第40話 依頼完了

〈レイヴェル視点〉


 ゴブリンジェネラルがその体を真っ二つに切り裂かれて倒れる。

 まるで紙を切るように容易く、ゴブリンジェネラルの体が真っ二つになった。

 その事実に、俺は内心驚きを隠せなかった。

クロエは……たぶん知らないんだろうけど、ゴブリンジェネラルの体は硬い。そもそも長年生きてきたゴブリンがジェネラルへと進化するんだ。

 ただでさえ狩られやすいゴブリンの苛烈な生存競争を生き抜いてきた上位種は、その体も強靭だ。ゴブリンの名を持っていても、全くの別物だと言えるほどに。

 普通の剣じゃ、それこそ達人でもない限りゴブリンジェネラルの体に傷はつけられない。

 それがどうだ。とても達人と呼べない俺の剣技で、あっさりとゴブリンジェネラルの体が斬れた。それも真っ二つに。

 その前にも、魔法を剣で斬るなんてことができたし……魔剣って、俺が想像してた通り……いや、それ以上にとんでもない代物なのかもしれない。


『どうしたのレイヴェル』

「いいや。なんでもない。それよりも、早く討伐の証を取って帰らないとな」


 討伐の証は、対象の魔物の体の一部だ。爪とか鱗とか、そういうのが証明になるんだけど。ゴブリンの場合は耳だ。長寿であればあるほどゴブリンの耳は長くなる。実際、ゴブリンジェネラルの耳は普通のゴブリンに比べてかなり長い。 

 これを持って帰れば討伐完了の証になる。


「うへぇ、やらなきゃいけないってわかってても耳切り取らないといけないのは気持ち悪いね」


 気付けば人間形態に戻っていたクロエが俺が作業してる姿を見て嫌そうな顔をしてた。

 まぁ気持ちはわかる。俺も最初は慣れなかったしな。今はもう大丈夫だけど。


「それって何かに入れるの?」

「あぁ。この魔道具にな」

「なにその袋」

「理屈は知らないけど、なんでも入る特別な袋ってことらしい。イグニドさんにもらったんだ」


 そんなに滅茶苦茶大きい袋じゃないけど、マジでなんでも入る。見た目からじゃわからないけど、今もこの袋の中には回復薬ポーションとか色んなもんが入ってる。しかもいちいち袋の中を見なくても取り出せる優れもの。

 たぶんっていうか、絶対高い魔道具なんだけど……怖いから値段は聞いていない。聞いたら怖くて使えなくなりそうだし。

 俺はイグニドさんと違って小市民なんだから。


「よし、終わった」

「終わった? じゃあ帰ろう。すぐ帰ろう! ここジメジメしてるし。また虫とかいっぱいいそうだし」

「そうだな。よし、帰るか」


 こうして、俺とクロエの初依頼はあまりにもあっさり終わりを迎えたのだった。






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 それから森を抜けるまでの間、クロエはまた剣の姿に戻って虫を全力で近づけないようにしてた。

 途中ででっかい虫が出てきた時には半狂乱で破壊の力を使おうとして、止めるのが大変だったりはしたけど……まぁそれ以上の問題はとくに起こらず、俺達はギルドまで戻ってくることができた。

 俺達が朝に来た時とは違って、ギルドの中の人は少なかった。ちょうど今が依頼をこなしてる時間だし、次に混むのは夕方になってからだろう。


「ロミナさん」

「あ、レイヴェル君にクロエちゃんも。早かったね。もう終わったの?」

「はい、ばっちり終わりました! いやー、ロミナさんにも見せてあげたかったくらいですよ。私の活躍を」

「ふふ、お疲れ様。それじゃあ討伐証明部位の提出してくれる?」

「あの、そのことなんですけど」

「ん? どうかした?」

「依頼の場所にいたのがゴブリンメイジじゃなくてゴブリンジェネラルだったんです」

「えぇ!?」

「ゴブリンメイジの姿は見つけられませんでしたし、もしかして観測する人が間違えたんじゃないか……なんて思うんですけど」

「うーん、その可能性は低いと思うけど。わかったまた確認しとくね。って待って、それじゃあもしかして二人ともゴブリンジェネラルを討伐してきたの!?」

「はい! もちのろんです! 私とレイヴェルの前には、ゴブリンジェネラルといえど敵ではありませんでしたね!」

「クロエの言うことは置いといて。これがゴブリンジェネラルの討伐証明部位です」

「……うん、そうだね。この耳は間違いなくゴブリンジェネラルだ。どういうことなんだろ。もしかして……いやでもあの人がそんなこと……やりかねないなぁ。ねぇレイヴェル。、この依頼が終わったらイグニドさんが部屋まで来るようにって言ってたんだ。行ってくれる? あとの手続きは私がやっておくから」

「? はい。わかりました」


 イグニドさんから呼び出しか。どうせまたろくなことじゃないんだろうけど。

 ちょっと憂鬱だけど……まぁいいか。行かなかったら後が怖い。


「あ、ちょっと待って!」


 さっさと終わらせようと思ってクロエと二人で歩き出したら、ロミナさんに呼び止められた。


「どうしたんですか?」

「イグニドさんがね、レイヴェル君が一人で来るようにって。だから、クロエちゃんはここに居てくれる?」

「? え、なんで私ダメなんですか? 私魔剣なんですけど。常に契約者の傍にいるのが魔剣なんですけど」

「クロエちゃん、怖い。真顔は怖いから。あと、魔剣だってここで言っちゃダメだって。今は人も少ないから聞かれる心配もないけど。ご、ごめんね。私も理由は聞いてないから詳しいことは……ただ、イグニドさんの言うことだから、たぶん何か考えがあるんだと思う。だから、不服かもしれないけど……従ってくれる?」

「……はぁ、わかりましたー。大人しく待ってます。それじゃあレイヴェル、行ってらっしゃい。早く帰ってきてね。五分、五分ね!」

「無茶言うなよ」


 イグニドさんの話は長い方じゃないけど、五分で終わるとは到底思えない。


「まぁ努力はするけど。それじゃあ行って来る」

「あ、でもその前に……」

「ん? 今の感覚……俺の魔力吸ったか?」

「ちょっとだけね。まぁ万が一のことがあるかもしれないから」

「万が一?」

「ううん、気にしないで」


 なんなんだ一体……まぁいいか。

 そして俺は笑顔のクロエに見送られてイグニドさんの部屋へと向かった。

 イグニドさんの部屋はこのギルドの一番上にある。魔力で動く昇降機を使って上の階へと昇る。

 何回か乗ったことあるけど、この感覚苦手なんだよなぁ。

 大きな扉の前に立った俺は、数度深呼吸して部屋の扉をノックする。


「——入れ」

「はい」


 部屋の中にいたのはイグニドさん一人だけ。まぁ当たり前だ。イグニドさんは秘書とか好きじゃないから、基本的に一人で仕事してる。


「あの、ロミナさんに呼ばれてきたんですけど」

「あぁ。ってことはちゃんと依頼も終わらせたのか。どうだった?」

「いやどうだったも何も……」

「思い知っただろ。魔剣の力」

「っ! それは……」

「わざわざクロ嬢をよけてまでお前を呼んだのはその話をするためだ。昨日はできなかったからな。お前と、魔剣の話をしよう」


 そう言うイグニドさんの表情は、珍しく……本当に珍しく真面目だった。

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