第230話 エルフの母娘
「ふぅ。まぁなんとかなったかな」
とくに問題なく、というわけじゃないけど、あの二人を追い返すことはできた。
もっと粘られるかと思ったけど、さすがにそこまでバカじゃなかったらしい。おかげであれ以上に手荒な真似はせずに済んだけど。
「…………」
そこでふとオレは自分の手を見つめる。
さっきオレはあの男の足の骨を破壊した。そのことに対して何の嫌悪感も浮かんでいないことに気づいたのだ。
こうしてる今も、あの男の足の骨を折ったことに対して罪悪感すらない。もちろんあの男達がクズだったからというのもあるかもしれないけど、それを差し引いたって。
オレはあんなことを簡単にできるような奴だったか?
「ううん、考えすぎかな」
昨日あんなことがあったから、ちょっと気にしすぎなのかもしれない。
そんなことよりも今はこっちの二人だ。
「ねぇ、大丈夫?」
「あ、あなたは?」
「うーん、ちょっと用事があってこっちに来た冒険者かな。さすがにあんなのを見過ごすわけにはいかなかったから。災難だったね」
「ありがとうございます」
ちょっとオドオドしながら、それでも娘だけは確実に守るとギュッと腕の中に抱いて彼女は言う。さすがにあんなことがあったら警戒して当然か。
「まぁとりあえずこっちにおいでよ。周りの目も痛いしさ」
「……わかりました」
うぅ、バチバチに警戒される。ま、こっから先はコメットちゃんの領分だ。
見た目は人族なオレよりも、同じエルフの方が話しやすいだろうし。
エルフの母娘を連れて席に戻る。
そこで二人はオレ達の席に同じエルフがいることに気づいたらしい。
驚きに目を見開いていた。
まぁそれも無理ないだろう。こんなこと言うのもなんだけど、エルフは気難しいことで知られている種族だ。なかなか他種族に心を開くこともない。
それが他種族と一緒にいるんだから。
「大変でしたわね。もう大丈夫ですわ」
「あ、あなたは……」
「わたくしはコメットですわ。見ての通りあなた達と同じエルフですわ。安心してくださいな。そこにいるドワーフはともかく、他の方達は信用に足る方達ですから」
「おいっ!」
「えっと……」
「まぁさっきあんなことがあったばっかりだし、心配する気持ちはわかるけど。私達はあなたに何かするつもりはないから安心して」
「おねぇちゃんたち、怖いことしない?」
ずっと母の腕に抱かれて黙っていた子供が怯えながらも聞いてくる。さっきのあの男達がよっぽど怖かったんだろう。まぁそれも仕方ないことだ。あんなのトラウマになってもおかしくない。
「うん、大丈夫だよ。お姉ちゃん達はあなたの味方だから。キュウ、おいで」
「キュ?」
ご飯を食べていたキュウがオレに呼ばれてパタパタとまだ小さな翼をはためかせて飛んでくる。
「わぁっ」
「可愛いでしょ? 頭撫でてみる?」
「うん!」
こういうときキュウの存在は大きい。大きくなってきたら使えない手だけど、今のキュウはまだまだ可愛い盛りだ。この子くらいの大きさの子ならキュウの可愛さでイチコロだ。
オレの狙い通り子供の方はキュウを見て目を輝かせている。ま、普通に生きてたらドラゴンなんて出会わないしな。
これで子供の方は懐柔できた。後は親の方だ。っていってもこっちは普通に話してればなんとかなるだろう。
子供がキュウと戯れている間に、親の方を椅子に座らせる。
「とりあえずさっきは災難だったね。でもこの街だとそんなに珍しいことじゃないと思うんだけど」
「すみません、私達この街に越してきたばかりで。まだ全然慣れていなくて」
「越してきた?」
旅行……っていうのもエルフにしたら考え難いけど、森からほとんどでないエルフがこの街に越してきたのか?しかも子供まで連れて。
「その少し事情がありまして」
「ふーん。まぁそのあたりに踏み込むつもりはないけど。大変みたいだね」
「えぇ。ですがこれも自分で決めたことですので。この子にも苦労をかけているのは申し訳ないんですけど」
この人もこの人で何か事情があってこの街に来たってことか。
「って、そういえば名前聞くの忘れてた。私はクロエ、それと相棒のレイヴェル。そっちのドワーフの子はアイアルだよ」
「私はミサラと言います。この子は娘のイルニです。その、遅れましたが先ほどは危ないところを助けていただいてありがとうございました」
「気にしないで。さっきも言ったけど、あそこまで行くと見過ごせないし」
「えぇ。異郷の地で出会った同胞の危機。わたくしとしても見過ごす通りはありませんわ。先ほどは思わず魔法を撃ち込みそうになったほどですもの」
「それはちょっとシャレにならないんだけどね……」
「まぁそれはともかくとして。セイレン王国は多種族国家だからエルフ族もいないわけじゃないけど、それでもやっぱり珍しいから気をつけた方がいいと思う。さっきみたいに難癖つけられるかもしれないし」
エルフの子供なんていうのはさっきみたいな奴の格好の的だ。安全を考えるなら元の国に戻った方がいいと思う。
それができない理由があるんだろうけど。
「そうですね。私が気をつけないといけなかったのに。そのせいでこの子に怖い思いをさせて……」
「あー、いや、えっと、ごめんなさい」
まずいちょっと言い方が悪かったか。王都のいた頃は客商売してたからちゃんと気を遣って話してたけど、最近はそんなこと気にしてなかったからつい言い方が……。気をつけないと。
「いえ、気になさらないでください。それよりも何かお礼をさせてくれませんか? 助けていただいたのに、何のお礼もしないというのも」
「いやいやそれこそ気にしないで。私達が勝手にやったことだし」
「でもそれじゃあ私の気持ちが収まりません。その大したお返しがでるわけじゃありませんけど。何か困ってることなどあれば」
意外と押し強いなこの人。
うーん、でも困ってることとか言われてもなぁ。
あ、そうだ。越してきたばかりとはいえ、住んでるなら知ってるかもしれない。
「それならさ、一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「はい、なんでしょう」
「この辺りでちょうどいい宿とか知らないかな。さっきからずっと探してるんだけど見つからなくて」
「宿……ですか。それならちょうどいいかもしれません」
「え?」
「実は今私が働かせていただいてる場所が宿なんです。今ならちょうど部屋に空きもあったはずですし、よろしければ案内しましょうか?」
「ホントに?」
棚からぼた餅じゃないけど、思いがけない言葉だった。
横目でレイヴェルのこと見ると、小さく頷いていた。なら決まりだ。
「それじゃあ、お願いしようかな」
そしてオレ達はミサラさんの働くという宿へと向かうことになった。
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