第231話 ぶっきらぼうだけど優しいおばあさん

 偶然入った場所で助けたエルフの母娘。

 その母親がなんと宿で働いていたらしく、ちょうど宿を探していたオレ達にとっては渡りに船だった。

 偶然に偶然が重なった結果だ。こんなこと起きたら普通ならちょっとは怪しむけど、この人達から悪意みたいなのは感じないし大丈夫だろう。

 何かあったとしても、オレとレイヴェルがいればなんとかなるはずだ。

 それからミサラさんに連れてこられたのは、大通りから一本外れた場所だった。

 なるほど、確かに宿があるのは大通りだけじゃない。オレ達は大通りを中心に宿を探してたから、こっちの方はまだ探して無かった。

 大通りから外れてるとはいえ、閑散としてるってほどじゃない。どっちかって言うと大通りの方は商人や観光客向けで、こっちの方は地元住民向けって感じだ。

 なんていうかちょっと落ち着くような雰囲気がある。


「こちらです」

「へぇ、ここが。思ってたよりも大きいというか」

「そうですね。大通りの方を除けばこの辺りでは一番大きな宿になると思います。まだ部屋に空きはあったはずですので」

「あのねー、おばあちゃんすっごく優しいんだよ!」

「おばあちゃん?」

「あ、この宿の経営者の方です。行く当てもなかった私達に職と住処で提供してくれた方で。本当にお世話になっているんです」

「へぇ」


 それは奇特な人もいるもんだ。こう言っちゃなんだけど、見ず知らずの人を雇って住まわせるなんて何か狙ってる人かよっぽどお人好しかのどっちかだ。

 この人達の様子を見てると、悪い人じゃなさそうだけど。


「どうぞ入ってください」

「いこ、おねえちゃん!」


 イルニちゃんに手を引かれて宿の中へと入る。

 最初は警戒されてたけど、キュウのおかげもあってか完全に警戒心が解けて、完全に懐かれた。

 子供に懐かれるのは悪い気はしない。というか素直に嬉しい。この笑顔を見てるだけで助けて良かったと思うくらいだ。

 連れられて入った宿の中は見た目以上に綺麗だった。そしてカウンターの奥で新聞を呼んでる人が居た。


「ただいま戻りました」

「あ? なんだい、ずいぶん遅かったじゃないか」

「おばあちゃんただいまー! あのね、お客さん連れてきたよ!」

「あん? 客?」

「どうも」


 新聞を読んでいたのはやたら厳めしい顔をしたおばあちゃんだった。ちょっと予想してた人と違ったというか。イルニちゃんの話からもっと優しい感じの人だと思ってた。

 

「ここらじゃ見ない顔だね。あんたら旅行客かい?」

「はい。そうなんです。ちょっと宿が見つからなくて困ってて」

「はん、情けないね。いいよ、部屋なら空いてる。泊まるならこの台帳に名前を書きな」


 そう言っておばあさんはオレ達の前に台帳を差し出す。もちろん断る理由は無いので名前を書くんだけどさ。

 とてもじゃないけど、イルニちゃんの言うような優しいおばあちゃんって感じじゃ無いなー。

 オレ達全員が名前を書いたのを確認すると、台帳をしまったおばあさんは鍵を二つ差し出して来た。


「二人部屋が二つだ。四人部屋は空いてないんだ」

「えっ」

「なにか問題あるのかい?」

「問題というか……」


 オレとレイヴェルが一緒になったらアイアルとコメットちゃんが同室になるし。じゃあそれを避けるためにオレがどっちかと一緒になったらレイヴェルがどっちかと一緒の部屋で寝ることになる。

 それは嫌だ。二人がどうこうって話じゃ無い。オレ以外の誰かがレイヴェルと一緒の部屋だって言うのが嫌なんだ。


「はん、しょうがないねぇ。ミサラ、部屋の用意をしな。特別に三人部屋を作ってやる。狭いのは我慢するんだね。イルニ、ぼさっとするんじゃないよ。客を部屋に案内しな」

「はーい!」


 イルニは鍵を二つ受け取ると、手招きしてオレ達のことを部屋と案内し始める。


「なんか気を遣わせちゃったかな」

「みたいだな。さすがに申し訳ないっていうか」

「気になさらないでください。すぐに部屋の準備を済ませますから」

「あ、私も手伝いを」

「大丈夫ですよ。すぐに終わりますから、少しだけ待っていてくださいね」


 ミサラさんはそう言うと部屋の中へと入っていく。そう言われてしまった以上、手伝いに行くと逆に気を遣わせるかもしれない。

 仕方ないか。とりあえずレイヴェルの部屋の方で待っとくとしよう。


「はい、こっちがおにいちゃんの部屋だよ」

「あぁ、ありがとう」

「それじゃあまた後でね。わたしまだおてつだいあるから。終わったらキュウちゃんと遊ばせてくれる?」

「もちろんだ。いつでも来てくれ」

「やったー♪」


 ぴょんと一跳ねして喜びを表現したイルニちゃんは、オレ達に手を振るとそのまま部屋を出ていった。


「元気な子でしたわね。見ているこちらまで元気をもらえるような」

「うん、そうだね。子供はやっぱり元気じゃないと」

「そういえば珍しく何も言わないんですのね。あなたのことですから、あの二人に対しても悪態の一つや二つ言うのかと思っていましたわ」

「あん? 喧嘩売ってんのかよてめぇ」

「わたくしは思ったことを言っただけですわ」

「それが喧嘩売ってるっつってんだろうが!」

「はいはいもう喧嘩しない。他にもお客さんいるみたいだし、あんまり騒ぐと迷惑になるでしょ」


 とはいえ、アイアルには申し訳ないけどオレも多少は突っかかるかと思ってた。

 何も言わないっていうのはちょっとだけ予想外だった。

 さすがにアイアルもそれくらいの空気は読めるのか。って、さすがにバカにしすぎか。

 そうこうしてる内に、部屋の準備を終えたミサラさんがオレ達のことを呼びに来た。二人部屋を無理矢理三人部屋にしてくれたみたいだけど、それでも思った以上に部屋の中は広かった。

 一泊するくらいだし、これだけの広さがあったら十分だろう。

 ともあれ、これでようやく一息つけるわけだ。今日は朝から色々あったわけだし。

 そうだ。また後でこの街にあの店が残ってるか確認しにいかないと。


「それじゃあとりあえずいったん解散ってことで。自由に行動しよっか。ただし、宿の夜ご飯の時間までには戻ってくること。いい?」

「わかりましたわ」

「んなこといちいち言われなくても大丈夫だっての。アタシは小さいガキじゃねぇんだぞ」

「あはは、ならいいんだけどね。それじゃあ私はちょっと用事があるから。喧嘩しちゃダメだよー」


 まぁ、この二人も喧嘩はするけど常識はわきまえてるし大丈夫……だと思いたい。大丈夫だよね?

 そんな一抹の不安を抱えながら、オレは宿を出て目的の場所へと向かうのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る