第320話 撤退

「ぷはぁっ! はぁはぁはぁ……」

「っぅ、なんなんだよ急に……」


 無理矢理外に押し出されるような形手クロエとレイヴェルは外の世界へと戻ってきた。

 二人の体を襲うのは凄まじい倦怠感。カイナが遠慮無しにレイヴェルとクロエの魔力を使ったからだ。

 急速な魔力の消耗と体の酷使が二人体がまともに動けない理由だった。


「目が覚めたようですね。今はクロエ……そう名乗っているんでしたね」

「あなた、もしかしてハルの?」


 目の前にいるハクアのことをクロエは知っていた。ハルミチと一緒にいた少女だと。

 どこまでも真っ白な少女。クロエは自分とあまりにも似たその姿に驚きを隠せなかった。


「……やはりその様子だとわたしのことは覚えていないようですね。まぁあの時のことを考えればそれも当然ですが。姉さんのことも覚えていなかったようですし」

「どういうこと?」

「いえ、あなたには関係の無いことです」

「いやどう考えても関係はあるでしょ!」

「言う必要はないということです。それくらいわかってください」


 クエロは自分とほとんど同じ顔をした少女に諭されるという状況に不思議な感覚を覚えていた。それえになにより、このハクアという少女のことを知っているとクロエの心がそう訴えていた。


「あなたは何なの。どうしてハルと契約したの!」

「わたしがマスターと契約した理由はただ一つ。マスターだけがわたしを持つに相応しかったから。あなたも彼を選んだのは同じでしょう? わたしはネヴァンのような尻軽魔剣とは違うので。あなたにもわかりやすく言うならば、一目惚れです」

「一目惚れって……」


 一目惚れ。一見すれば軽く聞こえてしまうその言葉だが、魔剣にとっては重い言葉だった。

 だがその次に続いたハクアの言葉はクロエに想像以上の衝撃を与えた。


「わたしはすでにマスターと『永劫契約』をしています」

「嘘……ありない。そんなのありえない!!」

「『永劫契約』?」


 耳慣れないその言葉にレイヴェルとハクアの後ろにいたクランも首を傾げる。クロエと同じように驚いているのはワンダーランドだけだった。


「事実です。わたしはそれだけの覚悟を持ってマスターと共に在る」

「…………」


 ハクアの言葉にクロエは何も言えなくなる。『永劫契約』が何を意味するのかをクロエは知っていたから。


「はっきり言いましょう。今のあなたでは、いえ例え姉さんであってもわたしには勝てない。絶対に」


 断定。確信。ハクアの言葉からは絶対の自信が感じられた。そしてそれを納得させるだけの威圧感がハクアにはあった。


「ですが、今はまだ戦う時ではありません。今回の目的は達成しました。撤退しますよ、クラン、ワンダーランド。後は彼に任せます」

「待って。わたしはまだ納得してない」

『そうだよ! あたしは魔剣としてクロエと決着を――』

「聞こえませんでしたか。撤退だと言ったんです」


 その場の全てを呑み込む威圧感。クランもワンダーランドもその威圧感に呑まれて何も言えなくなっていた。


「マスターの命令です。これ以上消耗する必要はないと。あなた達の役目は目的を達成するまで彼女達をこの場に留めること。そして目的を達成したからにはこれ以上は時間の無駄です」

「……わかった」

『あぁもう! 不完全燃焼なんだけど! 次に会った時は決着つけるから!』


 クランとワンダーランドはハクアの作りだしたゲートの中へと入っていく。


「それではまたいずれ」


 一礼してハクアはゲートの中へと去って行く。残されたのはクロエとレイヴェルだけだった。


「…………」

「クロエ、色々気になるのはわかるが今は」

「わかってる。そうだね。今は考える時じゃない。コメットちゃんとアイアルのところに行こう。たぶんそこにアルマもいるはずだから」


 気がかりは数多あったが、それを考えるべきは今ではないと無理矢理気持ちを切り替えたクロエは、レイヴェルと共にまだ戦いが続くアイアルとコメットの元へと向かった。

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