第124話 気に喰わない理由

「お邪魔しまーす」

「お邪魔」

「入るぞ」


 露天風呂でフェティにお願い事をした後、フェティのことを弄っていると、そこに突然邪魔者……もといラオさん、リオさん、そしてライアの三人が入って来た。

 前者二人はともかく最後の一人は入ってこなくても良かったのに。


「私が邪魔だとでも言いたげな顔だな。不満だったら出て行ってもらって構わないぞ」

「っ、別にそんなこと一言も言ってませんけど」

「確かに言ってませんが、リリアさんの表情にはありはりと不満が滲み出てますよ」

「え、嘘っ」

「ふっ、嘘だともうなら鏡でも見るんだな」


 ムニムニと自分の顔を触っても、もちろんそんなのわかるわけもなく。

 いやまぁ、確かにぶっちゃけ不満はあるんだけど……それを顔に出すほどオレって露骨じゃなかったはずなんだけどなぁ。


「まぁ仕方ないだろう。お前と私は根本的に合わないからな」

「それ私の前で言いますか?」

「事実だ。気付いてないわけじゃないだろう?」

「……まぁ、否定はしませんけど」


 この場にレイヴェルはいない。だからってわけじゃないけど、こうして今は裸の付き合いをしてるわけだし。こんな機会も滅多にないかもしれない。

 腹を割って話すべきだろう。


「……正直、あなたのことはあんまり……というか、好きじゃありません」

「おぉ。ずばり言ったね」

「リオ、口挟まない」


 面白そうな雰囲気を感じ取ったのか、目をキラキラと輝かせるリオさんをラオさんが引き離し、少し遠くへと移動する。

 オレ達への配慮って部分もあるんだろうけど……そっと聞き耳立ててる当たり興味はあるみたいだ。別に大した話をするつもりはないんだけど。

 気付けばフェティも傍から離れていた。若干心配そうな目をしてるのがまた可愛い。

 って、今はそれはどうでもいいか。


「あなたのことを好きじゃない理由はそれこそ色々とあります。その上から目線の態度もそうです。でも一番は……あなたがレイヴェルの姉弟子ってことです。あなたはきっと他の誰よりもレイヴェルにとって目指すべき目標になっている」


 オレはレイヴェルの相棒。そう、どこまで行っても相棒でしかない。いや、それ以前に人間と魔剣少女って違いもある。オレがたとえどこまで強くなったとしても、オレ自身がレイヴェルの目標になることはない。

 レイヴェルの隣に立つことはできるけど、レイヴェルの目指す先、届くべき目標の位置にオレが立つことはない。

 滅茶苦茶なことを言ってるのはわかってる。相棒でありながら目標にもなりたいなんて。そんなの無理だ。レイヴェルの隣に立てる。それだけで満足なはずなのに。


「……この際ですから、はっきり認めます。私は私自身の中にあるこの感情を受け入れます。私は——あなたに嫉妬してる」


 レイヴェルの隣に立ったからこそわかった。

 あぁ、この人がレイヴェルの憧れなんだって。目指すべき目標がいる。それは喜ぶべきことだ。それが姉弟子っていう近い存在で、しかも【剣聖姫】なんて呼ばれるほどに強い、最強とも呼べる剣士であることは。

 オレ達が目指すのは最強の魔剣使い。ライアを目標にして、それに近づこうとすることはオレ達の目指す道の大きな指標にもなる。

 この人の存在は確実にレイヴェルにとってプラスになる。

 それがわかってるのに。憧れに、目標に近づこうと一生懸命剣を振るレイヴェルを見てるとどうしようもなく胸が痛んだ。

 どうしてあのライアの位置にオレはいないんだ。どうしてオレは剣を使えないんだって。

 レイヴェルが初めての契約者だから執着してるのは理解してる。でもまさか自分がここまで嫉妬深い性格だとは思わなかったけど。


「私が何なのか、お前はもう気付いてるんだろう?」

「……まぁ薄々と。でもそれは私にも、あなたにもどうしようもないことだからそこまで気にしてません」

「……ほう、珍しいなお前」

「お前って止めてください。私にはクロエって名前がありますから」

「それは正式名称か?」

「はい? どういうことですか?」

「そのままの意味だ。お前の魔剣としての真名。お前の戦った以前戦った魔剣の真名は【ダーインスレイヴ】。お前にもあるんだろう。魔剣としての真名が」

「……そんなこと聞いてどうしたいんですか?」

「別に。少し気になっただけだ。知った所でどうという問題ではない」


 嫌な所一つ追加。この自分だけわかった風な顔して肝心なこと言わない感じも嫌いだ。

 いつか痛い目見ても知らないからな。


「言っときますけど、今のだけが私がライアさんのこと好きじゃない理由じゃないですからね。もっと色々ありますから。レイヴェルのことボコボコにしたり、メタメタにしたり、ズタズタにしたり……そりゃもういっぱいあるんですから」

「……ふふっ、まぁ好きに言えばいいさ。私はお前からどれほど嫌われようが毛ほども気にならないからな」

「そういうところも嫌です」


 こっちが馬鹿正直に本音をぶつけてもまるで響いた気配もない。まぁ最初から期待はしてなかったけどさ。

 もういいや。言いたいこと言ってある程度はすっきりしたし。別にこれ以上話すこともないし。

 嫌な所全部列挙してもいいけどなっ!

 これ以上話してもしょうがないと判断したオレはライアから顔を逸らして夜空を眺める。

 本当は離れようと思ったけど、ここでオレから離れたらなんか逃げたみたいな気がして嫌だから位置だけは変わらずに。


「…………」

「…………」


 誰も何も喋らないまま時間だけが過ぎていく。

 口を挟んできてもおかしくないラオさんもリオさんも黙ったままだし。フェティも同じだ。

 ……正直かなり気まずい。

 そんな地獄の時間がしばらく続いた後、不意にライアが立ち上がった。


「さて、いい具合に体も温まった。私は先にあがらせてもらうぞ」

「え? もう?」

「あいにくお前と違って長風呂する趣味はないんでな」


 まぁ出て行ってくれるならそれでもいいけど……あ、でもオレもそろそろ上がろうかな。久しぶりにいい風呂だからって長風呂し過ぎたかもしれない。


「……せっかくだ。最後に一つだけ言っておいてやる」

「え?」

「私はお前のことが嫌いだよ。気に喰わないと思っている。お前が魔剣だからどうこうじゃなく、それよりもなお根本的な所で。お前と似たような理由でな」

「それはどういう……」

「それだけだ。明日からも作戦行動は続く。今日はせいぜい体を休めることだな。魔剣にその必要があるのかは知らないが。魔物の群れと戦った程度で疲れるようでは先が思いやられるが」

「んなっ!? 全然大丈夫ですから! そっちこそ余裕こいてへましないでくださいねっ」

「ふん、誰に言っている。私は【剣聖姫】。私は誰にも負けない」


 それだけ言うと、ライアは露天風呂から出て行った。ラオさんとリオさんもその後を追いかけて露天風呂を出て行く。

 オレはライアが言った言葉の意味を考えながら、その背を見送るのだった。

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