第20話 長い一日の終わり
夜も更けた頃、誰もいない『黒剣亭』にオレは足を踏み入れる。
正確に言うと誰もいないわけじゃないんだけど。
「……来たか」
「お待たせしましたサイジさん」
「まぁ座れ」
店の中にはサイジさんがいた。ギルドに呼び出しを受けた後、店に寄ってサイジさんに話があることだけ伝えておいたのだ。
サイジさんに促されるままにオレは椅子に座る。暗いお店の中で朱里になっているのは机の上に置かれた燭台だけ。
オレとサイジさんの顔だけを照らしている。
「えっと、その……話がありまして」
「辞めんだろ。この店」
「っ! ど、どうしてそれを」
「何年生きてると思ってるんだ。相手の考えてることくらいなんとなくわかる」
すいません、百年以上生きてるけど人の考えてることなんてわかりません。
「特にお前は読みやすいしな」
「え!?」
オレの顔が読みやすい? そんなはずないんだけど。
ムニムニと顔を触ってみるけど、自分の表情なんてわかるはずがない。
「ふふ、そういうところがわかりやすいって言ってんだ」
「うぅ、そうですか?」
「あぁ。……変わらねぇな。そういうところは」
「? 何か言いましたか?」
「いや、なんでもねぇよ。それより、見つけたんだろ。探してた奴を」
「っ!」
それはサイジさんに拾われた時に言ったことだ。
『人を探してるんです。だからその人を見つけるまで……働かせてくれませんか』
あの時、行き倒れになりかけてたオレが言ったこと。
「覚えてたんですね。私の言ったこと」
「あぁ、当たり前だろ。だからお前の顔を見てすぐにピンときた。あぁ、その人が見つかったんだってな」
「サイジさん……」
「あのレイヴェルとかいう奴か?」
「……はい」
「だったら俺から言えることは一つだけだ。遠慮するな。行ってこい。お前の人生なんだからな。思う様にするのが一番だ。俺やアルトに遠慮するな」
「ありがとうございますサイジさん。でも、その……お店は大丈夫なんですか?」
「はははっ、それこそお前の心配することじゃない。実はな、ちゃんと手は打ってあるんだ」
「そうなんですか?」
「あぁ。この間アルトがダチ連れて来ただろ。あの子らにそのまま働いてもらうことになってる」
「あぁ、なるほど! え、それじゃあもしかして……」
「あの男が店に来た日から考えてたんだよ。お前の態度見てりゃ一目瞭然だったからな」
レイヴェルが店に来た日から、オレが辞める可能性を考えて動いてたんだ。
すごいなサイジさん。
「まぁ、惚れた男について行きたいって気持ちは——」
「ほ、惚れた!?」
「ん。なんだ。違うのか?」
「ちが、違います! 違いますよ! そのレイヴェルには惚れたとかそういうんじゃなくて、その、えっと……」
あぁなんて説明すればいいんだよ。オレとレイヴェルの関係。
オレが魔剣だってことは言うわけにはいかないし。
「まぁいい。その辺については深くは聞かねぇよ。でもまぁ、そうなるとアルトの奴が寂しがるな」
「アルト君が……ですか?」
なんでアルト君が寂しがるんだろ。
あれかな。私も一応アルト君の友達だし。友達がいなくなっちゃうからってことかな。
「お前が何も理解してないことはわかったよ」
「???」
「いや、気にすんな。伝えなかったあいつが悪いからな。明日には発つのか?」
「はい。荷物はもうまとめてありますから」
「そうか。まぁ選別くらいは用意してやる」
「そんな、そこまでしてもらうわけには」
「それくらいさせろ。お前にはなんだかんだ助けられたんだ。発つのは祭りが終わる夕方頃か。それより後になると混雑するからな」
「その予定です。急な話ですけど……」
「世の中、なんでも急なもんだ。急に起こる出来事に対応して俺達は生きていくしかない」
「あれ、その言葉……」
どっかで聞いたことあるような気がする。
あれいつだったかな。今よりもずっと昔に……?
ダメだ。全然思い出せないや。
「話はもう終わりか」
「あ、はい。すみません。わざわざ来てもらって」
「気にするな。もう飯は食ったのか?」
「あ、いえ。夜ご飯はまだ。ちょっとバタバタしてたんで」
「なら軽く作ってやる」
「え、いやそんな! 悪いですよ!」
「勘違いするな。ついでだついで。俺の夜食作るついでだよ」
「そういうことなら……」
グゥウ、と小さくお腹が鳴る。
めっちゃ恥ずかしいんだけど。絶対聞こえたよな今の音。
「お……お願いします」
「すぐ作ってやるから待ってろ」
「あ、そうだ。せっかくですし、近くで作ってるの見ててもいいですか?」
「ん、あぁ。別に構わんが……面白くないぞ?」
「前から興味あったんですよ。サイジさんがどんな風にして作ってるかなーって。いつもすっごく作るの早いじゃないですか」
「慣れてるだけだ」
冷蔵庫から取り出した食材を手早く切っていくサイジさん。
やっぱりめちゃめちゃ手際いいよなー。包丁の扱いもすごい上手いし。
「サイジさんって、昔は冒険者だったんですよね」
「あぁそうだ」
「それなのにどうして料理人になったんですか?」
「……昔からの夢だったからな」
「夢? え、そうだったんですか!?」
「似合わないか?」
「似合わない……ってことはないんですけど」
「誤魔化さなくていい。似合わないのはわかってるからな」
「いや、でもでも! サイジさんの作る料理はすっごく美味しいですよ! 私大好きです!」
「……ふん」
料理なぁ。旅してたから作れないこともないんだけど。先輩達が一切料理をできないタイプだったし……。
それでもサイジさんみたいに手際が良いわけじゃない。こんなことなら時間がある時に教えてもらっとけばよかったかなぁ。
まぁ、今さらだけどさ。
「できたぞ」
「わぁ! 野菜炒めですね!」
「冷蔵庫の中に残ってたのがそれだけだったからな。別のが良かったか?」
「いえいえ! 私、野菜炒め大好きです!」
野菜炒めを机の上に置くと、それに合わせてサイジさんが飲み物を用意してくれた。
「ありがとうございます。それじゃあいただきますね」
「あぁ、食え」
出来立ての野菜炒めの匂いがオレの腹を刺激する。早く食えと急かしてくる。
あぁ、夜ご飯食べてなかったから余計にお腹が。
一口食べる。
「っっっ!! おいひぃれふ!!」
「当たり前だ。俺が作ったんだからな」
一度食べ始めたらもう箸が止まることは無かった。
サイジさんは二人分合わせてそれなりの量を作ってくれてたんだけど、気付いたら皿の上は空っぽになっていた。
「はふぅ……お腹いっぱいです」
「結局ほとんどお前が食ったな」
「え、あ! す、すいません!」
「いや、気にするな。お前に作ったもんだからな」
そう言うとサイジさんは珍しく、本当に珍しく笑みを浮かべた。
その笑みが不意に誰かと重なった。
なんだろう。ずっと昔にこんな風に笑う子を見たことがあるような……誰だっけ?
もしかしてオレ、昔にサイジさんと会ったことある?
「どうかしたのか?」
「……いえ、なんでもありません」
まさかね。長いこと旅してたから、同じ人と会うなんてことも何回かあったけど。サイジさんに会った記憶はないし。
サイジさんが子供の時とかならあり得るかもだけど、そんな偶然あるわけないし。
っていうか、もし会ってたら一年前に出会った時にサイジさんからなんか言ってくるはずだよね。
「飯食ったなら帰って寝ろ。俺は明日も仕事あるからな」
「そうですね。すいません。長いこと」
「よく休めよ」
「はい。あの……サイジさん」
「なんだ」
「……お世話に……なりました」
あぁやばい。ちょっと泣きそうだ。
耐えないと。情けない姿見せられないし。
男はそう簡単に涙見せちゃいけないって母さんも言ってた。今のオレ女だし、母さんもいないけど。
「今から泣きそうになってたら明日大泣きするんじゃないのかお前」
「な、泣きそうになんてなってませんから!」
こうしてオレの長かった一日は終わった。
そして、新しい旅立ちの朝がやって来る。
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