第126話 想いと願い
「…………」
恥ずかしいでござる。
翌朝、オレは昨夜のことを思い出して羞恥心でどうにかなりそうになっていた。
昨夜のあの一件……レイヴェルのことを追いかけたのはホントにただの偶然だった。
なんとなく感じた胸騒ぎ。落ち着かない感覚に導かれるままに宿を出て行ったレイヴェルの後を追った。
もしかしてレイヴェルかなーと思って追いかけたとか本人には言ったけど、実際の所は百パーセントレイヴェルだってわかってたからかなり嘘くさかったと思う。
「それにしたってあれは……完全に夜の空気に当てられてたなぁ」
ホントは声を掛けたらすぐに部屋に戻るつもりだった。
でもなんかレイヴェルの姿を見たらそのまま戻るのが惜しくなって、つい散歩しようなんて言い出してた。
別にこれまでだってレイヴェルと二人で出歩くことなんて何度もあったし、その時は別に何も思ってなかった。でも昨夜だけは話が別だった。
あの誰も周囲にいない夜の雰囲気。聞こえるのはオレとレイヴェルの足音、そしてオレ達の話す声だけ。
まるで世界に二人きりになったんじゃないかなんて、そんな変な気分にもなって。でもそれは不安とかじゃない。むしろあの瞬間だけはそうあって欲しいと願ってしまうほどに……オレはレイヴェルと二人でいれる時間に心を踊らせていた。
いつも以上にはしゃいでたのには気づかれてたかもしれない。もしそうだったら死ねるほど恥ずかしいけど。
話せば話すほどにレイヴェルの顔から目が離せなくなって……心なしかオレを見るレイヴェルの目もいつもより優しくて……まぁこれはオレの願望混じりな所もあるけど。
それに気づいたら途端に全部が恥ずかしくなって、それで気付いたら見つけた岩の上に登るなんて小さな子供みたいな真似してた。
あの時はそれしか誤魔化す方法が思いつかなかったけど、今考えてみたらいくらなんでも子供過ぎた。
その結果、あんなことが起きたわけだからな。
「~~~~~~~っっ!!」
ベッドの上で見悶える。
岩の上からバランスを崩して落ちたオレを、レイヴェルは受け止めてくれた。
そこまではよかった、というかそこですぐに謝ってレイヴェルの腕から降りるべきだった。でも落ちる瞬間に反射的につむってしまった目を開いた時に、想像していたよりもずっと近くにあったレイヴェルの顔。それ見た瞬間、頭の中にあったことが全部吹き飛んだ。
たぶんあの時のオレは誰が見ても……つまりレイヴェルが見てもわかるくらい顔が真っ赤だったと思う。せめて暗かったらわからなかったかもしれないけど、昨夜は互いの顔がはっきり見えるくらい月の光が眩しかった。
あの時ほど月の明るさを恨んだことはないかもしれない。
すぐに顔を逸らそうと思った。でもそんなことできなくて。ただレイヴェルのことを見つめ続けてた。レイヴェルもレイヴェルで同じようにずっとオレのことを見てた。
レイヴェルが何考えてたかなんてわからない。というかそもそもオレ自身何を思ってたかなんて覚えてない。ただ色んな思考が頭の中をグルグルと回ってた。
そのまま完全に場の空気に呑み込まれそうなったとき、茂みの動く音でようやく我を取り戻すことができた。そうなったらもう残るのはただただ恥ずかしさだけで、そんな恥ずかしさを誤魔化したくてレイヴェルから逃げるみたいに宿へと戻った。
「あの態度はさすがにまずかったかなぁ……仮にも百年以上生きてきてあんな無様な……あぁぁぁぁぁっっ!」
恥ずかしさと後悔の入り混じったような感情が湧き上がってもどかしくてしょうがない。
「何をしてるのですか?」
「うひぁあっ!? フェ、フェティ!?」
「はい。私です。先ほどから声を掛けているのに返事がないのでどうしたのかと思いまして。ベッドの上でジタバタしているのは正直かなり奇怪な行動に思えるのですが。どうしたんですか?」
「べ、別にどうしたってことは……」
しまった。そうだった。この部屋にはオレ以外にもフェティとファーラがいたんだった。すっかり忘れてた。
「ははっ、ほっといてあげな。昨日の夜に色々と、あったみたいだからねぇ」
「っ! ちょっとファーラ、もしかして」
「あぁ別に見てたってわけじゃないよ。ただレイヴェルが部屋を出て行って、その後を追いかけてったクロエ。それさえわかりゃ何があったかなんて手に取るようにわかるからねぇ」
「き、気付いてたんだ……」
というか当たり前か。気配に鋭いファーラがオレが部屋を出ていくのに気づかないはずがない。それくらいわかるべきだった。
ニヤニヤとした表情でこっちを見つめるファーラ。殴りたいくらい腹が立つ表情だ。
「あぁ、なるほど。そういうことですか」
「フェティも理解したくていいから!」
「ホントに
「年上は余計だから! というか別に恋愛じゃないから!」
「やれやれ、いい加減認めちまえば楽になれるのに。いつまでも煮え切らない態度だと別のメスにかっさらわれちまうよ?」
「別のメスって……別に私はレイヴェルのことなんてどうとも思ってないし。ただの大切だっていうのもあくまで相棒としてってだけだから」
「どうとも思ってないなんて表情じゃないけどね。それに、向こうがどう思ってるかだってわからないだろう?」
「っ!」
「アタシ的には脈ありだと思ってるけど。まぁいいさ。外野のアタシらがどうこう言う話でもないからね。そんじゃアタシらは先に飯食べにいくから。落ち着いたら来るんだね」
「よくわかりませんが……それでは先に行かせていただきます」
ファーラとフェティはそう言うとオレのことを置いて部屋から出て行く。
まぁ多少気遣われたって感じだ。
「…………」
オレがレイヴェルのことをどう思ってるか。そしてレイヴェルがオレのことどう思ってるか。
そんなの決まってる。オレにとってレイヴェルは大切な相棒。レイヴェルにとっても……たぶん同じはず。
それ以上の感情なんてあるはずがない。
「……違うか」
そんなのただの言い訳だ。相棒っていう立ち位置に甘えてるだけ。
レイヴェルと出会ってから芽生えはじめたこの感情……それは日を追うごとに大きく大きくなっていく。オレ自身の手ではどうしようもないくらいに。目を逸らせないほどに大きく。
でも……。
「認めるわけにはいかない。認めちゃいけない」
オレは魔剣少女で人間じゃない。しかもそれだけじゃなくて、元男なんて身だ。完全に男としての意識が消え去ったわけでもない。
そんなオレがこの感情を認めるわけにはいかない。この感情に名をつけるわけにはいかない。
気付かないフリをしていれば、少なくとも『相棒』としてレイヴェルの傍にいることができる。オレにはそれだけで十分過ぎるほどだ。
「もし仮に、万が一、億が一、レイヴェルが私のことを……ううん、考えるまでもない」
たとえ何があったとしても、レイヴェルが何を言ってきたとしてもオレの結論は変わらない。
オレは『相棒』としてレイヴェルの傍にいる。今までも、これからもずっと。
レイヴェルには人として幸せになって欲しい。それがオレの願いなんだから。
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