく動きに少しずつ俺の動きが遅れていく。

 ダメだ。このままじゃ遅すぎる。もっと無駄をなくさないと。相手の動きを見てからじゃない。先を読め。どこを狙われるかを考えろ。


「――そこだっ!!」


 攻撃を避けた先で渾身の一撃をたたき込む。

 そこで俺は現実に戻った。


「はぁ、はぁ……」


 もちろん目の前には誰もいない。戦っていたのは仮想の敵だ。

 それでも気づけば汗だくになっていた。


「軽く振るだけのつもりだったのにな」


 こうして自分一人で剣を振る度にいつも思う。強くなりたいと。

 上には上がいる。ライアさんだけじゃない。俺より強い奴なんていくらでもいる。


「上なんか見だしたらキリがないけどな。それでも俺自身が強くなることにもきっと意味があるはずだ」

「すごい集中力ですわね」

「っ!?」


 突然聞こえた声に弾かれるように顔を上げる。

 そこにはコメットが立っていた。


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