第7話 絆された訳じゃない
〈レイヴェル視点〉
冒険者の先輩に進められた店にやってきました。
そこで見たことある少女が働いてました。
そして今なぜか二人分の食事を持って俺の目の前に居ます←今ココ。
いやなんでだよ。俺普通にご飯食いに来ただけなんだけど。
俺の分と他の客の分持ってきたって感じじゃないよな。
「お、お待たせしましたー」
若干引きつった笑顔で言う少女。
そして目の前に置かれるオークカツ定食。
それで去ってくれるなら良かった。でも俺の想像した通り、そうはならなかった。
トレーに乗っていたもう一食分のオークカツ定食を同じ机の上に置いたからだ。
「ん、あぁ……って、なんで二人分あるんだ? これで一人分ってわけじゃないだろ」
あくまで白を切るように言う。
うすうす感づいてるけど、それは態度には出さない。
「えぇもちろん。二人分ですよ。あなたと、私の分です」
はい予想通り。
いや、できれば外れて欲しかった予想なんだけどさ。
なんでだ。どこどうしたらそういう流れになる。そんなことになる要素は一切なかったはずだんだけど。
っていうか俺のこと怖がってたんじゃないのかよ!
「お前の?」
「はい。実はお昼時が忙しくてご飯が食べれてなくて。そしたらちょうど今休憩をいただいたので、ご一緒できればと」
わからん。マジでわからん。この女の思考回路が。
でも俺の本能が告げてる。深い理由なんてないけど、こいつと深く関わるなって。
「いや、それでなんで俺の所で食うことになるんだよ。普通に他の場所とか空いてるだろ」
俺の言ってることは至極当然のことだ。
それなりに席が埋まってるとはいっても空いてる場所はあるし。従業員ならバックヤードとかで食べるとかの選択肢があるはずだ。
「ひ、一人で食べるのは寂しいじゃないですか。それにあなた冒険者さんですよね? だから一度お話を聞きたくて。ダメ……ですか?」
まるで計算されつくしたかのような完璧なお願いの仕方に思わず心がグラリと揺らぐ。
そうだな、別にご飯を一緒に食べるくらい……いや、ダメだダメだ!
ここで折れたらまずい!
心を強く持て俺! 断れ、断るんだ!
「……悪いけど、俺は一人で食べた——っ!?」
その瞬間だった。
全身に突き刺さる殺意。殺意。殺意。視線だけで人が殺せるなら、俺は何度殺されたかわからないってレベルだ。
そしてその殺意の主は……周囲の客だ。常連の客たちが俺に殺意を飛ばしてるんだ。
その理由は……もしかしてこいつか! こいつの誘いを俺が断ろうとしたからなのか!?
周囲の客の視線が言葉にせずとも語りかけてくる。
その子を悲しませるような真似をしたら殺す、って。
やべぇ。こいつらの殺意本物だ。
「どうかしたんですか?」
どうかしたんですかじゃねーよ!
こいつもしかして気付いてないのか。こんだけビンビンに殺気放ってるのに!
くそ、ダメだ。これ以上断ったら……確実に殺られる!
「な、なんでもない。はぁ、わかったよ。じゃあとりあえず座ってくれ。ずっと前に立ってられると食べれないだろ」
「ありがとうございます♪」
「言っとくけど、面白い話なんかできないからな」
これは嘘じゃない。俺は別に話術がある方じゃないし。
とてもじゃないけど、こいつが楽しめる話をできるとは思えない。
「大丈夫です。お話を聞けたら満足なので。あ、そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はクロエ・ハルカゼです。気軽にクロエって呼んでください」
「俺はレイヴェル・アークナーだ。俺もレイヴェルでいい」
少女——クロエは何がそんなに嬉しいのか、ニコニコしながら座ってる。
「うん、よろしくレイヴェル。それで、さっそく聞きたいんだけど。レイヴェルは冒険者なんだよね、やっぱり」
「あぁそうだよ。つっても、まだまだ新米だけどな」
「そうなんだ。リオラには仕事で来たの?」
「あぁ。商人の護衛任務のついでに、しばらく王都で仕事探してみようと思ったんだ。大きな祭りがあるから、仕事はたくさんあると思ったからな。実際、かなり仕事はあったし」
半ば無理やり勧められて来た王都だったけど、思った以上に仕事が多くて報酬が破格だったのは事実だ。
まぁ、その分俺みたいに王都の外から来てる奴も多いけどさ。
「今日も依頼受けたの?」
「今日は朝のうちに王都近郊のゴブリン退治だ。巣があったらしくてな。他の冒険者と一緒に片付けて来た」
「へぇすごいね!」
キラキラした目で言われると悪い気はしないんだけどな。
ゴブリン討伐ぐらいで持ち上げられるとなんだかむずがゆい。
「そんな持ち上げられるようなことじゃない。普通のゴブリンなんて冒険者になるような奴なら誰でも倒せるしな。ホントはもっと強い魔物と戦いたいんだけど。D級じゃまだ無理だからな」
「強い魔物と戦いたいって、どうして? 危ないよ」
「危険なことなんて百も承知だ。それでも俺は強い魔物と戦いたい。戦って、強くなりたいんだ」
そうだ。俺は強くならなきゃいけないんだ。
もっともっと強く。誰にも負けないくらい。あの人に追いつけるくらいに!
「強く……」
あ、まずい。
こんなのほとんど初対面の奴に言うようなことじゃないよな。
「で、お前はなんなんだよ」
「なにって?」
「いやほら、あるだろ色々と」
「色々って言われても。私はこのお店で働いてるだけのしがない一般市民だよ」
「そのわりには随分人気みたいだけどな」
「えへへ、そうかなぁ」
あぁ、俺を本気で殺そうとする奴らがいるくらいにはな。
今もなんでもないフリして俺のこと監視してるし。
でも一番視線を感じるのは……あの男か。昨日も一緒にいたイケメン君。
「それで、さっきからこっち見てるあいつが彼氏か?」
「え? ち、違う違うよ。アルト君は彼氏じゃないから!」
バタバタと手を振ってクロエは否定する。
っていうか、やたら必死に否定するな。
「そうなのか? 昨日も一緒にいたからてっきり彼氏なんだと」
「アルト君はサイジさんの息子さんで、私からしたら……そう! 弟みたいなものだから!」
うわ、こいつ言いやがったよ。
男が女から言われて一番傷つく類の言葉を。
「な、なんでそんなに必死なんだよ」
「別に必死なわけじゃないけど。ほら、私の彼氏だって思われたらアルト君が可哀想だから」
「可哀想……ね。向こうはそうは思ってなさそうだけどな」
ちらっとそのアルトとかいう男の方を見れば、あからさまにがっくりしてるし。
これはあれだ。向こうは完全に意識してる奴だ。
だとしたら面白くないよな。好きな女の子が急に現れた俺みたいな男と仲良く話してる姿なんて見たら。
もし俺が同じ立場だったら気が気じゃない。
「え? ごめん、声が小さくて聞こえなかったんだけど」
「いや、なんでもない」
「ならいいんだけど。それより、昨日のこと……覚えてたんだ」
「え。あぁ。ぶつかったと思ったら急に逃げ出した変な奴だからな」
「あぅ……あの時はごめんなさい。ちょっと焦っちゃって」
「いやまぁそんなに気にしてないけどな。もしかしてそれを謝るためにわざわざこの席に来たのか?」
「それもあるけど、一番はあなたに興味があったから」
「俺に? なんでだよ」
俺なんか別に興味持たれるような奴じゃないと思うんだけど。
人より目立つ点なんて目つきが悪いとかそれくらいだし。
でもこの感じ、嘘言ってるわけでもなさそうなんだよな。
「それは……乙女の秘密かな」
「なんだよそれ」
「女の子には秘密がいっぱいあるものなんだよ」
ち、誤魔化されたな。
これはあれだな。追及しようとしても無駄なやつだ。
「それよりもさ、もっとレイヴェルのこと教えてよ。これまで受けて来た依頼のこととか」
「まぁ別にいいけどな。それで、どんなことが聞きたいんだよ」
「そっかぁ。冒険者って大変なんだね」
「そりゃ大変だよ。探し物くらいならまだしも、魔物の討伐なんてことになったらどんな魔物が相手でも命がけだしな」
「そうだよね。私にはとても真似できないよ」
「やらなくて済むならそれが一番だと思うけどな」
冒険者なんて物好きの職業だしな。
ならなくて済むならそれが一番だ。
俺にはこの道しかなかったから冒険者になったけど。
って、ちょっと話しこみ過ぎたか。クロエがどんな話でも面白そうに聞くもんだからついつい喋り過ぎた。
もうそろそろ行かねぇと。
「さて、それじゃあそろそろ行かないとな。午後からも受けてる依頼があるんだ」
半分嘘だ。正確にはこれから依頼を受けるつもりだからな。
でもこうでも言わないとまだ引き留められそうだし。
「あ……」
俺が立ち上がると、クロエが一瞬寂しそうな表情をする。
「ねぇレイヴェル」
「? なんだよ」
「王都にはいつまでいるの?」
「とりあえず祭りが終わるまではいるつもりだけど」
「そっか……なら、もしレイヴェルが良かったらなんだけど。明日も来てくれないかな?」
「明日も?」
「無理にとは言わないけどね」
別に断ることもできる話だ。ご飯なら泊ってる宿でも食べれるわけだし。
でも、それでも。
「……はぁ、わかった。わかったよ。また明日も来る」
別にクロエの寂しそうな表情に同情したとか、絆されたとかそんなんじゃない。
絶対ない。
ただ今日食べたオークカツ定食が上手かったから。ただそれだけだ。
「ホント!」
「こんなことで嘘言わねぇよ」
「うん、それじゃあ明日も待ってるね!」
心底嬉しそうな顔をするクロエを見て、気付けば俺も小さく笑みを浮かべていた。
明日も待ってる……か。まさか王都に来てそんなことを言われることがあるなんてな。
こうして俺はクロエのいる『黒剣亭』に通うことになった。
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