第125話 眠れぬ夜
〈レイヴェル視点〉
「っ……!!」
深夜。俺は肌のざわつくような感覚を覚えて飛び起きた。反射的に近くに置いてあった剣を手に取るが、部屋の中に異常はない。
何度も深呼吸をしてようやくざわつくような感覚がおさまった。
「なんだ……?」
前回夢にセフィが出てきた時とはまるで違う。別に今は左眼が疼いてるわけでもない。ってことは今回は竜は関係ない……と思う。たぶん。
幸いというか、同じ部屋で寝てるヴァルガさんは起こさなかったみたいだ。
「でも……これじゃあ全然寝れそうにないな。外の風にでも当たって来るか」
完全に目が冴えた状態になった俺はヴァルガさんを起こさないようにそっと忍び足で部屋を出て行く。
宿の廊下には魔導灯なんかはないけど、窓から差し込む月の明かりで視界は十分確保されてる。
イージアなんかだと夜でも魔導灯の明かりがちゃんとあるから実感することあんまりないけど、こうしてると月明りってのも相当明るいな。
まぁ今日は天気も良かったし、何よりもうすぐ満月で月がでかくなってるってのもあるかもしれない。
宿の外に出ると心地よい風が肌を撫でる。時期的にも別に暑すぎず寒すぎず。ちょうどいい感じだ。さすがに野宿なんかしたら風邪ひきそうだけどな。
「って、外に出てきたいいけど。特にすることもなんだよな」
一応剣は持ってきてる。だから体を動かすことはできるけど……また汗かいて風呂に入るってのもなぁ。
温泉の方はいつでも入っていいらしい。でもだからってさすがに今からまた入ろうとは思えない。
クロエなんかはここの温泉かなり気に入ってたみたいだけどな。誰よりも早く入って一番最後までいたみたいだし。
足まで伸ばしてゆっくり浸かれるのが最高とか言ってたな。いつもシャワーで済ませる俺にはあんまりわからない感覚だ。まぁ確かに温泉は気持ち良かったけど。
「……戻るか」
出てきたばっかりだが特に目的があったわけでもない。このままボーっと突っ立ってても眠れるようになるわけじゃないし。それならさっさと部屋に戻ってベッドで横になってた方がいいだろ。
いつ寝れるかはわからないけどな。
そう思って振り返った時だった。
「レイヴェル?」
「クロエ?」
「あ、やっぱりレイヴェルだった。後ろ姿見てそうじゃないかと思ったんだけど」
「どうしてここに居んだよ」
「どうしてって言われても……なんとなく寝れなくてさ。そしたら隣の部屋の扉が開く音がしたから。もしかしてレイヴェルかなーと思って追いかけてきたの」
「悪い、うるさかったか? 静かにしたつもりだったんだが」
「ううん、別にうるさくは無かったよ。他の二人はぐっすり寝てたし。単純に私だけ寝れなくて起きてただけだから」
「そうか……クロエはなんで寝れなかったんだ?」
「うーん、なんでって言われると難しいんだけど。なんか違和感? 変な感じがしてさ。妙に落ち着かなかったっていうか」
「それは……」
俺とクロエは契約した結果、不思議なパスで繋がってる。もしかしたらそれを通じて俺の異常が伝わったのかもしれない。
憶測だけど、あり得そうな話だ。
「だから私もついでに風に当たろうかなーなんて思って来たんだけど。もしかしてレイヴェルも同じ?」
「あぁ。まぁな」
「そっか。じゃあさ、ちょっとだけ散歩しようよ」
「散歩?」
「どうせその感じじゃまだ眠たくないんでしょ? それは私も同じだからさ。せっかく綺麗な月夜だし。こんな機会でもないとそんなことしないし。勿体ないじゃない」
「……そうだな。このまま部屋に戻っても寝れそうにないのは事実だし。でもあんまり遅くなりすぎると明日に響くからちそんなに長い時間は無理だぞ」
「もちろんわかってるって。それじゃあ行こ」
何がそんなに嬉しいのか、朗らかな笑顔を浮かべるクロエの後に続いて俺も歩き出す。
「それにしても、本当にいい夜だよね。風も強すぎないし、天気はいいから月も綺麗に見えてるし。これで満月だったら最高だったんだけど。満月は明日か明後日あたりかな」
「あぁ、だろうな。今でもほとんど満月と変わりないくらい大きいけどな」
「それでも満月の夜とそうじゃないのじゃ魔力の満ち方が全然違うしね。ま、見て楽しむだけならこれでも十分かな」
他愛のない話をしながら村の中を歩く。さすがにこのぐらいの時間になると出歩いてる人は誰もいない。恐ろしいくらいに静かだ。
まるでこの世界に俺とクロエが二人きりになったみたいな、そんな不思議な感覚に陥りそうになる。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
「そっか。えへへ、なんかさ、こうも周りが静かだとまるでこの世界に私とレイヴェルしかいないんじゃないかみたいな気がしちゃって。変な感じだよね」
「奇遇だな。俺も似たようなこと考えてた」
「え、ホントに? な、なんかちょっと恥ずかしいかも」
「恥ずかしがるなよ。俺まで恥ずかしくなるだろうが」
「えっと……あっ! み、見てよレイヴェル。村の中なのにあんなにおっきい岩がある!」
「お、おう。って登るなよ、危ないぞ!」
「大丈夫大丈夫っ」
恥ずかしさを誤魔化すためか、オレが止めるのも聞かずにクロエは身長よりもよりも大きい岩を登り始める。
さすが魔剣というべきか、普通の人よりも身体能力は高いみたいでクロエはあっさりと岩のてっぺんへと登頂する。
「おぉ、さすがにいい景色かも。ちょっと高さが変わるだけで見える景色も変わるもんだね」
「おい、あんまりはしゃいでると落ちるぞ」
「レイヴェルは心配性だなぁ。だから大丈——ってうわぁっ!」
「っ! 危ねぇっ!」
案の定って言うべきか、バランスを崩して岩から落ちたクロエを助けに向かう。落ちるんじゃないかって警戒してたおかげか、クロエの落下地点に素早く入ることができた俺はそのままクロエのことを受け止める。
「あ、ありがと……」
「全く。だから言っただろうが。一瞬ヒヤッとしただろうが」
「ごめん、調子乗ったかも……で、でもこの状態は……」
「この状態? っ!」
クロエが恥ずかしそうにもじもじしながら言う。
そして俺も気付いた。いわゆるお姫様だっこ状態にあることに。とっさのことだったから気にしてなかったが、こうして改めて指摘されると急に俺も恥ずかしさがこみあげてくる。
「わ、悪い!」
「ううん、別にいいんだけど」
お姫様だっこをしてるせいでクロエの顔が想像以上に近い。睫毛の長さまではっきり見えるくらいだ。その顔はまるでリンゴみたいに赤くなってる。たぶん俺も似たような状態だろう。
すぐに降ろせばよかったんだろうが、タイミングを逸したせいでそのままの状態で固まってしまう。
互いの心臓の音すら聞こえるんじゃないかってほどの距離感。
なんとなく喋ることもできず、かと言ってクロエから目を逸らすこともできず。なんとも言えない時間が過ぎ去っていく。
「クロエ……」
「レイヴェル……」
自分の中に湧き上がった感情をそのまま言葉にしようとした次の瞬間だった。
ガサガサッと近くの茂みで何かが動いた音がする。
「「っ!」」
まるでそれが合図だったかのように、俺達は互いにサッと目を逸らした。
お姫様だっこの状態から解放されたクロエは赤くなった顔を隠すようにそっぽを向く。
「え、えっと……今の、なんだったんだろうね」
「さ、さぁな。小動物とかじゃないか?」
正直それを確認してる余裕なんてあるわけがなかった。
今もまだ心臓がバクバクいってるくらいだ。
「そ、その……私先に戻ってるね?」
「おう」
「お休みレイヴェル。良い夢を」
「そっちもな。お休み」
そう言うとクロエはパタパタと走って宿に戻る。さすがに気まずかったみたいだ。まぁそれは俺も同じだが。
「お休み……か」
さっき起きた時とは違う感覚。落ち着かないような、くすぐったいような、でも温かい。そんな感覚で心が満たされてる。
たぶんクロエと話したおかげだろう。
不思議な、でも今まで感じたことのないような高揚感。
「はぁ……」
なんというかこれはもう誤魔化しようがないというか……。
「たぶん俺はクロエのことが——」
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