第8話 約束

 レイヴェルが店に来てくれるようになってから四日が経っていた。

 サイジさんも気を使ってくれたのか、忙しくなかったらレイヴェルが来た時に合わせて休憩時間をくれるようになった。

 なんか気使われてる感じがして、ちょっと恥ずかしいんだけど……まぁ、オレとしてもレイヴェルと話せるのは嬉しいからいいんだけどさ。


「お待たせレイヴェル。今日の日替わり定食はグリフォンのから揚げだよ」

「グリフォンのから揚げって、さらっと言ってるけどグリフォンって討伐難度B級だろ。そんな食材どこで手に入れてくるんだよ」

「どこでって言われても。普通に市場に売ってるよ。市場にいるラジっていうおじさんの所で買ってるんだけど、色んなお肉売ってるの」

「色んなって言っても限度がありそうだけどな」

「お値段はいつもと変わらずなのでご安心くださいってね」

「それも普通にすごいけどな」

「ほら、冷めないうちに食べないと勿体ないよ」

「あぁ。わかってる。って、今日は一緒に食べないんだな」

「え?」

「あ」

 

 言った瞬間、まずいという表情をするレイヴェル。

 でももう遅い。オレはちゃんと聞いてたんだから。


「へぇ、そっかぁ」


 自分でも表情がにやけてるってことが自覚できる。

 今の気分はまさに罠にかかった獲物を追い詰めようとする捕食者だ。


「そっか。レイヴェルは私と一緒にお昼ご飯食べたいんだぁ」

「ち、違う! そういうつもりで言ったんじゃない!」

「いいんだよ別に誤魔化さなくても。レイヴェルがそんな風に思ってくれてたなんて私嬉しいなぁ」

「ぐぐぐ……」

「えへへ、冗談だよ冗談♪ 私の分はまだ作り終わってなかっただけだから。もうすぐできると思うから、そしたら食べよ。一緒に、ね」

「この野郎……」

「野郎じゃないもーん」


 悔しがるレイヴェルを見てると心の奥がくすぐられるような感覚がする。

 そんな自覚は無かったけど、オレって案外Sっ気があるのかもしれない。

 それにこうして何日も一緒に過ごしてるとレイヴェルの性格も少しずつわかってくるっていうか。目つきとか悪いから誤解されそうだけど、結構優しい奴だし。

 このくらいのからかいなら大丈夫だってことはわかってる。


「おいクロエ、できたぞ」

「あ、はーい!」


 ちょっと話し込んでる間にサイジさんがオレの分まで料理を作り終えてくれたらしい。

 メニューはレイヴェルと同じグリフォンのから揚げだ。

 オレ好きなんだよなー、グリフォンのから揚げ。ジューシーで柔らかくて、いくらでも食べれる気がする。

 まぁさすがに太るからそんなことはしないんだけどさ。


「お待たせレイヴェル」

「別に待ってねーよ」

「素直じゃないなぁ。そういう割にはちゃんと待っててくれてるじゃない」

「だから待ってたわけじゃない。あぁもういいから食べるなら座れよ。いつまでも立ってられたら食いづらい」

「はいはい」


 待ってくれてたくせに。素直じゃないなぁ。

 まぁそういう性格だってことはこの数日でなんとなく理解したけどさ。


「今日も依頼受けてきたの?」

「あぁ。今日はリスキーラビットの討伐だったな」

「リスキーラビットって……小さい子ウサギみたいな魔物だよね」

「子ウサギって。あれそんな可愛いもんじゃないけどな。ってか、そういうこと言うお前みたいなやつがあの魔物に襲われるんだからな」


 リスキーラビットはオレも見たことがある。昔、先輩と旅してた時にだけど。

 可愛い兎だと思って触ろうとしたら急に襲いかかってきて。あの時は焦ったなぁ。

 ってあれ?


「レイヴェル……もしかして怪我してる?」

「? あぁ。リスキーラビットに引っかかれたかな。まぁでも大したことな——」

「ダメだよ!」

「な、なんだよ急に」

「怪我を放置しちゃダメなんだから! いい。かすり傷でもほっとくと化膿したりして、ばい菌が入っちゃって。病気とかになって大変なことになっちゃうんだから!」

「そんなマジにならなくても」

「もう、ちょっと待ってて」


 オレは席を経つとバックヤードに下がって急いで薬箱を持って戻って来る。

 怪我してるレイヴェルの腕を無理やりとって、傷口に薬を塗って包帯をグルグルに巻く。


「ここまでしなくても。大げさだなお前」

「大げさでもなんでも、大事になるよりよっぽどいいの」


 魔剣の先輩だって言ってた。病は気から。かすり傷は万病のもとって。

 だから怪我はすぐに直さないといけないんだ。


「はい終了。これで大丈夫かな」

「おぉ。ってか、ずいぶん手際いいな」

「そりゃねぇ。昔は旅してたし」

「昔?」

「んんっ! 細かいことは気にしないで。ほらほら、から揚げあーん」

「んぐっ、急に口に突っ込むなよ!」

「何事も急なんですよ」

「意味がわからん」


 ふぅ危ない。

 下手なこと言うとこだった。

 オレってまだ17歳だから。昔旅してたとか、何歳の頃の話だよってなっちゃうからな。

 でもレイヴェルのこの視線。まだ若干疑ってるな?

 深堀されてもいいことないし。こうなったら……話を逸らすしかない!


「そ、そういえばさ。明日からお祭りが始まるわけだけど。レイヴェルはどうするの」

「話し逸らしたな。まぁいいけどよ。祭りだったか? まぁ祭りの間も依頼があるなら受けるつもりだけど。時間があったら見て回るくらいのことはするかもな」

「そっか。それじゃあ時間はあるんだ」


 うーん、今日言おうって決めてたことだけど。いざ言おうと思うとなんか緊張する。

 大丈夫。大丈夫なはず。自分に自信を持てオレ。

 ここで言えなきゃ男が廃る! もう男じゃないけど!


「あ、あのさレイヴェル。もしよかったらなんだけど」

「ん?」

「お祭りの二日目、一緒に回らない?」

「……は?」


 ぽかんとした様子のレイヴェルの反応を見て顔が赤くなりそうになる。

 いや自分でも自覚してる。変なこと言ってるのはさ。

 でも今言わないと言うタイミングがなかったんだからしょうがないじゃん。


「やっぱり……ダメ?」

「ダメっていうか。お前、仕事は?」

「明日は普通にあるんだけどね。二日目だけお休みもらったの」

「祭りの期間中とか、一番忙しい時期じゃないのか?」

「そうなんだけどね。でも、祭りの間だけ臨時の従業員雇うことになったんだ。今もあそこにいるけど」

「あぁ。あそこの三人か」


 そう。オレも最初は祭りの期間休みが貰えるなんて思ってなかったんだけどさ。

 サイジさんがオレとアルト君だけじゃ手が回らないだろうっていうことで、臨時でバイト雇ったんだよな。

 合計で三人。フウとソウっていう双子の女の子ともう一人アカサっていう男の子。

 全員アルト君の同級生みたいなんだけど。

 急に連れてきてびっくりした。まぁ助かってるのは事実なんだけど。


「あの三人がいるから、ちょっとくらい休んでもいいぞってサイジさんがね。それで、せっかくだから祭りでも回って来いってさ。私もこの祭りに参加するのは初めてだからどんな祭りなのか楽しみなんだよね」

「初めてなのか」

「うん。去年王都に来たばっかりだから。それで、一人で回るのも寂しいから。せっかくならレイヴェルと一緒に回りたいなって思ったんだけど……」

「まぁ別にいいけどよ」

「ホント!? 言ったよ。いま言ったからね!」

「お、おう。なんでそんなにマジな目してるんだよ」

「マジだから。やっぱ無理でしたとか無しだからね」

「大丈夫だって。二日後なら何も予定はないし」

「そっか。うん、良かった。それじゃあ決まりね」

「あぁ。わかったよ」

「お昼前に噴水広場に集合ね。約束だからね、絶対だからね!」


 一方的に、勢いでまくしたてる。

 よし。これで今日の目的は達成した。

 後は、祭り当日に……言うだけだ。

 そうオレは心に決めてた。

 祭り当日に、オレの真実を告げる。オレが魔剣だってことを……レイヴェルに伝えるって。

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