第216話 笑顔が好き

「いやぁ、めちゃくちゃ面白かったね!!」


 一時間ちょっとくらいのサーカスを見た後、オレは興奮しきっていた。

 正直ちょっと舐めてた。この世界のサーカスがどんなことやるかっていうのはなんとなく知ってたけど、実物は聞いていた以上だ。

 身体能力や魔力にものを言わせたようなものじゃない。あれは業だ。ちゃんと練習し、鍛え上げたからこそたどり着ける領域。

 まさかここまでのことができるなんて……感動だ。


「あははっ♪ お姉さんめちゃくちゃテンション高いね」

「そりゃテンション上がるよ。あんなの直接見たら誰だってテンション上がるでしょ」


 ただ見せるじゃなくて、魅せるって言葉の意味を初めて理解したかもしれない。成功するか失敗するかわからないことへの挑戦。そのドキドキが人を魅了するのかもしれない。

 途中で見たナイフ投げなんてまさに神業だったしなぁ。自分に向かってナイフが飛んでくるのに微動だにしないなんて、よっぽどの信頼関係がないと無理だ。

 それに笑いもあった。ピエロみたいなメイクをした人が出てきて、わざと失敗する場面なんかはすごく面白かった。その後しっかり成功させるところも含めて。

 笑いあり、ドキドキあり、かなり満足な内容だった。

 これならレイヴェルとコメットちゃんも連れてくれば良かった。この感動、是非一緒に味わいたかったなぁ。


「コメットちゃんも楽しかったでしょ?」

「えぇ、もちろんですわ! もう最初から最後までドキドキしっぱなしで。こんな芸術があるのかと思い知らされましたわ。わたくしの国にはこういったものはありませんから」

「まぁ確かに。長老さん達はこういうの嫌いそうだし。もったいないよねぇ」

「そうですわね」

「二人も楽しめた?」

「うん! もちろん! みんないい笑顔だったよねぇ、歓声に笑顔、あたしまで嬉しくなっちゃった」

「サーカスじゃなくてそっちなんだ……」

「もちろんサーカスも楽しんだよ。ねぇクラン」

「……うん、そうだね」


 えっと、ワンドちゃんの方はともかくクランちゃんは楽しんだって顔じゃないんだけど。

 サーカスの間も結局ほとんど表情動いて無かったし。でも真剣に見てはいたのかな。たぶんだけど。


「クランも楽しかったって」

「え、それで? あ、ごめん」

「……別にいい。気にしてない」


 この子ずっと同じテンションだし。暗いというか……ホントに楽しんでたんだよね?


「なに?」

「えーと……クランちゃんは好きなとことかあった?」

「……ちゃんはいらない。クランでいい」

「そっか。じゃあクランって呼ばせてもらうね」

「好きにすればいい」

「それで改めて聞くけど、どこが楽しかった? 私はあのピエロが出てきたところが結構楽しかったんだけど」

「……わたしも同じ。あの道化師が出てきたところが一番興味深かった。彼は確かに笑顔を生んでいたから」

「? う、うん。そうだね。あの場面はすごく面白かったけど」


 なんか微妙に言い方に引っかかりがあったんだけど。まぁいいか。


「二人はこれからどうするの?」

「んー、あたし達は食堂の方に行こうかなって。サーカスで興奮してお腹すいちゃったから。色々いっぱい食べたいんだよね」

「確かにもういい時間だもんね」

「もし良かったら一緒に行く? せっかくお友達になれたんだし」

「あはは、お誘いはありがたいんだけど、部屋で待ってる人達がいるから。ごめんね」

「そっか。それじゃあ仕方ないね。残念だけど」

「うん、でも同じ飛行船に乗ってるわけだし、また会うかもね」

「だね。コメットちゃんも、次に会うときまでにちゃんと笑顔の練習しといてね」

「む、余計なお世話ですわ!」

「あははっ、それじゃあまたねー、二人とも。彼にもよろしく♪」

「うん……って、え?」


 振り返ったそこに彼女達の姿は無かった。もう人混みに紛れて食堂の方に行ったんだろう。

 でも、今ワンドちゃん確かに……。


「彼、って言ったよね。私、レイヴェルのことなんて話してないはずなんだけど……」

「どうしましたのクロエ様」

「……ううん、なんでもない。すぐ行く」


 ワンドちゃんにクランか……。

 なんか不思議な感じの二人だったけど。


「気にしすぎ……だよね?」


 




■□■□■□■□■□■□■□■□■□


〈ワンド視点〉


「あれがあの方の旧友なの?」


 お姉さん達と分かれた後、クランが急に切り出した。


「うん、だと思うよ。事前の情報と完全に一致するし。こっちのことは全然気づいてなさそうだったけど」


 ちょっと間抜けそうなとこがあるお姉さんだよねぇ。一緒に居た子の方はなんの情報ももらってないから知らないけど。

 お姉さんに関することだけは色々と聞いてる。

 この飛行船で会ったのはホントに偶然だし、驚きだけど。


「あれが……あの女があの方の……」


 あ、ダメだこりゃ。クランったらぶつぶつモードになっちゃった。

 こうなると長いんだよねぇ。クランはホントにあの人に心酔してるから。

 何がそんなにいいのかあたしにはわからないけど。

 まぁいいや、しばらくほっとこ。


「うーん、楽しかったなぁ♪」


 さっき見たサーカスを思い出す。

 あれはいいものだ。みんなに笑顔を与える。

 あたしは笑顔が一番好き。だってどんな表情よりも笑顔が一番綺麗だから。

 だから人が笑顔になれるものは全部好きだ。


「またやるみたいだし、時間があったらもう一回見に行こうかなぁ」


 この飛行船は笑顔で溢れてる。笑顔がいっぱいだとあたしもすごく気分がいい。


「あっ……っぅ、ぃたい……うわぁあああんっっ、ママー!!」


 っ、何もういきなり。人がせっかくいい気分なのに。

 不愉快な声の発生源は小さな子供だった。女の子みたいだ。

 あー、あれか。転んでぶつけて泣いちゃったって感じかな。

 泣き声ってほんっとに不愉快。あの声を聞くだけで気分が滅入りそうになる。

 ま、でも泣いてる子がいるなら笑顔にすればいいだけだよね。


「どーしたのボクちゃん」

「……ぅぇ? おねえちゃん、だぁれ?」

「あたしはワンドだよ」

「ワンド……おねえちゃん?」

「そうだねぇ。転んで足ぶつけちゃったの?」

「うん……」

「そっかぁ。痛かったね。でももう大丈夫。ほら、これ見て」


 あたしは子供に向けて手のひらを差しだす。その手を子供は不思議そうに見つめていた。


「こうやって力を入れると……ポンッ!」

「わぁっ、きれいなおはな!」

「すごいでしょ。あたしの特技なんだ」

「わぁっ、すごいすごい!」

「えへへ、でしょ?」


 よしよし、いい感じに痛みから意識が逸れたかな。

 見た感じ大きな怪我をしてるわけでもない。ただ転んで、びっくりして、泣いてるだけ。

 痛みから意識を逸らせばこの通りすぐに痛かったことを忘れる。

 ほんと子供って単純。でもいい笑顔。子供ってすぐに笑ってくれるから好き。

 やっぱり笑顔が大事だよね。


「もう大丈夫?」

「うんっ」

「いい子だねぇ♪ そんないい子の君にはー……これをあげちゃうっ♪」


 力を使って生み出した花冠を子供の頭に乗せる。


「これで君もお姫様、なんてね」

「うあぁ、おねえちゃん、ありがとー!」

「どういたしまして。もう転ばないようにね」

「うんっ!」


 立ち上がった子供はそのままさっさと走っていく。

 転ばないようにって言ったのに。まぁいいか。また転んで泣いてたら今度は……なんて、そんなこと考えなくていいか。


「……なにしてるの」

「あ、戻ってきた」

「戻って来たって、わたしはずっと居たけど」

「あははっ♪ こっちの話。それより早く食堂に行こ。あたし楽しみにしてたんだよねー、この飛行船のご飯」

「ご飯なんて食べれればなんでもいい……」

「そんなのじゃダメだって。おいしいご飯も笑顔のもとなんだからね♪」

 

 お姉さん達のことは今はいいかな。どうせまた会うことになるだろうし。

 その時は……。


「いーっぱい、いい笑顔見せてもらおうっと♪」

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