第二章 竜人族の里編
第23話 寝台特急ならぬ寝台馬車
この世界には寝台特急ならぬ寝台馬車が存在する。
馬車って言っても馬が引いてるわけじゃないんだけどさ。馬型の魔物が引いてる馬車だ。
バヤール……だっけ? なんでも乗ってる人の数で大きさがちょっと変わったりするらしいんだけど。チラッと見せてもらったけど可愛かったなぁ。
頭撫でさせてくれたし。
かなり温厚な魔物らしくて。だから頭を触ったりしても大丈夫なんだって。
でも力はちゃんとあるらしい。聞くところによると、三日三晩程度なら全く休み無しでも馬車を引けるんだとか。
普通にすごいよな。
オレがなんかんだ色々してるうちにレイヴェルが予約しといてくれたらしい。
「さっきの馬、可愛かったねぇ」
「馬じゃなくて魔物だけどな。っていうかあれが可愛いのか?」
「可愛かったよ。結構つぶらな目をしてたし。撫でさせてくれたし」
「あれホントはありえないらしいぞ」
「そうなの?」
「あぁ。バヤールは主人と認めないと触らせてくれないらしい」
「え、それじゃあ私があのバヤールの新しい主人? えー、どうしよ。馬なんて飼ったことないしなぁ」
「おいおい」
「ふふ、冗談だよ冗談。きっと機嫌が良かっただけだよ」
「どっちかっていうと、お前の力を怖がったって感じだと思うけどな」
「ん?」
「なんでもねーよ。それより早く寝とけよ」
「うん、それはわかってるんだけどさ。ちょっとテンション上がっちゃって。王都から出るのも一年ぶりだし」
王都についてからはずっと王都にいたからなぁ。
ちょっとテンション高めだ。寝台馬車に乗るのも初めてだし。
あるのは知ってたんだけど、旅してる間は乗る機会が無かったんだよねぇ。主に先輩のせいで。
馬車とは言うけど中はかなり広い。ベッドもあるし。ソファもあるし。普通にホテルの一室って感じだ。
「ねぇレイヴェル。もしかしてこの馬車って案外高かったりする?」
「なんだよ急に」
「いやだって、この馬車って私達を含めて三組しか乗れないわけでしょ。いっぱい乗れるならまだしも、そんな少人数しか乗れないんじゃ割高になるんじゃないかなーって。祭りの期間でもあったし」
オレ達が乗ってる馬車の後ろに二つ、同じよう馬車がくっついてる。つまり三組しか乗れないわけだ。そういうのは高いって相場が決まってる。
「あぁ。そういうことか。まぁ確かに普通に馬車に乗るよりは高いだろうけど。金貨四枚ぐらいだ」
「それって二人で金貨四枚?」
「そうだけど」
金貨四枚……金貨一枚が約一万円くらいだから四万円。二人でって話なら一人当たり二万円。
リオラからイージアまでが、チラッと確認した地図ではちょうど東京~大阪くらいの距離。つまり大体五百キロくらい?
それよりちょっと短いくらいかな。
んで、東京から大阪までバスなら二千円とかそれくらいで、新幹線でも一万五千円とかそれくらい? だったはず。
もう百年以上前の記憶だからちょっとあやふやだけど……そんな感じだったはずだ。
そう考えたら……やっぱりちょっと高くない? いや、インフラの整ってる元の世界とこの世界を比べちゃダメなんだけどさ。
魔物に襲われる危険とか考えたらこっちの世界は向こうの比じゃないし。
それも加味したら妥当……妥当なのかな。
「まぁいっか。細かいことは。それよりも休むっていうならレイヴェルも休まないと。着くのは明日の朝なんでしょ」
「そうなんだけどな……でもこの部屋、ベッドが一つしかないだろ」
「うん。そうだけどそれがどうかしたの?」
「いやだから! 一つしかないんだぞ!」
ベッドが一つしかないことの何が問題だって……あ。
気付いた。気付いちゃった。あー、なるほど。そういうことか。
ヤバイ。ってかそうじゃん。この部屋の中にいるのはオレとレイヴェルだけなわけで。
「そ、そういうことね。あー、うん、レイヴェルの言いたいことはなんとなく理解したかも」
「わかってくれたか」
「で、でもそうなるとレイヴェルどうするの? あ、そうだ。私がソファで寝よっか」
「いやいいって。クロエがベッド使え。俺はソファでいいから」
「ダメだよ! そういうのはダメ。私とレイヴェルは相棒同士、対等な関係なんだから。私だけベッド使うなんてダメ。レイヴェルが良くても私が認めない」
「いやでもどうするってんだよ。まさか二人でベッド使うってわけにもいかないだろ!」
「うぅ、いや、でも……」
部屋にベッドは一つだけ。でもだからってレイヴェルをソファで寝させるのは無し。そういうのはなんか嫌だ。
でも逆も同じで、レイヴェルはオレがソファで寝るの嫌がりそうだし。
いや、解決自体は簡単なんだけど、それを受け入れるだけの心の準備ができてないっていうか。
んー……えぇい!! 男は度胸! こんなことでビビッててこの先どうする!
「レ、レイヴェル!」
「お、おう。なんだよ急に大声だして」
「そのまさかでいこう!」
「……は?」
それからだいたい一時間後、サイジさんから貰った弁当を食べて寝間着に着替えたオレはベッドで寝ころんでた。
そして、オレの隣にはレイヴェルの姿もある。
「…………」
「…………」
あぁ、ヤバイ。沈黙がエグイ。
部屋の明かりももう消してるから、あとは寝るだけなんだけど……。
こんなん寝れるか!!
寝台馬車のベッドは一人で寝るには十分な大きさだけど、二人で使うにはちょっと狭い。つまり、レイヴェルの体の温かさを感じるくらいの距離にいるんだけど……意識したら恥ずかしくなってきた。
こういう時って寝ようとすればするほど寝れないんだよなー。
あー、心臓がめっちゃバクバクしてる。
「……なぁクロエ、起きてるか?」
「ひゃいっ!」
「なんだよその声」
「ご、ごめん。ちょっとびっくりしちゃって」
「悪い悪い。なんか寝れなくてよ。さすがにこういう状況は初めてだしな」
「私だって初めてだけど……それで、どうかしたの?」
「ちょっと聞きたいことがあったんだよ」
「聞きたいこと?」
「クロエは契約者を探してたんだよな」
「え、うん。そうだね。私の場合は見つかればいいなぁくらいの感じだったけど。ずっと探してたよ。王都に来る前……旅してた時からずっとね」
「その度の話もまぁ気になるけど……どうしてクロエは契約者を探してたんだ? 別に契約者がいなくても生きてはいけるんだろ」
「あぁそっか。レイヴェルは魔剣のことってどれくらい知ってる?」
「そうだな、すごい剣だってことくらいか? それ以上のことはほとんど知らないな」
「やっぱりそうだよね。魔剣って有名だけど、その実魔剣について知ってる人ってほとんどいないんだよ。魔剣使いはその絶対数からして少ないし」
「まぁ確かにな。俺も魔剣使いなんて会ったことないしな」
「今はレイヴェルがその魔剣使いだけどね」
「はは、確かにそうだ」
「それで、レイヴェルの質問の答えだったね。私が契約者を探してた理由。これは魔剣なら誰でも一緒だと思うよ。私達魔剣は……一人じゃ完成できないから」
「完成できない?」
「こうして人の姿になれても、人の世に紛れ込むことができても。魔剣は結局、武器でしかない。そして武器は振るわれることに意味がある。だから……契約者のいない魔剣は常に求めてるの。自分に足りない者。すなわち、契約者となれる人のことを。まぁだから……簡単に言うと魔剣としての本能が契約者を探させるって感じかな」
そう、これは言ってしまえば本能みたいなもんだ。
人が、動物が子孫を残すために番いを探すように。魔剣は使われるために契約者を探す。
元人のオレにもこの魔剣としての本能はしっかりあったわけだ。まぁ、他の魔剣に比べたらマシだと思うけど。
昔会った魔剣は契約者を見つけるために一国を支配していた。
さすがにそこまでしようとは思わない。オレはせいぜい見つかればいいなぁってくらいだったから。
だからまぁレイヴェルと会えたのは本当に幸運だった。もしかしたら……これが運命ってものなのかもしれない。
ちょっと恥ずかしいけど。
「契約者に会えないまま、狂ってしまう魔剣もいる。だから私がレイヴェルと会えたのは……本当に幸運なことなんだよ」
「……なんかそうストレートに言われると恥ずいな」
「恥ずかしがらないでよ。私だって結構恥ずかしいんだからさ」
自分の思ってることを素直に言葉にするのはやっぱり恥ずかしい。
でも嘘を吐くようなことでもないし。何より、レイヴェルには本当に感謝してるんだってことを知って欲しかったから。
なんだろ。話してたらちょっと気持ち落ち着いてきた。
「……クロエ?」
「…………」
「寝てんのか。まぁしょうがないか。疲れんだろうしな……お休み、クロエ」
そんなレイヴェルの言葉をうっすら最後に聞いた気がして。
気付いたらオレは眠りに落ちてた。
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