第41話 あいつを化け物にしないために

〈レイヴェル視点〉


「魔剣……クロエの話ですか? それなら前にも」

「あぁ。確かにした。今回の話も前の話と大差ない。だが大きな違いがある。お前は今日の依頼で改めて感じたはずだ。クロ嬢の力をな」

「もしかして……あそこにいるのがゴブリンメイジじゃなくてゴブリンジェネラルだって知ってたんですか?」

「あぁ。アタシだけはな」

「なんでそんな大事なことを黙って……しかも騙すような真似して」


 ゴブリンメイジとゴブリンジェネラルではあまりにも違い過ぎる。ゴブリンメイジだと思ってゴブリンジェネラルに会いましたなんてシャレにもならない。死活問題だ。


「だがお前はこうしてここにいる。逃げ帰ってきたわけじゃないだろう」

「それは確かにそうですけど。ゴブリンジェネラルだってわかってたら最初から受けてなんて……もしかして、それが理由ですか?」

「その通りだ。ゴブリンジェネラルと戦わせることで、クロ嬢の……魔剣の力をお前に知ってもらおうと思ってな。ゴブリンメイジならまだしも、ゴブリンジェネラルに勝てるほどお前は強くない。つまり、どう足掻いてもクロ嬢の力を使うしかないんだ」


 たしかに俺一人の力じゃゴブリンジェネラルには絶対勝てない。そもそもゴブリンジェネラルはC級以上の冒険者がパーティを組んで挑まないといけないような魔物なんだ。

 俺の場合はクロエがいたからなんとかなったけど、もしクロエがいない状態でゴブリンジェネラルと会ったりしたら命懸けで逃げるしかなくなる。

 今回の依頼でそのことを痛感したわけなんだけど……それがなんなんだ?


「どう思った?」

「どうって……クロエの力ですか?」

「それ以外にあるわけないだろ。お前の目から見て、魔剣の力はどう映った」

「そんなこと言われても……ただすごい力だなとしか。俺でもあっさりゴブリンジェネラルに勝てたくらいですから。正直言うとまだ扱いきれる自身はないです」

「はぁ、レイ坊。その感想しかでないことをアタシは嘆くべきなのか……まぁいい。魔剣の力を使えば、ゴブリンジェネラルも赤子の手をひねるように容易く倒せる。それだけの力を与えることができるのが魔剣なんだ」


 ……イグニドさんの話が見えてこない。

 クロエがすごい力を持ってるなんてことはもう十分理解してる。いやたぶんまだ理解しきれてないのかもしれないけど、それでも魔剣が特別なものなんだってことは身に染みて理解したつもりだ。


「……まぁ、遠回しに言うのもアタシらしくないか。端的に言おう。昨日は言わなかったが、アタシはお前が魔剣の契約者になることに反対だ」

「っ!」

「レイ坊、魔剣に選ばれた者の末路は大きく分けて二つだ」

「二つ?」

「栄光か破滅。そして大体の魔剣使いは後者……破滅の道を辿ることになる」

「破滅……」

「人には過ぎた大きな力と代償に、そいつの人生を良くも悪くも狂わせる。何も知らない奴らは魔剣を手にすれば富と名声が手に入るなんて思ってるが……ふん、笑わせる。魔剣はそんなに生易しいもんじゃない。アタシは魔剣で破滅してきたやつを何人も見てきた。そしてお前がそうならない保証はない」

「…………」

「一つ勘違いの無いように言っておくが、アタシはクロ嬢のことは嫌いじゃない。むしろ気に入ってる。昨日も言ったが、あんな酔狂な魔剣はそういない。でも、クロ嬢がどんな性格してたとしてもその本質は魔剣だ。それはどう足掻いても変わらない。仮にもお前の保護者である身としては、魔剣からは手を引いて欲しい。何度でも言ってやる。魔剣は化け物だ。特別な才能も持たないお前が扱いきれる代物じゃない」


 イグニドさんの言葉はどうしようもなく真実だ。俺の力はどこまでも凡人でしかなくて、イグニドさんみたいな才能に溢れた人とは比べ物にならない。

 この先クロエを十全に扱いきれるようになる自信は……正直ない。

 でも……。


『私を……化け物にしないで』


 そう言っていたクロエの顔がちらつく。

 クロエはたしかに大きな力を持った魔剣なのかもしれない。でも違う。あいつはそれ以上に普通の女の子なんだ。

 魔剣は化け物かもしれない。でも、あいつは化け物なんかじゃない。あいつを化け物にするのも、しないのも俺次第だ。

 

「俺は……クロエを手放すつもりはありません」

「そのことでこの先多くの面倒事に巻き込まれるとしてもか? 魔剣は本人が望むとも、望まずとも、面倒事に巻き込まれていくぞ」

「だとしてもです。俺一人じゃ無理でも、クロエがいてくれたら乗り越えられるって信じてます」


 俺一人じゃ無理でも、クロエと二人ならきっと。

 まあクロエと出会ってからそんなに時間が経ったわけじゃないけど、でも俺はクロエのことを信じてる。

 まずは信じる。全部そっからだ。


「イグニドさん、覚えてますか。俺がイグニドさんに拾われた時のこと」

「あぁ覚えてるぞ。うるさいガキがしつこくまとわりついてきたからな。ぶっ飛ばしてもぶっ飛ばしても。正直かなりイライラした」

「あ、あの時のことは悪かったと思ってますけど。でも、俺の気持ちはあの時から変わってません。俺は強くなりたい。もっと強く。誰より強く。イグニドさんには才能が無いから無理だって言われましたけど。だから、そんな俺にとってクロエはチャンスでもあるんです。クロエと一緒に居て、その先に待ってるのがなんだとしても俺は後悔しません。むしろ、このチャンスを逃したら俺はきっと、一生後悔する」

「……覚悟はあるんだな」

「はい。俺はこれからもクロエと一緒にいます。クロエを……あいつを化け物にしないために」


 俺の心の奥底までを見透かすような目でイグニドさんは俺のことを睨む。

 でもそれも長い時間じゃなかった。


「……はぁ、あーやめだやめだ!」

「へ?」

「こういうのはやっぱりアタシの性に合わねー!」


 それまでの真面目な態度をかなぐり捨てて、机の上に足を放り投げるイグニドさん。


「お前のこと試してやろーと思って真面目にやってみたけど。やっぱダメだな。アタシが聞きたいのは最初から一つだけだ。お前に覚悟があるっていうならアタシは何も言わねー。文句も言わねー。ただレイ坊、生半可な覚悟じゃ足りないぞ。今ならまだ間に合うのも事実だ。それでもいいんだな」

「もう返事はしました」

「ったく、その頑固なとこ誰に似たんだか」

「俺の両親は頑固じゃなかったんで、きっとイグニドさんに似たんだと思いますよ」

「ぬかせ。お前が言い出したんだからな。これ以上アタシからクロ嬢に関して何か言うことはない。せいぜい苦労するんだな」

「苦労するの前提……」

「当たり前だろ。魔剣っていうのはそういうもんだ。本人がどうあれな。ロミナからも伝えられてるだろうが、魔剣使いだってことは他の冒険者には隠せ。ライアにもだ」

「ライアさんにも?」


 ライアさんは俺の冒険者としての先輩で、数少ないS級冒険者。『光翼の剣』っていうパーティのメンバーだ。わけあって世話になったことがある。


「あいつの場合は色々と複雑だからだが……他の冒険者に魔剣のことなんて知られてみろ。お前を殺してでもって奴が現れるぞ」

「やっぱりそうですよね……」

「あぁ。百パーセントだ。だがお前が殺されるくらいならまだいいが」

「いや良くないですけど!?」

「黙れ。いいから聞け。お前が殺されるだけならまだしも、お前が殺されそうになったら、クロ嬢は確実にお前を殺そうとした奴を殺すぞ」

「っ! そ、そんなこと……」

「いいや。絶対だ。魔剣は契約者を守る。そのためなら容赦はしない。だからそれが嫌なら、まずはお前自身が強くなること。そしてクロ嬢の手綱をしっかり握ることだな」

「……わかりました」

「よし。それじゃあ次の話題に入るか」

「まだあるんですか!?」

「あぁ。一つだとは言ってないぞアタシは。次もまた、アタシからの指名依頼だ」


 ニヤリと笑みを浮かべるイグニドさんに、俺は背筋をブルりと震わせた。


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