第21話 旅立ちの日

 家に帰った後、オレはかなり疲れてたのかすぐに寝ちゃってたらしい。

 気付いたらベッドの上で朝日が差し込んできていた。


「うー、もう朝か」


 体が重い。目蓋も重い。つまり何が言いたいのかといえば、二度寝がしたい。

 体が眠りを求めてるなら眠るべきだよね~。だって食欲、性欲、睡眠欲は三大欲求なわけだし。本能に逆らっちゃいけない。

 今日は仕事も休みだし、お昼までぐっすり寝よう。


「……ん? あれ。休み? って違うじゃん!」


 ベッドから跳ね起きる。

 そうだ。休みじゃない。昨日で仕事辞めたから仕事ないだけだ。


「二度寝なんてしてらんないって。早く家の中片付けないと」


 部屋の中に置いてある家具は元々この家にあったものだから。片付ける必要はないし。

 いつか出て行くつもりだったからそんなにいっぱい荷物があるわけでもない。

 まぁそれでも服とかあるんだけど。服はどうしよっかな……あ、そうだ。ロロちゃんにあげようかな。ロロちゃんのお母さんとオレって身長同じくらいだし。お姉ちゃんがいるって言ってたし。

 そうと決まれば持ってく服だけ選別して。後は部屋の中片付けて……あぁ、めっちゃ時間かかりそう。

 夕方までには終わらせないといけないから急がないと。


「でもその前に……朝ご飯かな。朝ご飯は一日の活力だし」


 眠気覚ましも兼ねて簡単に朝食を作って食べる。それからまずは部屋掃除だ。

 一年間お世話になった部屋だし、しっかり綺麗にして出ていかないとな。

 立つ鳥跡を濁さず……だっけ? 確かそんな言葉があったはず。

 まぁサイジさんは今はもう使ってない家だからそんなに気にしなくていいって言ってたけど。そういうわけにはいかないよな。


「よし、それじゃあ頑張りますか!」


 頬を叩いて気合いを入れる。

 王都での最後の一日。悔いを残さないように一生懸命頑張らないと。






□■□■□■□■□■□■□■□■


 そんなこんなで、部屋の掃除をして、ロロちゃんの家に行って服をあげたり、お世話になった人たちへの挨拶とかをしてたら気付いたら夕方近くなっていた。


「部屋は片付けたし、挨拶もした。荷物もまとめた。よし、これで大丈夫かな」


 もう部屋に中には家具以外残ってない。持って行けそうな物は持ったし、使えなさそうなものは全部近所の人に配っちゃったし。

 出て行くのが急な話だったからかなり質問攻めにされて大変だったなぁ。店の常連さんは何となく気付いてる感じだったけど……。


「それじゃあ……行こうかな」


 部屋の中をグルっと見回す。一年間過ごしたこの部屋。

 一日でまとめられるぐらいの量しか物持ってなかったんだなぁ、オレ。


「そう思うとちょっと悲しいかな」


 最後に部屋を一瞥だけして、オレは家を出る。

 そのまま向かうのは『黒剣亭』だ。王都を出て行く前に挨拶だけはしとかないとだし。

 街中はいまも祭りで賑わってる。って言っても、昨日がメインみたいなところあるし。今は最後の余韻を楽しんでるみたいな感じだけどさ。 

 家から店までの歩き慣れた道。それを歩くのも今日が最後だ。

 なんて、変な感傷に浸るつもりもないんだけどさ。だってこれが今生の別れってわけでもないし。


「そう。別れってわけでも……ないし」


 そして、気付いたらもう『黒剣亭』の前だった。


「あ、レイヴェル!」

「おう。もう来たのか」

「もう来たのかって、それはこっちの台詞だよ。早かったねレイヴェル」

「そりゃな。俺はそもそも荷物なんてそんなにあるわけじゃないし」

「そっか。それじゃあちょっとだけ待っててくれる? ちょこっとだけ挨拶してくるから」


 忙しい時間だろうし、さすがに長々とは話せない。

 でも、店のドアを開いた瞬間、全く予想もしてなかったことが起こった。


「「「「クロエちゃん、お疲れ様でしたーーーーっっ!!!」」」」


 鳴り響くクラッカーの音。

 店の中には、いつもの常連さん達の姿があった。近所の人たちも、ロロちゃん達の姿もある。


「……へ?」

「おいクロエ。なに固まってんだ」

「だ、だってこれ。えっと、どういう状況……ですか?」

「おいおい、水臭いぜクロエちゃん。俺達に何も言わずに行っちまおうとするなんてよ」

「そうだぜクロエちゃん。俺達にも見送りくらいさせてくれよ」

「みなさん……」

「クロエが辞めるって話を聞きつけてな。こいつら全員来やがった」

「おう、そうだぜ! ついでに、クロエちゃんを連れてこうっていう不届きものの面を拝んでやろうと思ってな!」

「うっ!」


 全員の殺気だった視線が一斉にレイヴェルの方を向く。

 

「ちょ、ちょっとみなさん落ち着いてください。なんでレイヴェルのこと睨むんですか!」

「そりゃだってなぁ。これはそう、言うなら推しのアイドルが見ず知らずの男に連れていかれそうになってんだからなぁ。文句の一つや二つ言いたくなるってもんよ。いや、むしろ一発殴らせろって話だ」


 ゴーズさんの言葉にその場にいた全員が大きく頷いてる。

 マジか。いや、てかオレアイドルじゃないし!

 っていうか、もしそう思われてたんだとしても。オレを責めるのは筋であって、レイヴェルを責めるのは違うだろ!


「文句なら全部私が聞きますから、レイヴェルには文句言わないでください!」


 レイヴェルの事を庇うようにその前に立つ。

 文句なら受けて立つぞ。むん!


「……ぷっ、あはははははは!」

「な、何がおかしいんですか」

「おいクロエ。こいつらが本気だと思ったのか?」

「え、ち、違うんですか?」

「当たり前だ。こいつらがお前の旅立ちに水差すようなことするわけないだろ」

「そーそー。あたしらちょっとからかいたくなっただけなのよー」

「いや、俺は案外本気で——ぶべらっ!」

「あんたは黙ってなさい」


 奥さんに殴り倒されるゴーズさん。急所に一撃、あれはクリティカルヒットだ。


「え、それじゃあみなさん……」

「ま、クロエちゃんを連れてく男に興味あったのは事実だけどね。今日は最後にお祝いの言葉をね」

「そういうことだ。まぁ、最後なんだ。ちょっとくらいこいつらに付き合ってやってくれ」

「…………」


 みんなが、オレのために?


「ちょっと、ちょっと、まだ何も言ってないのに泣かないでよクロエちゃん」

「な、泣いてません。これは、その……目にゴミが入っちゃっただけです」

「そう。ならそういうことにしておいてあげる。ほらみんな、あんまり時間を取ってもクロエちゃん達に迷惑だから、手短に、一言ずつだけね」

「「おぉーーーー!!」」

「え、ちょっとみなさん。そんな急には……」


 奥さんの言葉を合図にジリジリとにじり寄って来る常連さん達。

 そのあまりの圧にオレは思わず後退る。


「レ、レイヴェル……」

「あー、まぁなんだ。最後なんだし……諦めろ」

「裏切り者ーーーーっっ!!」


 その後、オレが大変な目にあったことは言うまでもない。

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