第229話 強引な解決方法

 賑やかな店内には似つかわしくない荒々しい怒声が響く。

 なんていうかこう癪に障る声だ。こっちが真面目な話し合いをしてるっていうのに。

 若干の苛立ちを感じながら声のした方に目を向けると、案の定というか粗野な雰囲気の大男が二人いた。

 明らかに堅気って感じじゃないなー、あれは。

 普通ならそこで目を逸らしてたかもしれない。レイヴェルが手を出すならともかく、面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だし。わざわざ他人の面倒事に首を突っ込む義理は無い。

 でも今回ばかりは話が違った。男達に絡まれていたのが、エルフの母娘だったからだ。妙齢のエルフ女性に、かなり幼いエルフの女の子。

 エルフは子供の頃は見た目通りというか、15歳程度までは人間と同じ成長スピードだから見た目通りの年齢って考えて間違いないと思う。

 でもこの場所はセイレン王国。時たまエルフの商人は見かけるけど、この場所にいるのは明らかに不自然だ。


「てめぇらが前見て歩いてなかったせいでよぉ、俺らが苦労して運んできた商品がおしゃかになっちまったじゃねぇか!」

「どうしてくれんだよ、あぁっ!?」

「す、すみません」

「ひぅ、ママぁ……」


 男達の足下にはなんだかよくわからないガラクタが転がっていた。あれが男達の言う商品、なんだろうか。

 見た目で判断するのは悪いけど、どうしたってあの二人は商人には見えない。何よりあの男達のエルフを見る目だ。あの下卑た視線。明らかに狙ってるだろう。

 商人は商人でも奴隷商なのかもしれない。もちろんこの国では奴隷なんて禁止だ。でもそうじゃない国もある。ここは国境付近、多少違法なことをしても国外へ逃げてしまえば追いかけるのは難しい。

 それを狙ったのかもしれない。あのエルフの母娘はそのあたりの事情をわかってなさそうだし、悪質な当たり屋だ。


「べ、弁償しますので」

「へぇ、弁償ねぇ」


 そういった瞬間、男達は狙い通りと言わんばかりの笑みを浮かべた。

 

「じゃあ金貨百枚、耳そろえてきっちり払ってもらおうか」

「金貨百枚!?」

「当たり前だろ。この商品がどんだけ価値のあるもんなのかわかってんのか? 払うのは払わねぇのかどっちなんだ!」

「そんな、金貨百枚なんてとても」

「払えねぇってならこっちにも考えがあるぜ」


 話の展開は男達の狙った通りに進んでいく。

 どうみても足下に転がる商品に金貨百枚もの価値があるなんて思えない。周囲の人達もそれはわかってるんだろうけど、面倒ごとに巻き込まれたくないと言わんばかりに目を逸らしてる。

 誰かが騎士団が来ればって話だけど、それを悠長に待ってる暇も無さそうだ。

 他人の不幸に首を突っ込む義理は無い。でも、さすがにこれは行き過ぎだ。ただの喧嘩とはわけが違う。

 これを見過ごすのはオレの精神衛生上よろしくない。寝覚めが悪くなるって奴だ。


「ちょっと、あなた達――」

「コメットちゃん、ちょっと待って」


 いよいよ見ていられなくなったのか、立ち上がろうとしたコメットちゃんを止める。たぶんコメットちゃんに行かせたら余計に面倒なことになる予感がする。こういうのはオレが片付けた方が早い。

 チラッとレイヴェルの方に視線を向ける。すると、小さく嘆息してからレイヴェルは頷いてくれた。


「無茶はするなよ」

「ありがと。でも大丈夫だから」


 まぁ手早く済ませるとしよう。あの程度ならレイヴェルの手を煩わせるまでもない。

 ちょっと手荒にはなるかもしれないけど、あぁいう奴らにはいい薬になるだろう。


「ねぇちょっと」

「あ? なんだよ! って、へぇ」

「いい女じゃねぇか」


 オレのことを見るなり男達の目の色が変わる。エルフの母娘に向けるのと同じ、下卑た視線。正直虫唾が走る。

 レイヴェルにそういう目で見られるなら全然受け入れるけど、レイヴェル以外の男にそんな目で見られたく無い。


「なんの用だよ嬢ちゃん」

「なんの用っていうか、ちょっとうるさいかなって。ここ食堂だよ? 私だけじゃない。他の人も迷惑してるんだけど」

「そうは言ってもなぁ。俺らだってこんなことしたくねぇんだぜ? でもよぉ、仕方ねぇだろ。遠くからわざわざ運んで来た荷物を、このガキがぶつかって壊したんだからな」


 どうだか。どっちかっていうとわざと壊したっていう方があり得そうな話だけど。まぁそのあたりの真偽はどうでもいい。


「それともなにか? 嬢ちゃんが代わりに払ってくれるってのか? 金貨百枚をよ」

「それができねぇなら黙っててもらうぜ。それとも――」

「あのさ」


 もういいや。注意して引くような性格だとは思ってなかったけど、この類いとは話し合いは無駄だ。

 だからさっさと終わらせることにした。


「さっきから荷物荷物って言ってるけど、そんな荷物どこにあるの?」

「あ? なに言ってんだよ。嬢ちゃんの目は節穴か? 荷物ならここに――っ!?」

「おい、さっきまでここにあった荷物どこにいった!」


 男達の足下に転がっていた荷物が一つ残らず消えていた。

 もちろんやったのはオレだ。男達の視線がこっちに向いてる間に、荷物を綺麗さっぱり破壊した。もう影も形も残ってない。


「てめぇ、なにしやがった!」

「なにって、私何もしてないよ? ただ荷物はどこにいったのって聞いただけだし。でもさ、その荷物がこの人達に絡んでる原因だったわけでしょ? その原因が無くなった以上もう絡む理由もないよね」

「ふざけんじゃねぇぞ!!」


 ガタン、と椅子を蹴り倒して立ち上がる男達。立つと思った以上に大きいな。

 二メートル近くあるかもしれない。


「さっきから聞いてりゃ調子に乗りやがって」

「大人のこと舐めたらどうなるか。教えてやろうか?」

「調子に乗るなっていうのはこっちの台詞なんだけど。とりあえず暑苦しいからさ、座ってくれる?」


 前にいた男の膝を軽く叩く。その瞬間、男が悲鳴を上げて崩れ落ちた。


「っああああああ!! いてぇえええええっ、いてぇよぉおおおおお!!」

「おいどうした! おい、なにしやがった!」

「さぁ? なにしたんだろうね。でも、そんなに気になるなら……味わってみる?」

「ひっ」


 男達の顔が青ざめる。何をされたかはわからない、でも何かはされている。そんな確信があるんだろう。

 わからないことほど恐ろしいものはない。

 この状況でさすがに分が悪いと思ったのか、男は崩れ落ちたもう一人の男を肩で支えて立たせる。


「覚えてろ。このままじゃ済まさねぇからな」


 オレのことを睨み付けながら、そんな捨て台詞を吐いて男達は店から出て行った。


 

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