第260話 グリモアの街並み

 グリモアに入ったレイヴェルを一番最初に迎えたのは、すでに外にいる段階から見えていた巨大な樹木だった。

 竜人族の里にあったものとはまた別種の威容を放つその大樹にレイヴェルは思わず圧倒される。


「噂には聞いてたけど、とんでもないなこれは……」

『聖天樹サルヴェ。それがあの大樹の名前らしいよ』

「っ、クロエ。やっと喋ったな。ずっと黙ってると思ったら」

『あはは、ごめんごめん。下手に念話なんか使ってもバレる可能性があったし。だからずっと黙ってたの』

「その道理はわかるけど、だからってアレはやり過ぎだろ」


 レイヴェルのいうアレとは、剣を無理矢理取り上げようとしたエルフの兵士を問答無用で吹き飛ばしたことだ。仕方の無い側面もあるとはいえ、あそこまでする必要があったのかとレイヴェルはクロエに若干避難する。

 だがそんなレイヴェルに対して、クロエの返答はあっけらかんとしたものだった。


『だってレイヴェル以外に触られたくなかったんだもん。それに、あれでも手加減してるんだよ? だって吹き飛ばしただけだし』

「吹き飛ばしただけって、お前なぁ……」

『もし本当に私の力を使ってたら、触ろうとしてきた段階で腕の一本くらいは破壊してたよ。なんていうのはさすがに冗談だけど。まぁ私以外の魔剣だったら命ごと持っていっててもおかしくなかったんだから』

「冗談……ってわけじゃないんだよな。ほんと、とことん規格外だよお前たちは」


 魔剣である彼女達は契約者以外に触られることを忌み嫌う。クロエの言い分は決して誇張では無かった。

 魔剣と契約するために魔剣に無理矢理触れて殺された、そんな話は枚挙に暇がない。

 それが彼女達魔剣少女なのだ。


「おい、そんなのどうでもいいけどこれからどうすんだよ。森くさ――あいつはさっきの奴らに連れられてどっかに行っちまったみたいだし」


 仏頂面でそう言ったのはレイヴェルと同じように入国審査を受けていたコメットだ。

 いつものように悪態を吐こうとしたのはさすがに直前で堪えた。エルフの国でそんなことを言って、もし誰かに聞かれでもしたらどうなるかわからない。


「そこなんだよな。宿とかはさすがにあるんだろうけど」

「ちっ、あいつもそれくらい手配していけよな」


 コメットはレイヴェル達が入国審査を受けている間に、近衛隊の面々に連れられてどこかへ行ってしまった。

 後で必ず声をかける。その一言だけを言い残して。

 そのためレイヴェル達は完全に放り出される形になってしまったのだ。


「グリモア国内のことってほとんど知らないんだよな」

「ア、アタシの方見るなよ。アタシが知るわけないだろ。だいたい知ってるとしたらクロエくらいだろ」

『あ、やっぱり私に振られる? まぁ当てがないわけじゃないよ。幸いというか、グリモアの町並みはほとんど変わってないし。エルフの国だからそんなことだろうと思ったけど。ここは時間の進みがゆっくりだからね』


 長命であるエルフは国の発展も緩やかだ。鎖国的で他の国の情報を入れないというのも原因の一つではあるのだが、何よりも変化を嫌う長老達によるものだと言えるだろう。

 二十年という月日で大きな変化をしていたケルノス連合国とは真逆を行っていると言えるだろう。


『たぶん私が前に来たときの宿がそのまま残ってると思う。とりあえずそこに行こう』

「わかった」

「そのエルフは大丈夫なんだろうな」

『うん。昔もこっちの事情を汲んでくれたし、色々と助けてもらったから』


 クロエは自身の記憶を頼りに宿への案内を始める。クロエの記憶の中にあった町並みとほとんど差違は無かった。

 

「これがグリモア……なんていうか、もっと自然的かと思ってたんだけど思ったよりもしっかり造られてる建物が多いんだな」

『うん。石造りの建物はほとんどないけどね。大抵は木造だし』

「ドワーフの国とは真逆だな。アタシ達の国はほとんどが石を削ってできた建物ばっかりだ」

『ホントに対極だよね、エルフとドワーフって。あ、そこ右に曲がって』

「結構裏路地の方に入るんだな」

『まぁあんまり表だった場所よりは動きやすくなるかなって思って。というか普通の宿ってあんまり良い顔されないんだよね』

「外からの客を歓迎しないって、なんのための宿なんだよ」


 そんな話をしている内にクロエが以前泊まったという宿へとたどり着く。


『ここが私が前に泊まった宿だよ』

「思ったよりも綺麗……ってのは失礼か」

「アタシも裏の方にある宿だからもっと寂れてるもんかと思ったけどな」

『周囲に人は……いなさそうだね。監視もされて無さそう。今なら大丈夫かな』


 そう言うとクロエは剣の姿から人の姿へと変化する。


「あー、やっと人の姿になれた。もうずっと剣の姿だったから開放感がすごいよ」

「良いのか?」

「うん。だって顔見知りがいた方が話が通しやすいでしょ? まぁ向こうが覚えてたらの話だけど。とりあえず覚えてくれてることを願おうかな」


 そう言ってクロエはレイヴェル達と一緒に宿の中へと入った。

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