第135話 盗賊団『魔盗の狐』

 盗賊。それは、武装して略奪、強奪行為を行う集団。

 その多くは冒険者崩れや、犯罪を犯して国を追放された者達だ。中にはB級にまで至った冒険者が盗賊になっていることもあり、たかが冒険者崩れと侮ることはできない存在だった。

 総勢百名以上を擁する盗賊団もあり、そのレベルにまで達した盗賊団は国家レベルでの警戒対象となっている。

 そしてまさに今、とある盗賊団が一つの馬車を狙って動き始めていた。


「へへっ、お頭。見つけやしたぜ」

「おお、俺も今確認したとこだ。御者無しでも目的地まで移動できるよう調教された特殊な軍用馬を使ってる。あれが依頼にあった馬車で間違いねぇだろ」


 盗賊団の団長アレスは双眼鏡で馬車の様子を見ながら斥候として様子を確認してきた部下と話していた。

 アレスの率いる盗賊団『魔盗の狐』は総勢十名からなる小規模盗賊団だ。

 しかしその実力は盗賊達の間ではかなり有名だった。様々な裏の依頼を受け、遂行してきた新鋭の盗賊団。このまま着実に力をつけていけばいずれ中規模盗賊団にも届くであろうと噂されているほどだ。

 そして今回もまた、同じようにギルドを通せない非合法な依頼。すなわち、馬車の襲撃依頼を受けてこの森までやってきたのだ。


「この場所に張ってて正解だったな。これも情報通りか」

「あぁ、そうみたいだ。どうするいつでも襲撃する準備はできてるぞ」

「まぁ待て。そう焦ることはねぇだろ。もう少し先に開けた場所がある。襲撃するならそこだ」

「了解だ。だが、これだけの装備。本当に信頼できるのか? あの依頼主は」

「はっ、それこそ今さらだろうが」


 今回アレス達に馬車の襲撃依頼をしてきたのはフードを被った謎の女だった。

 女というのもアレスが声を聞いて判断しただけで、その実本当に女だったかどうかすらわかっていない。明らかに怪しさに溢れていた。

 そして今アレス達が身に纏っている外套や武器は、その依頼主から前報酬として渡されたもの。臭いや気配を遮断できる外套、掠っただけでも致命となる毒の武具。どれも盗賊をやっているアレス達からすれば喉から手が出るほど欲しいものだった。

 決して安いものではないそれらを、依頼の達成報酬ではなくその依頼を受けた前報酬としてポンと渡せてしまう。

 それだけで依頼主を疑うには十分だったが、アレスにとっては関係の無い話だった。

 これまでにも胡乱な依頼は多く受けてきた。その中には今回のように依頼主の素性が定かではない依頼も多くあったのだ。

 しかしアレス達はそれらの依頼を全てこなしてきた。何度も死線を潜り抜け、生き抜いてきたのだ。


「今回も同じだ。俺らの実力があればこなせない依頼はねぇ。そうだろ」

「あぁ、もちろんそうなんだが……」

「なんだ。歯切れ悪いな」

「いや、どうにも嫌な予感がしてな」

「あ?」


 アレスにとって右腕とも呼べるジャレク。彼の言葉にアレスはピクリと反応する。しかしそれも無理はない。今までにもジャレクの嫌な予感は何度も的中してきたのだから。


「またその予感か。だが、今回の依頼は不穏な気配があるとはいえ、たかが馬車を襲って中のもんを奪うだけだ。もちろん護衛もいるだろうが、大した実力者じゃないって話だぞ」

「それも依頼主の言ってたことだろ。俺はどうにもあの依頼主を信用できねぇ。なぁアレス、今からでも遅くねぇ。やっぱり今回の依頼は止めとかねぇか?」

「バカなこと言うな。そんなことできるわけねぇだろうが。ここまで積み上げてきたもんをおじゃんにする気か」

「そうだが……」

「大丈夫だ。今までだって危ないことは何度もあった。だがその度に乗り越えてきただろうが」

「……あぁ、そうだな。悪い。俺が間違ってた。こんだけの武装もある。事前に準備もした。今回もなんとかなるだろう」

「この依頼の報酬金がありゃ、俺達の武装も強化できるし、仲間もさらに増やせる。そうすりゃ一気に有名団の仲間入りだ」


 今はまだ十名程度の小規模盗賊団でしかないが、今回の依頼の報酬金は莫大。その報酬金を使えば団員をさらに増やすことも可能だった。

 飛空艇すら買うことができるかもしれない。そうすれば一気に活動の幅を増やすこともできる。そうした意味でも、アレス達にとって今回の依頼は非常に重要だった。

 ジャレクが嫌な予感を覚えている程度で中止の判断はできなかった。


「よし、行くぞ」

「おう!」


 馬車が予定地点へと近づくのを確認してアレスは部下たちに指示を出し、動き始めた。




 しかし、アレスはここで引いておくべきだった。ジャレクの嫌な予感を信用するべきだったのだ。アレス達が襲撃を仕掛けようとしている馬車の中にいるのは、いずれもただ人ではないのだから。

 そのことを知らないまま、アレス達は馬車に襲撃を仕掛けてしまった。

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