第22話 別れ、そして出発
〈レイヴェル視点〉
クロエが常連客達にもみくちゃにされるのを俺は入り口の所から黙って見てた。
「泣かないとか言っときながら、あいつもう半泣きじゃねーか」
本人に自覚があるのかないのか。あっても認めようとはしないだろうけど、クロエは泣いてた。
クロエだけじゃない。常連客たちの中にも泣いてる人がいる。
ただ一人従業員が辞めて旅立つだけってわけじゃないんだろうな。それだけクロエがこの店に必要とされてたってことだ。
少し前にクロエと出会ったばかりの俺にはクロエと常連客達の間に何があったかなんてわからないけどな。
少なくとも、俺には一年でここまで好かれるなんてことはできそうにもないことは確かだ。
そんなクロエを連れてこうってんだから一発殴られても文句は言えないのかもな。
さて、あの分じゃまだ時間かかりそうだけど……ん?
「……少し、いいですか」
「お前、確か……」
「アルトです。アルト・ウェルナー。ここの店主の息子です」
そうだ。確かクロエと会った日にも隣にいたイケメンの奴だ。最初はクロエの彼氏かと思ってたんだけど、違うかったんだよな。
っていうか、そんな奴が俺になんの用だよ。まぁ、なんとなくわかるけどさ。
「えーと、俺は——」
「レイヴェル・アークナー。ですよね。クロエさんから聞きました」
「あー、そう。それで、俺に何の用だよ。クロエがいるのはあっちだぞ」
「わかってます。僕はあなたに用があって声をかけました」
だよなー。絶対そう来るよな。わかってたことだけど。
こいつもクロエのことが好きな奴なんだろうが、こいつの場合は好きの意味が他の人とは少し違う。
こいつがクロエに向ける好きは、異性としての好きだ。
気付いてないのはクロエくらいだろう。少し見てたらわかるしな。俺でも気付くくらいなんだから。
そんなクロエに恋する少年が俺に声を掛けて来た。なんかもう嫌な予感しかしない。
「えーと。それで、ウェルナー君は俺に何の用が?」
「アルトで構いません。僕の方が年下ですし」
「それじゃあそう呼ばせてもらうけど」
「僕が言いたいのはただ一つだけです。僕は……あなたのことが嫌いです」
おぉ、ずいぶん直球で来たな。なんか言われるのはわかってたけどまさかドストレートに嫌いと言われるとは。
でも、そう言いたくなるアルトの気持ちはわかる。いきなりポッと出の、俺みたいな奴に好きな人が連れていかれようとしてるんだから。
これで俺がめちゃめちゃイケメンで、金持ちで、実力もあるとかなら……いや、それでも納得できないか。
それでも納得できないのに俺じゃあな。
俺だって嫌だ。自分の好きな人が、いきなり現れた目つき悪い男に連れて行かれるとか最悪過ぎる。
だから、アルトの気持ちは正直めっちゃ理解できるんだけど……じゃあやっぱり無しにしようってわけにもいかない。
それはなによりクロエの意思を無視することで、クロエが俺を選んだっていうなら、俺にはそれに応える義務がある。
だってそうだろ。クロエがいなけりゃ俺は死んでたかもしれないんだから。
だからつまり何が言いたいのかっていうと。
俺はアルトの言うことを全部甘んじて受け入れなきゃいけないってことだ。
「怒らないんですね」
「まぁ、なんとなくそうだろうなって思ってたからな。そう言われることくらいは覚悟してたし、何なら殴られる覚悟もしてる」
「そんなことしませんよ。そんなことしたらクロエさんに怒られそうですし」
「いや、そんなことくらいで怒ったりは……いや、するか。しそうだな。あいつは」
「だから、クロエさんに怒られるようなことはしません。嫌われたくないですから」
「それで、嫌いって言うためだけに俺のところに来たのか?」
「それだけなら僕、ただの嫌な奴じゃないですか。これは宣戦布告です」
「宣戦布告?」
「僕は、諦めません。たとえクロエさんの気持ちが、今はあなたに向いてたんだとしても。いつかきっと必ず振り返らせてみせます」
決意を秘めた瞳で俺のことを見るアルト。
まっすぐだな。羨ましいくらいに。そんだけ本気ってことか。
俺とクロエは別に恋人同士ってわけじゃないんだけど。今じゃある意味それ以上に深い繋がりがあるのかもしれない。魔剣とその契約者だからな。
だったら俺がここでこいつに言うべきことはただ一つだ。恋敵っぽくやってやろうじゃないか。
「できるもんならやってみろ」
「えぇ、やってみせますよ」
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〈クロエ視点〉
「ぷはっ、も、もう! みんな落ち着いてください!」
もみくちゃにされた現状からなんとか抜け出してオレはみんなのことを一喝する。
いくら最後だからってこんなにもみくちゃにされちゃたまったもんじゃない。
まぁ、そりゃみんなの気持ちは嬉しいんだけどさ。加減ってもんがあるでしょ普通。
「あははっ、悪いねクロエちゃん。みんな最後だから惜しんでんのさ」
「それは嬉しいんですけど……」
っていうか、オレがこんだけ苦しんでるんだからレイヴェルも傍観してないで助けてくれたって……って、ん?
なんでレイヴェルとアルト君が話してるんだろ。あの二人そんなに関りなかったと思うんだけど。
うーん……気になるし、行ってみようかな。
「できるもんならやってみろ」
「えぇ、やってみせますよ」
「何をやってみせるの?」
「「っ!」」
オレが声を掛けると二人ともギョッとした表情でオレのことを見る。
なんか変なこと言ったかな?
「ク、クロエには関係の無い話だから気にすんなよ」
「そ、そうですね。今はまだ……」
「そんなこと言われたら余計に気になるよ。教えて! ね、お願い!」
「それはさすがに……」
「これは男同士の話だからな。お前に言うような話じゃないんだよ」
「むー」
男同士の話だとぉ。それならなおのこと話してくれたっていいだろ。
オレだって気持ち的にはまだ男なんだし。まぁ言ってもしょうがないことだけどさ。
「クロエさん」
「ん? どうしたの」
「その……今はまだ無理ですけど。いつか必ず。絶対に伝えますから」
「……? うん」
なんの話だろ。
やたら真面目な表情だから聞き返せなかったけど。
あ、もしかして今のレイヴェルとの内緒話の内容を教えてくれるのか?
別にそこまで気になってるかって言われると、そうでもないから別にいいんだけど。
ま、いっか。
「わかった、待ってるね」
「はい! いつかきっとです」
「はぁ、やっぱりこいつ絶対何もわかってねぇ」
「レイヴェル、何か言った?」
「もうそろそろ出ないと時間的に厳しくなるぞって言っただけだ」
「え、あ! もうこんな時間!」
軽く挨拶だけして終わるつもりだったのに。まさかみんながいるだなんて思わなかったからな。
「もう行っちゃうのかい」
「はい。これ以上遅くなっちゃうと馬車とかが混んできちゃいますから」
「そうだな。そろそろそう言う時間だ。ほら、お前らもいつまでも悲しがってんじゃねーよ」
「何よサイジさん、あんただってホントは寂しいくせに」
「そんなことねーよ。それよりほら、餞別だ。二人分作ってあるから、夜ご飯にでも食え」
「サイジさん……いいんですか?」
「いらねぇってなら——」
「いります! 絶対いります!」
差し出された弁当を慌てて受け取る。
これがあるのとないのじゃオレの移動中のテンションがだいぶ変わる。
「もう行っちゃうんだね。それじゃあクロエちゃん、元気でね」
「ちくしょう、やっぱ行っちまうのか……寂しくなるなぁ」
「王都出ても元気でな。いつでも帰って来てくれて構わないぜ」
「お姉ちゃん、今度は一緒に花冠作ろうね!!」
「……クロエさん、お元気で」
「達者でな……風邪ひくなよ」
みんなが口々に言葉をくれる。
笑顔で送り出してくれる。
きっとオレはすごく恵まれてるんだろう。
だからオレも……ちゃんと伝えないといけないんだ。
「その……王都に来たばっかりの頃は右も左もわからなくて。でもサイジさんとかアルト君とか、みんなが助けてくれたおかげで一年間楽しく過ごせたんです。大変なことも多かったですけど、それでも、この一年のこと……絶対忘れません。なんて、これが今生の別れってわけでもないんですけど。もしまた王都に来ることがあったら、その時は必ずこの『黒剣亭』に来ます。約束です。それじゃあみなさん、今までありがとうございました! また、いつか!」
そんな感動的なことを言ったつもりは無かったんだけど、ゴーズさんとか、奥さんとか、他にも何人か泣いてる人がいた。
みんな涙もろいんだな。まぁ、オレも人のことは言えないのかもしれないけど……。
みんなに見送られて、オレとレイヴェルは店を出る。
「もういいのか?」
「うん。だってもう言うべきことは言ったし。寂しいけど、迷いはないよ。これからは、レイヴェルのいる場所が私のいる場所になるから」
「……わかった。それじゃあ行くか。俺が本拠地にしてる都市、イージアに!」
人生は出会いと別れでできている。
いつだったか、誰かがそんなことを言ってたのを覚えてる。
ならこれは一つの別れなんだろう。でも、別れがあるなら出会いもあるんだ。
これから行く先でどんな出会いがあるのか。
そのことに期待を膨らませながら、オレはレイヴェルと一緒にイージアへ向けて出発した。
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