第202話 人の口に戸は立てられない

〈レイヴェル視点〉


 森から戻った後、クロエ達と分かれた俺はそのまままっすぐギルドへと向かっていた。

 

「採取依頼ってのも案外疲れるもんだな。まぁ高いのはほとんどクロエとキュウが見つけてくれたんだが」


 俺が見つけれたのはほとんど普通の薬草ばかりだ。それも一応依頼達成のために必要ではあったんだが、価値だけで言えば普通の薬草より霊草のほうが格段に高い。

 それだけ霊草ってのは稀少なんだが、まぁクロエもキュウもバンバン見つけるんだからな。俺も探知系の魔法くらい使えりゃよかったんだが。相変わらず魔法が使える気配はねぇ。

 戦う時は結局クロエの力でゴリ押しになってるしな。


「ま、泣き言言っててもしょうがない。今できないことはこれからできるようになればいいだけだ」


 そんな考えごとをしてる間にギルドに着いた俺は、そのまま中へと入る。

 その瞬間だった。ギルド中の視線が俺に突き刺さる。それは一瞬だったが、その視線には好奇や懐疑といった様々な感情が込められていた。

 はぁ、やっぱりこうなったか。朝は人が少なかったからよかったけど、やっぱりクロエは帰して正解だったな。

 こんな風な好奇に視線にさらされることになったのはここ最近のことだ。理由はもちろん前回の指名依頼を失敗したことにある。

 色々な情報規制がかけられ、無かったことになった依頼。だがそれは表向きの話。人の口に戸は立てられない。

 指名依頼が無かったことになった事実は風の噂として冒険者達の間に広まり、それは様々な憶測を生むことになった。その内容はどれもあまりいいものだとは言えない。

 まだD級冒険者なのに指名依頼を受けたことに対するやっかみなんかも含まれてるだろうが。クロエはともかく俺に対する罵詈雑言が酷かった。

 今もひそひそとなんか言ってるしな。

 言われ慣れてるってのもあるから特に気にすることはないんだが、クロエは違う。もし俺に対する罵詈雑言がクロエの耳に入ったら……想像するだけでゾッとする。

 前例もあるわけだからな。


「しばらくはなんとか言い訳してクロエをギルドに近づけないようにしないとな」


 だから最近はできるだけ人の少ない時間帯を狙ってギルドに来るようにしてるし、ロミナさんにもなんとなく配慮してもらってる。

 極力周囲の視線を気にしないようにしながら受付にいるロミナさんのところへ向かう。


「お疲れ様レイヴェル君。いっぱい集めてきたんだね」

「クロエとキュウがたくさん見つけてくれましたから。半分以上は霊草ですね」

「グリモアに行くためにお金がいるんだもんね。ごめんね、もっと良い依頼があればいいんだけど」

「そこは別に気にしてないんですけどね。この依頼でも十分以上には稼げてるでしょうし」

「確かに。これだけの量があったら査定は期待していいんじゃないかな。すぐに査定に回してもらうから待っててくれる?」

「どれくらいかかりますかね?」

「そうだね……三十分、くらいかな。もし何だったら別室を用意してもいいけど」

「……いえ、やめときます。そんなことしたらまた余計な噂が立ちそうですから」

「ごめんね。本当なら私たちがなんとかしないといけないんだけど」

「気にしないでください。どうせしばらくしたら消えるような噂でしょうから。それじゃあまだ後ろの人がいるんで行きます。終わったら教えてください」

「うん、また後でね」


 若干申し訳なさそうに笑うロミナさん。そんな顔されるとこっちまで申し訳ない気持ちになるんだが。

 とにかく、査定が終わるまで食堂のほうで待っとくとするか。


「おい『卑怯狐フォックス』」

「…………」

「てめぇに言ってんだよ。無視してんじゃねぇぞ!」


 粗野で荒っぽい声。顔を見なくても誰かわかる。

 俺は深くため息を吐きたくなる気持ちを抑えながら振り向いた。


「……サガン」

「サガンさんだろ! お前みたいな奴がサガンさんのこと呼び捨てにしてるんじゃねぇ!」

「ギルドマスターにお気に入りだからってあんまり調子に乗るなよ!」


 案の定と言うべきか、声をかけてきたのはサガン率いる三人組。『灰色鼠』ってチーム名だったはずだ。イージアにいる冒険者なら誰でも知ってるだろうな。

 もちろん悪名として、だが。前にクロエに絡んできた奴らでもある。

 あれ以来ちょっかいをかけられてなかったから大人しくなったかと思ってたんだが、そんなわけなかったか。


「まぁ落ち着けお前ら。俺様は心が広いからな、後輩の失礼な態度も許してやるさ」

「「さすがサガンさんッス!」」

「……なんの用だよ」

「そう邪険にすんなよ。俺ら同じギルドで働く仲間じゃねぇか。仲良くしようぜ、な?」


 馴れ馴れしく肩を組んでくるサガンの腕を振り払う。正直こいつらと仲良くしたくはない。

 だが、さすがに今の態度は癪だったのか、サガンがドスのきいた低い声で言う。


「仲良くしようって言ってるだけじゃねぇか。あんまり邪険にされちまうと……プッツンしちまうかもなぁ」

「…………」


 肩に置かれた手に力が入る。指が食い込んでくるほどに。


「だから、何の用だってきいてるだろ」

「別に大した用じゃねぇんだがな。いつも一緒のお仲間が今日はいねぇからどうしたんだって思っただけだ」


 クロエのことか。前にちょっとしたいざこざはあったみたいだからな。そのわだかまりは確実にあるだろうな。


「もしかしてもう捨てられちまったのか? 人に取り入るのが得意な『卑怯狐フォックス』でも、さすがに愛想が尽かされたってか?」

「キャハハハハハッ! そりゃ言えてますねサガンさん。こんな奴仲間にしてたら命がいくらあっても足りねぇですから、捨てられて当然でしょうよ!」

「今日も薬草採取に言ってたらしいじゃねぇか。あんなド素人が受けるような依頼しか受けれねぇなんて、惨めだなぁおい」

「…………」

「どうした? びびって何も言い返せねぇってか? それとも誰かに助けてもらおうとか考えてんじゃねぇだろうな。だが残念だったな。今日はお前を助けてくれる奴は誰もいねぇよ!」


 なるほど。こいつらストレスのはけ口を探してたってことか。鎧の傷つき方と受けてる傷の具合からわかる。おおかた無茶な依頼受けて失敗して帰ってきたんだろう。

 そんな時にいたぶれそうな相手を見つけたからこれ幸いと声をかけてきたわけだ。

 どうする。クロエの力を使えば訳ないが……さすがにここでそんなことはできない。他の人にも迷惑だからな。

 だからって無視しても後が面倒なことになりそうだし。


「ちょっと、そこをどいてくださる! わたくしの行く道を塞ぐなんてどういう了見ですの! 邪魔ですわ!」

「え?」


 声をかけてきたのは小柄な、おそらく少女。おそらく、というのはフードを被っていて姿がはっきりと見えないからだ。

 ただ声的に女の子だと思っただけだ。

 だがサガンはいい気分で俺のことを貶してたところに邪魔が入ったことに腹を立てたのか、その子の前に立った。

 その身長差はすさまじい。四十センチ以上差があるんじゃないかってくらいだ。


「あ? てめぇこそ誰だよ。俺のこと知ってんのか?」

「『スターズ』」

「ガキだからって知らなかったじゃ――ぶぅげらっ!?」

「「サ、サガンさん!!」」


 女の子の手のひらから何かが放たれ、サガンの体がいとも簡単に吹き飛ぶ。

 もんどりを打って飛んでいったサガンを腰巾着の二人も慌てて追っていった。


「邪魔だ、と言ったのがわからないのかしら。だから人族は嫌いなのよ。ふんっ」

「えっと、君は……」

「なんですの? あなたもわたくしの邪魔をするのかしら」

「いや、そんなつもりはない。悪かった。確かにここは往来の邪魔だな。すぐにどくよ」

「あら、いい心がけですわ。最初からそうして居ればいいのです」


 尊大な態度で再び歩きだしたその子は――。


「ぷぎゃっ」


 目の前で盛大に転んだ。服の裾の部分を踏んで、それはもう思いっきり転んだ。

 なんとも言えない空気が流れる。


「い、痛いですわ……」

「お、おい大丈夫か?」

「あ、ありがとうございますわ……」


 差し出した俺の手を取って立ち上がる。その拍子に被っていたフードがずれて顔があらわになった。

 その顔を見て俺は思わず目を見開いた。


「あ……」


 透き通るような白い肌に、屋内であっても輝きを放つ金髪と、宝石よりもなおきれいなサファイアの瞳。そして尖った長い耳。

 その特徴を持つ種族を俺は知っていた。


「エルフ……」

 

 滅多に他種族の前に姿を現さない、エルフ族の少女がそこにいた。

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