第285話 広さの感覚は人次第

 ウィルダー王との謁見を終えたクロエ達は、そのまま王城の中にあるコメットの部屋へとやって来ていた。


「どうぞ。あまり広い部屋ではないですけれど」


 そう言われて入ったコメットの部屋はクロエ達から見ればかなりの広さだった。実際のところ、クロエの部屋が四つは優に入るであろう広さだ。むしろこの部屋を一人で使えと言われたら困ってしまうほどだ。

 この広さであってもコメットにとってはあまり広くないのだ。仮にも王族としての価値観と言ったところだろう。


「はっ、これより狭い部屋に住んでるアタシらへの嫌みかよ」

「べ、別に嫌みじゃありませんわ。狭いといっても、この王城にある他の部屋に比べて、という話ですわ。他の部屋はもっと広いですもの。まぁ、確かに宿の部屋は少し狭いと思いましたけど……」

「やっぱり思ってんじゃねぇか」

「少し! あくまで少しだけですわ! わたくしだって庶民の感覚は持ち合わせてますもの」

「庶民の感覚持ってる奴は宿の部屋見て狭いだなんて思わねぇんだよ」

「あはは、そういえばサテラも最初の頃同じようなこと言ってたかな。宿に泊まる時に、それで私の寝る部屋はどこなの? とか兵器で言ってたし」

「お、お母様がそんなことを?」

「言ってたよー。宿ならまだ我慢してくれたんだけど、街にたどり着けなくて野宿なんてことになった日には野宿なんて嫌だーって我が儘言ってたし。そのせいで何度私がサテラの抱き枕にされたことか」


 当時のことを思い出して思わず遠い目をするクロエ。しかしそんな母の姿は予想外だったのか、コメットは大層驚いた様子だった。


「知りませんでしたわ。わたくしの知るお母様はそんな風じゃありませんでしたのに」

「子供の前だから母親らしくしようとしてたのかもね。でもねぇ、サテラはすごく我が儘だったよ。いや我が儘とは違うかな。無自覚に贅沢しようとするというか、私達にとっての贅沢がサテラの普通だったというか。ま、その辺りの価値観をすり合わせるのは苦労したかなぁ。あ、そうだ。サテラもこの部屋に一緒に住んでたの?」

「いえ、お母様の部屋は別の場所ですわ。もしよろしければ案内しますけれど」

「いいの?」

「えぇ、お姉様なら問題ありませんわ。えっと、レイヴェルさんとあなたはどうされますの?」

「俺はここに残るよ。二人の邪魔しない方がいいだろうしな」

「アタシがついて行くわけないだろ」

「そうですか。でしたらこの部屋を自由に使っていただいて……あ、えっと、あちらの方は開けないでいただけると。それ以外は自由にしていただいて構いませんので」


 コメットが指差したのはクローゼット。そこに入れているであろう服を見られるのはさすがに恥ずかしかったのだ。


「さすがにそこまで好き勝手しないから大丈夫だ。そんなに無神経に見えるか?」

「いえ、そんなつもりで言ったわけでは。ただ少し恥ずかしかったので。まだそういうのは早いでしょうし」

「まだ?」

「な、なんでもありませんわ! さぁ行きましょうお姉さま。時間は有限、無駄にはできませんわ」


 誤魔化すようにクロエの背を押しながら部屋を出て行く。

 その様子を呆れた様子で見ながらアイアルは椅子に座りながら息を吐く。


「こんな調子で大丈夫なのか? 今日なんだろ、レジスタンスの奴らが仕掛けるのは。軍の方も」

「アイアルの言いたいことはわかる。でも現状で俺達に何ができるわけでもないからな。ウィルダー王の返事があれだった以上、今は頼れないだろうしな」

「はっ、あれがホントに一国の王か? 情けなさ過ぎるだろ」

「言いたいことはわかるけどな。ウィルダー王にも色々あったんだろ。後はあの時のクロエの言葉がどれだけ響いたか次第だ」

「言葉なんかで人が変わるか?」

「変わるな。人なんて案外単純なもんだ。それこそ何気ない一言で変わったりもする」

「……なんか妙に実感のある言葉だな」

「そう聞こえたか? まぁとにかくアイアルが焦る気持ちはわかるけど、今は落ち着けってことだ」

「っ!」


 レイヴェルに内心の焦りを言い当てられたアイアルは思わずレイヴェルのことを睨む。

 アイアルは焦って居た。理由はもちろん父親であるアルマのことだ。今この国にアルマがいる。それがわかっているのに探しにいけないもどかしさ。そして何よりもアルマがこの国で起きようとしている戦争に手を貸そうとしている事実。今すぐにでもあって話がしたかった。それなのにそれができない。その事がアイアルを焦らせ、そして苛立たせていた。


「大丈夫だ」

「何が大丈夫なんだよ」

「俺が、いや俺達がちゃんと親父さんに会わせてやる。約束する。だから大丈夫だ」

「……ふんっ」


 レイヴェルの言葉に一瞬だけ心臓が高鳴るのを感じたアイアルはそんな気持ちを誤魔化すようにそっぽを向くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る