第24話 泥棒剣

 翌朝。

 僅かな揺れを感じながらオレは目を覚ました。


「ん……」


 眠い……まだもうちょい寝たい。

 ……なんでここ揺れてんの? 地震? いやでもこの世界に来てから地震なんて滅多に経験してない……地震起こす魔物とかいたけど。

 でもここ王都だし、そんな魔物なんて……王都?

 あれ、なんか忘れてる気が……。

 目を開ける。レイヴェルがいた。

 目を閉じる。……? なんか今見えた気がするけど……気のせいだよな。

 目を開ける。やっぱりレイヴェルがいる。

 頬を抓る。痛い。つまり、これは……。


「げん……げんじ……ひ……ひぁあああああああああああああああっっ!!!」

「な、なんだ!? 魔物でも出たのか!?」


 王都を出て初めての朝は、オレの悲鳴で始まりを告げたのだった。






□■□■□■□■□■□■□■□■



「……ごめんなさい」


 第一声は謝罪。

 いや、だってさ。謝ることしかできないじゃん。

 こんな朝っぱらから生娘みたいな悲鳴上げちゃってさ。いや、生娘なんだけどね。

 あぁヤバイ。恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。


「まぁ他の客も怒ってなかったしいいんじゃないのか?」

「それは確かに良かったんだけどぉ。いやでもそういう問題じゃないんだよぉ……」


 オレの悲鳴で寝台馬車は一時停止してしまって。オレ達の後ろに乗ってた他の二組のお客さん達も何事かって起きてしまったくらいだ。

 まぁ優しい人たちだったから笑って許してくれたけどさ。でもオレとレイヴェルのこと見てニヤニヤしてたのは……たぶんなんか勘違いされてそうだよなぁ。

 はぁ……ホントに自分で自分が情けない。

 昨日の夜に自分から一緒のベッドで寝ようって言っときながら、爆睡してそのこと忘れて悲鳴上げるなんて。

 マジであり得ない。これからレイヴェルと一緒にいたら同じ部屋になったり、みたいなことは何度もあるかもしれないし……よし!


「もう終わったことだから気にすんなって。それにどうせ起きなきゃいけない時間だったし——」

「決めた!」

「な……って、決めた? 決めたって何を?」

「練習する。朝目の前にレイヴェルの顔があってもビックリしないようにする練習を」

「は? いや、どうやって?」

「これからしばらく、私が慣れるまでレイヴェルと一緒に寝る」

「はぁ!? おま、お前本気で言ってんのか!?」

「もちろん本気だよ」

「いやいやいや! お前が本気でもオレが無理なんだが!」

「なんで? 一緒に寝るだけだよ」

「だけじゃねーからな! なし、とにかく絶対無しだからな!」

「むぅ……」


 今後のために絶対必要だと思ったのに。

 こうなったら夜にレイヴェルの部屋に忍び込む?

 うん、それもありな気がする。


「お前……俺のベッドに忍び込もうとか考えてないだろうな」

「っ! か、考えてないよぉ」

「嘘だな。宿の部屋には入れないようにするからな」

「えぇ!? そんなの卑怯だよ!」

「卑怯じゃねーよ! あぁもう、とにかく入るのは無しだ。いいな」

「……はぁい」

「ったく、なんで俺がこんな注意をしなきゃなんねーんだ」


 ぶつくさと文句を言いながらレイヴェルが部屋の隅に立てかけてあった剣を手に取る。

 ん? 剣を?


「ねぇレイヴェル。何してるの?」

「ん? 何って、剣の整備だけど。オーガと戦った時に使ってたのは壊れたけど、一応予備があったからな。点検してるんだ」

「いやいやいや、ダメだよ」

「ダメって、何が?」

「え、わからないの?」

「あぁ」


 マジか……いやマジだ。こいつホントにわかってないのか。

 怒りに震えそうになる気持ちをグッと堪える。

 ま、まぁそりゃそうだよな。レイヴェルはまだ魔剣使いになったばっかりだし。

 だからその自覚が足りてないのかもしれない。足りてないのかもしれないけど……だからってこれは見逃せることじゃない!!

 ここは冷静に、冷静に理由を……やっぱ無理!


「レイヴェルの浮気者! まさかたった一日で浮気されるなんて思ってもみなかったよ!」

「はぁ!? 浮気者ってなんだよ! いきなりわけわからんこと言うな!」

「わけわかんなくないでしょ! 私っていう魔剣がありながら他の剣に現を抜かすなんて!」

「だからどういう意味だよそれはぁあああああっっ!!」


 オレの叫びとレイヴェルの叫びが部屋の中に響き渡る。

 こいつ、ここまで言ってもわからないのか。

 仕方ない……こうなったらちゃんと理解できるようにきっちり、時間をかけて説明してやる!


「正座」

「は?」

「いいから正座! 今すぐ、ナウに、速攻に!」 

「は、はい!」


 オレの剣幕に押されたのか、レイヴェルが姿勢を正してオレの前に正座する。

 まぁ、オレは心優しい魔剣少女だからな。一回の過ちは許してあげよう。一回はな!


「いいですかレイヴェル。あなたは魔剣使いです。この意味をちゃんと理解しなければいけません」

「お、おう。まぁ確かに魔剣使いにはなったけど。意味ってなんだよ」

「簡単な話だよ。魔剣使いたるもの、他の武器に現を抜かすべからず! つまり、私がいるのに他の剣を使おうだなんて裏切りだよ! まぁだレイヴェルは魔剣使いになったばっかりだから理解できてないのかもしれないけどさ」

「お、おう」


 まだ理解しきれてないって表情。

 仕方ないこういうのはわかりやすい例をあげてやろう。


「いいですかレイヴェル。あなたのしたことを人間で例えるならば、嫁がいるのに嫁の目の前で愛人とイチャついて、しかもそれを反省してない……みたいなことなんですよ」

「いや愛人って、ただの剣なんだが」

「肉体関係だけらいいとでも!?」

「肉体関係言うな! つまり何か? クロエがいるのに他の武器使うなってことか?」

「イエス、その通り。だって私魔剣だよ? 最強の武器だよ。そんなポッと出のおんななんかよりずっと強いんだから。だからレイヴェルは私だけ使えばいいの。他の武器なんてこれから先、一生、必要ないから!」


 これだけは魔剣として譲れない点だ。

 先輩もあの人が他の武器使おうとすると烈火のごとく怒ってたし。あの時はわからなかったけど、今なら先輩の気持ちがわかる。

 これは確かにめっちゃムカつく。今まで誰がどんな武器使ってても気にならなかったけど、レイヴェルが他の剣を持ってるの見た瞬間にめちゃめちゃムカムカした。

 他の魔剣もたぶんオレとおんなじだと思う。

 レイヴェルがどんな女とイチャついても気にしない自信はあるけど、他の武器使われるのだけは我慢ならない。


「……魔剣使いって難しいんだな」

「別に難しくないよ。ただ私だけを使い続ければいいって話なんだから」

「まぁそうなんだけどな……うーん、魔剣ってみんなこうなのか? それともクロエが特別なのか?」

「私だけじゃないよ思うよ。今回は許してあげるけど、次からは気をつけてね」

「とりあえずわかった」

「とりあえずじゃ嫌なんだけど……まぁいっか。それじゃあさっきの剣渡して」

「? これか」

「この泥棒猫ならぬ泥棒剣め……破壊っ!」

「あぁ! おま、お前いきなり何を!」

「壊しただけだけど。だっていらないでしょ」

「いやだからってなぁ。地味に高い剣だったのに」

「大丈夫大丈夫。私はこの剣以上の活躍するから! それで問題無し!」


 悪は破壊された。これで今回の一件は許してやることにしよう。


「でも今回のことでよくわかった。レイヴェルに魔剣についてもっとよく知ってもらわないとね」

「それは俺も知りたいところではあるけど」

「うん、だよね。私のこともちゃんと知ってもらわないとだし。イージアについたら魔剣について教えてあげるね」

「それはありがたいんだけどな……まぁいいか。冒険者たるもの、あらゆる状況に対応せよって教えてもらったしな。慣れてくしかないんだ」

「あ、レイヴェル! 見えてきたよ」

「あぁ、見えてきたな」


 窓から身を乗り出して外の景色を見る。


「うわぁ、すごい……」


 どこまでも続いているのではないかと思うほどの巨大な壁に囲われた都市がその姿を現した。


「あれが俺の拠点にしてる都市。城塞都市とも呼ばれる、イージアだ」

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