第42話 クロエと面倒事

 レイヴェルがイグニドさんに呼ばれて一人になったオレは、手持ち無沙汰になってギルドのロビーでダラダラとレイヴェルが戻って来るのを待ってた。

 ギルドのロビーってかなり広いんだよな。依頼の受付をしてる場所、依頼のボードがある場所以外にも飲食ができるスペースがあったりする。

 って言っても、そこで提供されてるのはお酒がメインみたいだけど。なんていうかそう、居酒屋が合体してるって感じだ。

 こんな場所で酒を提供するのはどうなんだって感じだけど……まぁこれでうまくやってるんだと思う。たぶん。

 この世界で酒を飲めるようになるのは十五歳から。だから飲めないわけじゃないし、誘われれば飲むんだけど……まぁ自分から積極的に飲もうとは思わない。

 先輩から一人では飲まないようにって止められてるのもあるんだけどさ。

 あー、ホントに暇だ。依頼終わったからさっさと帰りたかったのに。フィーリアちゃんと一緒にお菓子作る約束もしてるし。

 フィーリアちゃんはまだ十歳だけど、お菓子作りはかなり上手だ。今朝もすごい手際良かったし。別にお菓子作れるようになりたいとか、そういうのがあるわけじゃないけどさ。でもできることは多い方が良い。

 鈴蘭荘でできる手伝いも増えるし。今のままじゃマジで雑用しかできない。それはお世話になる身としては申し訳ない。

 まぁそれは今後の課題ってことで。

 さてはて、レイヴェルとイグニドさんはどんな話をしてるのやら。まぁ、わざわざオレを避けるって時点で大体の想像はつくけど。

 イグニドさんはレイヴェルやロミナさんとは違って、魔剣のことについて色々と知ってそうな感じだったし。

 うーん……レイヴェルなら大丈夫だよな。きっと。とりあえず今は大人しくここで待つしかないかぁ。

 そんなことを考えながらボーっとしてたら、知らない男共が三人、オレの方に近づいてきた。

 うん、明らかに柄が悪い感じだ。

 はぁ、だからレイヴェルと離れたくなかったのに。


「よぉ姉ちゃん。一人かー?」


 う、くっさ。めっちゃ酒臭い。昼間から飲んでやがるこいつ。

 しかもこいつらオレが逃げにくいように囲むように立ってやがる。


「いえ、一人じゃないですよ。今ちょうど仲間を待ってるところです」


 とりあえずやんわり牽制。これでこっちの内心を察して引いてくれたらまだ良識ある人だ。


「いいじゃねぇかよぉ。俺達暇なんだよ。あ、なんだったら嬢ちゃんの仲間も一緒に来てくれたっていいんだぜ。嬢ちゃんの仲間だってなら期待できるしなぁ。なぁお前ら」

「おう! 可愛い子なら大歓迎だぜ!」

「夜も楽しませてくれるならなおのことなぁ!」

「「「ギャハハハハハハハッ!!」」」


 はいクソ確定。ってダメだダメだ。言葉遣いが良くないぞオレ。

 頭が残念な人達って言おう。

 この手合いはどうしてもいなくならない。オレが『黒剣亭』で働いてた時も阿呆な客がセクハラまがいの行為をしてくることがあった。

 まぁそう言う時は大体サイジさんが追い払ってくれたんだけど。ここにサイジさんはいないし。他に助けてくれるような人もいない。

 つまり自分で何とかするしかないってことだ。


「……申し訳ないですけど、私が待ってるのは男性なので。あなた方の期待にはそえないと思いますよ。もちろん私も、あなた方について行くつもりはありません」


 ここまで来たらきっぱり断らないとこいつらは引かない。中途半端な断り方しても都合の良い解釈されて調子に乗らせるだけだ。


「チッ、なんだ男かよ」

「そんな待たせる男よりよぉ、俺達と一緒に来た方が百倍楽しいぜ? 俺達は三人いるからな。三倍楽しませてやれるってもんだ」

「そりゃ言えてるな!」


 下衆共が。おっとまずいまずい。下品な奴らめ。お前らについて行って楽しいことなんて一つもあるもんか。


「ん? ていうかお前昨日『卑怯狐フォックス』と一緒にいたやつじゃねぇか」

「マジかフォックスと? ってことは待ってるのもフォックスかよ」

「『卑怯狐フォックス』?」

「なんだ嬢ちゃん知らねぇのか? レイヴェル・アークナー。俺達冒険者の間じゃ有名だぜ。あいつは卑怯者の狐だってな」

「才能もねぇくせにギルマスに気に入られてるクソ野郎だ!」

「おいおい違うだろ。女に気に入られる才能はあんだよ。羨ましいくらいだぜ。そんな才能貰えたなら俺は冒険者としての才能なんか捨ててもいいね」

「そりゃ確かにそうだ!」

「「「ギャハハハハハハハッ!!」」」


 不愉快な笑い声が響く。

 レイヴェルが卑怯者ってどういうことだ?

 いや、そんなことどうでもいい。それよりもこいつら。オレの前でレイヴェルのことを馬鹿にしやがったな。


「取り消して」

「あ?」

「今のレイヴェルに対する侮辱を、取り消してください」


 こいつらとレイヴェルの間に何があったかなんて知らないけど、それでもオレの前でレイヴェルに対する侮辱は許さない。


「なんだ? 怒ってんのかよ。あのなぁ、嬢ちゃんは知らねぇのかも知らないがあいつは」

「私は、取り消してくださいって言ったんです。レイヴェルがどうって話は今はしてないんですよ。あなた達に求めるのは謝罪するか、しないかのどっちかだけ」

「嬢ちゃんのあいつの彼女か? 彼氏馬鹿にされて怒ってんのかよ」

「あいつを彼氏にするとか、嬢ちゃん男見る目ないんじゃねぇのか」


 取り消すつもりなし。これはそう判断してもいいよな。

 よしだったら話は早い。こいつらはゴミだ。そんで、ゴミはさっさと処分するに限る。


「あなた達がレイヴェルのことをどう思ってるかは知らないですけど、あなた達よりずっとカッコ良いですよ。よってたかって女の子一人まともにナンパできないあなた達よりずっとね」

「んだと?」

「おい嬢ちゃん、俺らが優しくしてるからってあんまり調子乗ってんじゃ——」


 オレの正面にいた男の体が宙を舞う。

 別に自発的に飛んだわけじゃない。ただ単純に、オレが殴り飛ばしただけだ。

 宙を舞ってた男の体はやがて重力に従って落ち、机に激しくぶつかる。


「お、なんだなんだ! 喧嘩かよ!」

「あの嬢ちゃんの方から手ぇ出したみたいだぞ!」

「マジかよ!」


 近くでオレ達のことを見てた他の冒険者はついに喧嘩がおっぱじまったとやんややんやと盛り上がってる。

 やっぱり冒険者ってそういう感じなんだな。誰も止めようとしない。

 視界の端でロミナさんがあわあわしてるけど……まぁそれに関しては後で謝るとして。

 それより今はこいつらだ。


「てめぇ!」

「このクソアマが!」


 ようやく状況を理解したのか、男共は顔を真っ赤にしてオレに殴りかかって来る。

 オレが女だから甘く見てるんだろう。さっきのは不意をうたれただけだって。

 最初に吹っ飛ばされた男もまさに怒り心頭って感じで戻って来る。腐っても冒険者。さっきの軽い一撃じゃダメか。

 立ち上がらなかったらそのまま終わりだったのに。

 怒り心頭なのはこっちだって一緒だ。教えてあげよう。こいつらに。魔剣の理不尽さを。泣いて謝るまで許さない。

 お前達が冒険者として築き上げてきたプライドも、何もかも全部。


「破壊してやる」

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