第163話 全力を尽くして

〈レイヴェル視点〉


 ファーラさんとヴァルガさんが武器を構える。

 俺達と敵対している、その事実にどうしようもなく胸が締め付けられる。

 前日まで、ついさっきまで仲間であったはずの人たちと戦うということが。まぁクロエの話だと最初から裏切ってたって話みたいだけど……。

 ここに来るまでの間にクロエから話は聞いた。最初はとても信じられなかったけど、でもクロエがそんなわけのわからない嘘を言うはずもないのもわかっていた。

 でもこうして目の前にいると……それがどうしようもない現実だってことを思い知る。

 剣へと変身したクロエから伝わってくるのは、計り知れないほどの憤りと同じくらいの悲しみ。

 それだけじゃない。たぶん俺なんかとは比べ物にならないくらい色んな感情が胸中には渦巻いてるはずだ。その全てを推し量ることはできない。

 だから俺にできるのは、クロエに応えることだけだ。ファーラさんもヴァルガさんも一流の戦士。でも、俺にはクロエがついてる。何の不安もない。

 二人の目的はわからないけど、絶対に止めてみせる。

 でも互いに仕掛けるタイミングを計るなかで、空気を読まない奴が一人いた。


「お、おい! どういうことだ! なぜクロエさんが剣になる!」

「事情は後で説明してやるから黙ってろ」


 死にかけてるのに気にするのはそこかって感じだ。というか、今はこいつの相手をしてる場合じゃない。


『レイヴェル!』

「っ! とにかくお前は下がってろ!」


 クロエの声でハッと意識を前に戻す。

 俺の意識がコルヴァに向いた一瞬の隙に、二人が左右に分かれて仕掛けてくる。

 この二人の狙いはコルヴァの命。コルヴァはさっきから治癒の魔法で傷を治そうとしてるが、それでもまだ足りないほど深い傷を負ってるみたいだ。

 とにかくこいつを守りながら戦う必要がある。こいつ自身のことはどうでもいい、とまでは言わないけど。それ以上にこいつのことをファーラさん達に殺させるわけにはいかない。

 絶対に止めて見せる!


『レイヴェル、力は私が制御するから全力でぶちかまして!』

「あぁ、任せろ!」


 ファーラさんが手にしてるのは短剣。ヴァルガさんは前もみた長槍だ。ファーラさんの方はわからないけど、ヴァルガさんの槍は特に特別な何かは仕組まれてなかったはずだ。

 相手は二人なのに対して、俺は一人。左右からの挟撃には対処できない……とでも思ってるなら大きな間違いだ。


「クロエ!」

『操人化!』


 俺はヴァルガさんの方へ、そしてクロエがファーラさんの方へと向かう。クロエには剣を通じて俺の魔力が、そしてクロエからは《破壊》の力が流れ込んでくる。

 クロエの本体を介している影響もあって、俺達が共有する力は通常時とは比べ物にならないほど大きい。

 その意味で、俺の力は前にヴァルガさんと戦った時は別物だ。


「あなたは俺が止めます、ヴァルガさん!」

「レイヴェル……いいだろう。俺も全力を出させてもらう!」


 戦い方は前回と同じだ。ヴァルガさんの獲物は長槍。中距離での戦いには優れるけど、近距離には弱い。懐に踏み込んで、一気に勝負を決める!


「っ、速い!」

「はぁあああああっっ!!」


 俺の体はクロエの力でかなり強化されている。前回戦った俺の速さとは比較にならないほどに。ヴァルガさんと戦ったのは前回だけ。そもそも今回のここにたどり着くまでの間に俺とクロエは本当の意味で全力を出し切ってはいなかった。

 それぞれ個別に戦うことはあっても、魔剣使いとして戦ったことは無かったからだ。

 その意味でも、今の俺の速さはヴァルガさんにとって想定外だったはずだ。

 突き出された槍をスレスレで避けて、カウンターの要領で攻撃を仕掛ける。

 だが、ヴァルガさんもさすがの反応速度だ。俺の剣が届くギリギリのところでジャンプして後ろに下がられ、服を僅かに斬っただけだった。


「……なるほど。それが魔剣使いとしての力か」


 斬られた部分をマジマジと見つめながら呟くヴァルガさん。

 あの速さで踏み込んで避けられるとは思わなかった。いや、違うか。俺自身が急に上げた速さについていけてなかったんだ。

 その僅かなズレがヴァルガさんに避ける猶予を与えてしまった。力に振り回されるな。戦士としてはヴァルガさんの方が格上なんだ。

 

「その目。その目だ……魔剣使いであるというのに、お前には慢心が無い。その事が俺には不思議で仕方ない」

「慢心できるほどまだ戦士として成長しきれていないので」

「その考えがおかしい、という話なんだがな。だが俺にも負けるわけにはいかない理由がある。俺も最初から本気を出させてもらうぞ」

「? 一体何を……」


 ヴァルガさんが取り出したのは黄色に輝く球体。

 それを頭上に掲げた瞬間、変化は起きた。


「ウォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

「っ?!」


 鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの咆哮が響き渡り、思わず耳を塞ぐ。


「い、いったい何が……」

「——ふぅ……」

「っ、その姿は……」


 そこに立っていたヴァルガさんの姿は先ほどまでと大きく変化していた。

 髪と牙が伸び、その瞳は真紅に染まっている。


「【牙狼鬼】ヴァルガ……全力で押し切らせてもらうっ!」

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